モーツァルト 弦楽五重奏曲第5番 ニ長調 K.593|作品解説と聴きどころ(1790)
序論 — K.593が示す晩年の室内楽的深さ
モーツァルトの弦楽五重奏曲第5番ニ長調K.593(1790年)は、彼の室内楽作品群の中でも洗練されたテクスチャと内声の豊かさが際立つ一曲です。五重奏という編成(ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1)を用いることにより、弦楽四重奏や交響曲では得られない中声部の厚みと対位法的な展開が可能になり、モーツァルトはその可能性をここで高い次元にまで引き上げています。本稿では、作曲の背景、編成と音楽的特徴、各楽章の構成と聴きどころ、演奏・解釈のポイント、そして代表的な楽譜・音源への参照をまとめます。
歴史的背景と作曲事情
K.593は1790年に作曲され、モーツァルトの後期に属します。この時期の彼はオペラと宗教曲、協奏曲など多岐にわたる作品を手掛けつつ、室内楽においても成熟した様式を展開していました。弦楽五重奏という形式は18世紀後半のウィーンやプラハのサロン音楽の需要に応えるもので、特に二つのヴィオラを用いた中声部の充実は当時の上流社会の室内演奏に好まれました。K.593は、その需要と自らの作曲技巧を融合させた成果の一つといえます。
編成と音色設計 — 二つのヴィオラの役割
弦楽五重奏の最大の特徴はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといった各声部のバランスにあります。モーツァルトは二つのヴィオラを用いることで、中低音域における和声的な厚みと、内声の独立した旋律性を同時に獲得しました。結果として、以下のような音楽的効果が生まれます:
- 和声の色彩が豊かになり、和声進行の微妙な転回や内声の交差がより聴き取れる。
- 対位法的処理が可能になり、主題の模倣や追剥(ストレートな追随)を内声で巧妙に行える。
- ソロ的なヴァイオリン越しの装飾と、第二ヴィオラ・第一ヴィオラによる支えという役割分担が柔軟にできる。
楽曲構成 — 伝統と独自性の混在
K.593は典型的な古典派の四楽章構成を採ることが多く、形式面ではソナタ形式、緩徐楽章、メヌエット(またはスケルツォに相当する舞曲楽章)、そして終楽章の快速な楽章へと展開します。モーツァルトは伝統的な枠組みを尊重しつつ、各楽章で次のような独自性を示します。
第1楽章(主題提示・展開) — 明朗さと構築の巧みさ
第1楽章は典型的なソナタ形式を基盤にしつつ、主題提示部での対位的展開と内声の活用が印象的です。明快なニ長調の主題は、協和的な和声と跳躍を含む形で提示され、第二主題ではより歌謡的な旋律が現れます。展開部では単に主題を変形するだけでなく、内声が主題的素材を受け継ぎ、全体のテクスチャを複層化させることで緊張感を生み出します。ここでの注目点は、ヴィオラ群が単なる和声の裏打ちにとどまらず、対位法的な応答や動機の断片的な発展に深く関与する点です。
第2楽章(緩徐楽章) — 抒情性と内面的表現
緩徐楽章はモーツァルトが唱歌的な旋律を徹底して磨き上げる場です。歌うような第一ヴァイオリンの旋律を、二つのヴィオラが柔らかく包み込み、チェロが落ち着いた低音を保つことで、アリア的な静謐さを形成します。和声の中に微妙な和声進行の変化や短い借用和音が挿入され、表現の幅を広げています。ディナーミクやテンポの揺れ(rubato)を慎重に扱うことで、旋律の呼吸が際立ちます。
第3楽章(舞曲楽章) — 伝統的な形式と対比
メヌエットとトリオによる舞曲楽章は、古典的均衡の象徴です。ここではリズムの明瞭さと装飾のセンスが重要となり、トリオ部分で見られる調性の転換や対位法的な小間奏が楽章全体に対比をもたらします。踊りの軽快さを保ちつつも、内声のちょっとしたズレや装飾が聴き手の耳を引きつけます。
第4楽章(終楽章) — 構成の締めくくりと活気
終楽章は一般にロンドやソナタ・ロンド形式を取り、活気のあるフィナーレとして作品を締めます。K.593の終楽章では、主題素材が繰り返されるたびに変形・展開され、特に内声部が終始活発に動くことで全体の推進力を支えます。モーツァルトはここでユーモアと技巧を織り交ぜ、聴き手に爽快な余韻を残します。
演奏・解釈のポイント
演奏における主な論点は以下の通りです:
- バランス:二つのヴィオラをどう配して中声を活かしつつ第一ヴァイオリンの旋律を立てるかが鍵。
- アーティキュレーション:古典派の軽やかなアーティキュレーションと、ロマン派的な伸びやかさのバランスを取ること。
- リズム感:メヌエットや終楽章のリズムの切れ味を保ちつつ、緩徐楽章ではフレージングで呼吸を作る。
- ピリオド奏法 vs モダン奏法:弓使い、ヴィブラートの度合い、ピッチ(A=430〜440Hz)などをどう設定するかで曲の色合いが大きく変わる。
聴きどころ(ポイントを抑えた聴取法)
- 内声の動きを追う:第二ヴァイオリンや両ヴィオラの対旋律を注意深く聴くと、作品の構造理解が深まる。
- 展開部の素材操作:第1楽章の展開部でどのモチーフがどの声部に移るかをチェックすることで、モーツァルトの構築力を味わえる。
- 弦の色彩変化:緩徐楽章の和声的な転回や終楽章の短い中間部分での転調など、和声の色の変化を意識して聴く。
スコアと版について
演奏や学術的研究には信頼できる版の使用が重要です。Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)や、現代の校訂版、さらに原典(自筆譜や初版)を基にした校訂版を照合することで細部の解釈が確実になります。IMSLPなどのパブリックドメイン楽譜も利用可能で、史料的比較を行う際に便利です。
代表的な聴きどころのまとめ
- 中声部(ヴィオラ群)の豊かな働きと、そこで生まれる対位的展開。
- 第1楽章の主題処理と展開部における細やかな動機操作。
- 緩徐楽章の歌唱性、フレージング、和声の微妙な色合い。
- 終楽章の推進力と遊び心に富んだ主題変奏。
結語 — 聴くたびに発見のある作品
弦楽五重奏曲第5番K.593は、聴き手に即座の華やかさだけでなく、耳を澄ませることで浮かび上がる内声の妙味や構造の精緻さを提供します。演奏する側にとってはバランス感覚と緻密なアンサンブル技術が要求され、学術的にはモーツァルトの対位法的技巧と古典様式の運用を学ぶ格好の教材でもあります。初めて聴く人も、繰り返し聴く人も、それぞれに新たな発見を与えてくれる作品です。
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参考文献
- IMSLP: String Quintet No.5 in D major, K.593(楽譜)
- Wikipedia(日本語): 弦楽五重奏曲(モーツァルト)
- Neue Mozart-Ausgabe(データベース)
- AllMusic: Work details and recordings
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