モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465『不協和音』— 革新と表情の深層を読む
序章:『不協和音』という名の由来と位置づけ
モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番ハ長調 K.465『不協和音(Dissonance)』は、1785年に作曲された作品で、彼が約1782年から1785年にかけて完成させたハイドンへの献呈6曲(一般に「ハイドン四重奏曲」として知られる)に含まれる一作です。作品冒頭の遅い序奏に現れる、通常の古典調和感覚から逸脱する和声や声部の重なりが特徴で、この“冒頭の不協和”—つまり聴き手に強烈な印象を与える和声の扱いが、後に『不協和音』という通称を生み出しました。
作曲史的背景とハイドンへの献辞
1780年代半ばのウィーンは室内楽の革新が進んでいた時期で、ハイドンは弦楽四重奏の形式を成熟させた先達でした。モーツァルトはハイドンの業績を深く尊敬し、これら6曲をハイドンに献呈しました。ハイドン自身がモーツァルトの四重奏曲を高く評価したという有名な逸話(「正直に言って、あなたの四重奏は世界一だ」などと伝えられる賛辞)は、当時の評価の高さと両者の相互影響を示しています。
楽曲の概観 — 4つの楽章とその役割
K.465は典型的な古典派の4楽章構成をとりますが、各楽章にはモーツァルトならではの均衡と対位法的工夫が凝らされています。概略は次の通りです。
- 第1楽章:Adagio(序奏) — Allegro(主部) — 序奏の不協和が聴覚的な期待を揺さぶり、その後ソナタ形式の急速部分に移行して解決へと導く。
- 第2楽章:Andante(またはAndante cantabile) — 柔らかく歌うような主題が提示され、内声の対話や分散和音によって穏やかな表情が展開される。
- 第3楽章:Menuetto — 伝統的な舞曲形式だが、リズムの切れやアクセントの位置によって緊張と解放が巧みに操作される。
- 第4楽章:Allegro molto(終楽章) — 軽快かつ技巧的な部分と、 contrapuntal な挿入がバランスするフィナーレ。全曲の統一感を確かめる役割を果たす。
第1楽章の深掘り:序奏(Adagio)が投げかける問い
本作のアイデンティティは何よりもまず第1楽章のAdagio序奏にあります。冒頭数小節は一種の四声の静的な対話で始まり、伝統的な和声進行に従わない声部の重なりや非和声音の長い保持が目立ちます。ここでの“不協和”は、単に不快な雑音を意味するのではなく、和声語法の枠組みを巧妙に操作して期待を遅らせ、聴取者に緊張感と集中を強いるための表現手段です。
音楽学的には、モーツァルトは各声部の旋律線を独立して扱い、結果として垂直的には二度や七度といった緊張度の高い音程が生じます。さらに隣接する声部の微妙なクロマティシズムや転回が、和声の機能を曖昧にし、通常であれば即座に解決されるべき不協和が持続されるため、〈解決〉への期待感が増幅されます。これがAdagioの終わりでの「やっと訪れる調性の確立」へとつながり、Allegroの明快なC長調へと移行する瞬間のカタルシスを生みます。
和声と声部進行の技巧
序奏の分析をもう少し具体的に述べると、モーツァルトは当時の通例よりも自由な転調や異名同音の扱いを行っています。各声部の独立性を重視した書法は、弦楽四重奏という編成が本来持つ「4つの声の会話性」を最大限に活かすもので、ハーモニーはむしろ結果として現れるものとなっています。つまり、縦の和音を目的とするのではなく、横の旋律線の必然から生まれた和声が、従来の和声進行とは異なる響きをつくり出すのです。
第2楽章以降の表情と様式
第2楽章のAndanteは、第一楽章の劇的な緊張から解放される場面として機能します。ここでは歌うような第一ヴァイオリンの主題が中心となり、伴奏は柔らかいアルベルティ的な動きや分散和音で支えられます。モーツァルトはこの楽章で〈歌〉の芸術を室内楽に移し替え、弦楽器同士の呼吸を生かしたフレージングとニュアンスのやりとりを志向しています。
第3楽章のMenuettoは古典舞曲の枠組みの中に微妙な非対称性を入れることで、単調にならない抑揚を作ります。トリオ部では調や色彩が変化し、短い対位法的な扱いが現れて舞曲的性格に深みを与えます。
第4楽章は活発で技巧的なフィナーレです。リズムの推進力と対位法の挿入が効果的に配され、全曲をまとめる推進力を担います。ここでも各声部に均等な役割が与えられ、四重奏としての統御が示されます。
演奏上の課題と解釈の余地
本作の演奏における核心的課題は、各声部の独立性と合奏の統一性のバランスをどう取るかにあります。序奏部では不協和の持続と解決のタイミング、微妙なテンポの揺らぎ(rubato)やアゴーギクの処理が演奏者の解釈を如実に反映します。近年の歴史的演奏(HIP)と近代的装備の大編成的なアプローチではこれらの解釈は異なり、HIPではより落ち着いたテンポ、少なめのヴィブラート、内声の明瞭さを重視する傾向があります。一方、モダン奏法の名盤では情感の強調や柔らかい和声感が選ばれることが多いです。
影響と評価:古典派からロマン派への架け橋
この四重奏曲は、単に技巧や新奇さを見せるだけでなく、弦楽四重奏というジャンルにおける「声部の平等性」「表情の幅」「和声語法の拡張」を示した点で評価されます。ハイドンの構築力を受け継ぎつつ、より主観的な表情と色彩感を導入したことで、後のロマン派的感受性への伏線をも作ったとも言えるでしょう。実際、後世の作曲家や演奏家はこの作品の冒頭をモーツァルトの革新性の象徴として引用・議論してきました。
おすすめの聴きどころ(演奏を聴く際のガイド)
- 第1楽章Adagio:最初の数小節で音の重なりを注意深く聴く。どの声部が不協和の原因となっているか、どの瞬間に“調性”が確立されるかを確認する。
- 第1楽章Allegro:主題の提示と展開部での調性の移動、特に副次的な旋律線がどのように対位法的に扱われるかを追う。
- 第2楽章Andante:各声部の呼吸やダイナミクスの連鎖、歌わせ方の違いを聴き比べると演奏の個性が分かる。
- 終楽章:対位法的エピソードが現れる箇所で、各声部の独立性を確認する。総合的な締めくくりのエネルギーを感じ取る。
代表的な録音(参考)
名演奏は多く存在しますが、伝統的な四重奏団から現代的な解釈を持つ団体まで、次のような団体の演奏がしばしば薦められます:アマデウス四重奏団、アルバン・ベルク四重奏団、タカーチ四重奏団、エマーソン弦楽四重奏団。演奏解釈の幅が広い作品なので、複数の録音を聴き比べることで新たな発見があるでしょう。
なぜ今この曲を聴くべきか
K.465『不協和音』は、モーツァルトの古典派様式の深さと、表現の革新性が同居する作品です。冒頭の和声的冒険は聴く者の耳を引きつけると同時に、四重奏というフォルムの可能性を拡張しました。単なる歴史的遺産ではなく、現代の演奏家・聴衆にとっても未だに新鮮で刺激的な問いを投げかける名作です。
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参考文献
- IMSLP:String Quartet in C major, K.465(楽譜と原典資料)
- Britannica:Wolfgang Amadeus Mozart(伝記的背景と作品概説)
- AllMusic:String Quartet in C, K.465 “Dissonance”(作品解説)
- Wikipedia:Haydn quartets (Mozart)(献呈6曲の概説)
- Neue Mozart-Ausgabe(モーツァルト楽譜の批判校訂版、参照先)
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