モーツァルト:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 K.58(Anh.C 23.04) — 偽作をめぐる考察と演奏ガイド

導入:なぜこの作品は注目されるのか

「モーツァルト:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 K.58(Anh.C 23.04)」は、しばしばモーツァルト名義で伝えられる小品のひとつですが、現代の音楽学では偽作もしくは帰属不明(doubtful / spurious)とされることが多い作品です。本稿では、当該作品に関する史料・版の状況、音楽的特徴、偽作と判断される理由、演奏上の注意点、そして現代における価値の見出し方についてできるだけ詳しく検討します。

カタログ表記と出典(K.番号とAnhang)

モーツァルト作品には一般にケッヘル(K. = Köchel)番号が付与されますが、真作でない、あるいは帰属に疑問がある作品は「Anhang(付録)」に分類されます。K.58という表記と併記される「Anh. C 23.04」のような番号は、従来の目録・補遺で扱われた「疑わしい/偽作の作品」を指すことがあり、研究者や版によって扱いが異なります。重要なのは、こうした付録番号の付与自体が“この作品のモーツァルト作曲説に疑義がある”という合図であるという点です。

史料的証拠:自筆譜・初版・目録の不在

  • 自筆譜の欠如:信頼できるモーツァルトの自筆譜(autograph manuscript)が存在しないことが最大の懸念材料です。モーツァルト本人の筆跡や筆記スタイルの比較ができない場合、帰属の確定は難しくなります。
  • 初期版の出所:しばしばこの種の作品は18世紀末〜19世紀初頭の版でモーツァルト名義で出版され、出版社側のマーケティングや版元の誤認によって名義が定着した例が多くあります。初版の校訂者や献辞の記録が曖昧であることも多いです。
  • 主題目録への未記載:モーツァルト自身が記していた目録(特に後年の作品リストや家族による記録)に含まれていない場合、真作説は弱まります。

音楽学的・様式的検討

偽作判定のために行われる代表的な分析は様式的(style)な比較です。モーツァルトの作品群には時期ごとに特徴的な和声進行、動機処理、声部間の有機的な関係があります。当該K.58とされるソナタを見ると、次のような特徴が指摘されることが多いです。

  • ヴァイオリンの役割:モーツァルトのヴァイオリンソナタ(特にピアノ伴奏が主となる初期作品群)と比べて、ヴァイオリンが単に鍵盤に重ねられた二重線的な扱いにとどまる場合があり、独立したソロ性や対位法的発展が乏しい。
  • 和声処理と動機の発展:短い動機の展開やモティーフの有機的発展が弱く、ガラン(galant)様式の短絡的なフレーズ感にとどまることがある。これは当時の多数の職業作曲家や出版用の小品に見られる特徴でもある。
  • 楽曲構成:形式的にはソナタ形式や二楽章・三楽章の典型に沿っている場合でも、展開部の機能や再現部の処理が稚拙に感じられる点があり、モーツァルトの同時期作品と比べた際の質的差が問題視されます。

帰属の疑義が生じる具体的理由

以上に加え、次のような実務的・文献学的な理由が重なって帰属が否定的に評価されることが多いです。

  • 複数の版で異なる名義が付されているケース(時にモーツァルト、時に無名の作曲家)
  • 同時代のモーツァルト研究で取り上げられなかった、あるいは扱いが限定的であったこと
  • 近年の水準での写譜・紙・印刷様式の分析がモーツァルトの筆写時代と合致しないこと(ただし、これは専門的な証拠調査を要します)

演奏面から見た価値と位置づけ

偽作と判定されたとしても、作品そのものが音楽的に無価値というわけではありません。むしろ次の観点で演奏・録音を検討できます。

  • 教育曲として:技術的負担が比較的軽い場合、学習者用レパートリーや入門的な古典派様式の理解に適しています。
  • プログラムの変化球として:モーツァルト・プログラムに“珍品”として挟むことで聴衆の注意を引き、真作と偽作の違いを実際に聴き比べる教育的効果が期待できます。
  • 歴史的演奏法の実験場:フォルテピアノやガット弦、当時風のボウイングで演奏すると、曲が持つガランな魅力や当時の室内音楽の空気感が浮かび上がることがあります。

演奏上の具体的アドバイス

演奏者が本曲を採り上げる場合の実践的な指針を示します。

  • 楽器とチューニング:フォルテピアノやコピー楽器での演奏が理想だが、モダンピアノを用いる場合は軽いタッチとニュアンス重視でバランスを取る。ピッチはA=430〜440を推奨。
  • ヴィブラートとフレージング:当時風の演奏観を踏まえ、ヴィブラートは装飾的に控えめに。フレーズの終わりでの息づかい(軽いrit.やdim.の使い方)が有効。
  • テンポとアゴーギク:ガラン様式に基づき、テンポは流麗で均整を保つこと。内声や伴奏型の動きに敏感になり、ヴァイオリンと鍵盤の均衡を保つ。
  • 装飾とカデンツァ:原典に明確なカデンツァ指定がない場合は、作品の語法に沿った短めの即興的装飾で十分。過度なロマンティシズムは禁物。

版と資料の調べ方(研究者・演奏家向け)

帰属を巡る検討や正確な演奏譜を得るには次のリソースが有効です。

  • Neue Mozart-Ausgabe(デジタルモーツァルト版、DME):モーツァルト研究の標準的な批判校訂版。真正性に疑義のある作品は注記や付録扱いで掲載されることがあるため確認が有益です。
  • Köchelカタログと関連文献:原典資料やAnhangの扱いを確認する。目録の版によって付番や注記が異なることに注意。
  • IMSLPや各国図書館の所蔵目録:初期の版や写譜の所在情報、版元名を確認できます。版の差異が帰属判断の手がかりになる場合があります。

現代における位置づけと研究の課題

偽作や帰属不明の作品をどう扱うかは、演奏史・受容史の観点からも興味深い問題です。モーツァルト名義の作品が大量に流通した背景には、当時の版元の商業的事情や「有名作曲家ブランド」の影響があり、これらを洗い出すことで18〜19世紀の音楽流通史が見えてきます。さらに、科学的分析(紙質、インク、筆跡)と音楽学的分析を組み合わせることで、より確かな帰属判断が可能になりますが、そのためには継続的な共同研究が必要です。

結論:どう聴き、どう扱うべきか

「K.58 (Anh. C 23.04)」は、モーツァルト名義で伝わってきたものの、史料的・様式的根拠から真作と断定しにくい作品です。しかし作品自体は18世紀後半の室内楽の文脈で楽しめる要素を持ち、教育的・プログラム的価値があります。演奏・録音する際は、作品の出自を明示しつつ、当時の様式に即した表現を試みると、楽曲の魅力をより正しく伝えられるでしょう。

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参考文献