モーツァルト:2台ピアノのためのフーガ ト長調 K. Anh. 45(断片)──背景・分析・演奏と補筆の視点

序論:断片作品の魅力と問題点

モーツァルトの「2台のピアノのためのフーガ ト長調 K. Anh. 45(K6. 375d)」は、完全な楽曲として残らず断片として伝わる作品の一例である。断片作品は創作の現場を直に感じさせ、作曲者の試行錯誤や習作としての側面をうかがわせる一方で、作品の成立過程や真正性、補筆・演奏に関する問題を投げかける。本稿では、当該フーガをめぐる史的背景、断片の音楽的特徴、モーツァルトの対位法理解との関係、現代での補筆・演奏上の視点を深掘りする。

史的背景と出典問題:K. Anh. 表記の意味

K. Anh.(ケッヘル目録の付録)は、後世に成立した作品群や真正性が明確でない作品、断片などを分類するために用いられる。K. Anh. 45 のように番号が付された断片や付録扱いの作品は、成立年代や自筆か写譜か、真作か偽作かの議論が残る場合が多い。モーツァルト研究では、原典資料(自筆スコア、写譜、初版など)の所在と亜種が重要視され、断片の場合は残存部分の筆致、筆圧、用紙、筆記法などから成立時期や作者性を慎重に判断する。

モーツァルトは幼少期から対位法の学びを重ね、パドレ・マルティーニに教えを受けた経験や、ウィーン期のバロック作品愛好会(バン・スヴィーテン伯爵のサロンでのバッハ高峰の再発見)を通じて、対位法技法を深めている。したがって、断片フーガが示す技術的特徴は、創作年代推定や作者性判断の材料になる。

断片の音楽的特徴(現存部分に基づく考察)

断片であるため以下の分析は残存部分に基づくものであり、補筆や想定を含む。一般に報告されている特徴を整理すると、次の点が注目される。

  • 主題の性格:ト長調の明るさを持ちながらも短い動機を反復・模倣するタイプの主題で、第二声部との対位に適した輪郭を持つ。旋律語法は簡潔で古典古典派的な均整を保つ。
  • 応答と調性処理:五度圏上の典型的な応答(属調や同主調への移動)が見られ、短いエピソードで和声的な転回やシーケンスを用いている。
  • 対位法の手法:主題と対主題の交替、逆行や転回のような古典的な技法の痕跡が散見されるが、フーガ的な厳格さよりは表現性と明快さを優先した処理が目立つ。
  • 楽器編成とテクスチュア:二台のピアノ(もしくは二鍵盤楽器)という編成は、左右の鍵盤を分担させた対話的な書法を可能にする。二声または典型的な三声に拡張する箇所があり、登録の対比や音色差を前提とした書法が想定される。

モーツァルトの対位法観とこの断片との関係

モーツァルトは「対位法の達人」と形容されることは少ないが、必要な場面で非常に巧みに対位法を用いた。宗教作品やアリアのコーダ、ロンド形式の挿入部などにフーガ的手法を用いることがあり、彼の対位法は様式的再現よりも音楽的な必然性に基づいている。

この断片フーガは、完全な学習課題というよりは実際の演奏場面や室内楽のための短い対位的展開として捉えるのが自然である。モーツァルトの対位法習得史(パドレ・マルティーニの教えや、のちのバッハ研究)は、この作品が単なる習作ではなく、実践的な対位法応用の一例であることを示唆する。

補筆・編集の議論:どこまで補うべきか

断片作品の演奏・出版に際しては、補筆の範囲が問題になる。以下に一般的な立場と、それぞれの実践的示唆を示す。

  • 最小補筆主義:残存部分をそのまま提示し、断片であることを明記する。学術的再現性が高く、聴衆にも断片性の面白さを伝えられるが、演奏作品としての完結性は欠ける。
  • 補筆による完成主義:スタイルや和声進行から推定される手法で未完部を補う。実演可能で聴衆にとって分かりやすいが、補筆者の創作が混入する点で注意が必要。
  • 複数版の提示:原典に忠実な版と、補筆完成版を併記する方式。学術的透明性と演奏実用性を両立できる。

補筆の際は、モーツァルトの典型的な終止形、主題の再現位置、対位法的な制約(相互の声部がクロスしないこと、和音進行の自然さ)を基準にするのが望ましい。また、二台ピアノという音色・音量面での特性も考慮して和声音響を設計する必要がある。

演奏上の留意点と現代的解釈

二台ピアノによる演奏では、以下の点が演奏的な鍵となる。

  • 音色の差とバランス:二台のピアノが対話する構造を活かすため、片方をやや明るく、もう片方を柔らかくするなど音色対比を設計する。
  • アーティキュレーションとペダリング:バロック的フーガを模倣するのではなく、古典派のクリアなアーティキュレーションを心がける。ペダルは和声のつながりを助ける程度に限定する。
  • フレージング:主題提示時の明確さと、応答・対位部分でのフレーズの連続性を両立させる。対位線が独立して聞こえるようにバランスを調整すること。
  • テンポ設定:主題の性格に応じて中庸なテンポを選ぶ。速すぎると対位の明瞭さを損ない、遅すぎると流れが途切れる。

補筆例と教育的活用

断片フーガは作曲教育や演奏教育の素材として極めて有用である。学生や若手奏者に対しては、次のような課題が考えられる。

  • 未完部の和声進行を書かせ、モーツァルト風の解決を学ぶ。
  • 異なる補筆案を比べて、様式上の差異を議論させる。
  • 二台ピアノでのアンサンブル練習を通じて、対位線の独立性と統合性を体得する。

このような教育的取り組みを通じて、断片の音楽的価値がより明確になると同時に、演奏者の様式理解が深まる。

まとめ:断片が伝えるもの

K. Anh. 45 のような断片フーガは、モーツァルトの対位法的関心と実践的応用を示す貴重な証跡である。真正性や成立年代に関する議論は残るが、残存する音楽語法そのものは、古典派の均整と対話的表現を兼ね備えている。補筆や演奏にあたっては、原典の透明性を保ちつつ、様式と音楽的必然性を優先して判断することが肝要である。

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参考文献