モーツァルト キリエ ニ長調 K.91 (K6.186i) — 未完成の背景と音楽的魅力を読み解く
モーツァルト:キリエ ニ長調 K.91 (K6.186i) — 未完成作の全貌
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが少年期に手がけた宗教曲のひとつ、キリエ ニ長調 K.91(6版カタログでは K6.186i と表記されることがある)は、現存するのが断片的で「未完成」とされる作品である。本文ではこの作品を史的背景、目録学的扱い、音楽的特徴、未完成であることの意味と今日の上演・版の問題点など多角的に掘り下げる。
目録表記と来歴(カタログ学的整理)
モーツァルト作品の通し番号として知られる「K.」はルートヴィヒ・フォン・ケッヘルによる作品目録に由来する。オリジナルのケッヘル目録(K.)はその後の研究で改訂が重ねられ、6版や後の補訂で番号の付け替えや注記がなされている。K.91 は伝統的なケッヘル番号だが、6版などの改訂で K6.186i といった併記が見られるのはそのためである。
K.91 は完全な典礼ミサ全曲ではなく、キリエ(Kyrie)のみ、あるいはキリエのための一部分が現存しているとされる。作曲時期は厳密には不確定だが、モーツァルトの初期(十代前半から中盤)に属する作品群と関連づけられる。現存資料は断片的で、写譜や写本の形で伝わっている場合もあるため、成立年代や成立地、初演の事情については確定的な史料が少ない。
時代的・文化的背景
モーツァルトの宗教音楽はおおむねザルツブルクの公的教会音楽の需要や、イタリア滞在中に接した様式的影響の双方を反映する。少年時代の作品群には、当時の宮廷教会や小規模礼拝堂向けの簡潔なミサ曲やキリエが多く見られる。これらは長大な宗教ドラマではなく、礼拝の中で実際に演奏されることを想定した実用的な作曲である。
K.91 にも同様の実用性が色濃く、華美さよりも明快さ、短い祭礼用の楽章としての機能性が重視されていることが楽想から読み取れる。また当時のイタリアの歌謡的な旋律や、J.C.バッハらの影響が若きモーツァルトにも及んでいたことが、音語法や和声処理の面でうかがえる。
作品の構造と音楽的特徴
現存するキリエの楽譜は、ニ長調という祝祭色の強い調性を持ち、短く切れ味の良い楽節で進行する。モーツァルトの初期聖曲に共通する特徴として、以下の点が挙げられる。
- 明快な主題提示とそれに続く短い反復・変奏の構成
- 合唱とソロ声部の明確な住み分け。ソロの装飾を抑えた実用的な書法
- 伴奏は弦楽と通奏低音(オルガンやチェロ、コントラバス)を基盤に、写譜資料によってはオーボエやホルンの加わる編成も示唆される
- 和声は大胆な長調進行が主体だが、短い副次領域やドミナントの扱いで簡潔な転調を用いる
これらはモーツァルトが礼拝の場における聴取性と歌いやすさを重視していたことを示す。歌詞(Kyrie eleison)の反復に対応したリズム感とアクセントの配分も巧みで、短いフレーズに確かな起伏を与える。
未完成であることの評価と理由
「未完成」と言われる理由は単に楽譜が途中までしか残っていないことにある。可能性としては以下のような説明が考えられる。
- 作曲そのものが途中で中断された(別の仕事や移動、依頼の取消しなどの外的要因)
- 全曲は作曲されたが、後に散逸・紛失した(写譜の喪失や蔵書の混乱)
- そもそもキリエ単独で独立して用いられることを想定した短い楽章群であり、後続が必要ない場合
史料が不十分であるため断定はできないが、モーツァルトの初期宗教曲には短縮されたミサ様式(missa brevis)も多く、キリエのみが独立して残る例もある。したがって「未完成」と一語で片付けるのではなく、実用性と史料の断片性が重なっていることを理解する必要がある。
版と補筆・復元の問題
断片的な楽譜に基づく上演では現代の編集者が補筆や復元を行うことがある。こうした作業は史実とのバランスを取る必要があり、以下の点で判断が分かれる。
- 不足部分を当時の様式で補うことは可能だが、完全にモーツァルト固有の筆致を再現することはできない
- 補筆の程度は上演目的によって異なる。学術的な演奏では未完部分をそのままにして短く演奏するケースもある
- 対照的にコンサート向けの統合版では補筆により演奏時間と流れを整えることが一般的である
信頼できる版としては、Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)や主要出版社の校訂版に基づいたものを参照するのが安全である。これらは原資料に近い形で提示し、補筆部分は注記するのが通例だ。
演奏実践と礼拝での位置づけ
当時の演奏実践を踏まえると、K.91 のような短いキリエは教会の礼拝冒頭で実際に使用されることを想定したものであった可能性が高い。合唱は教会員や少年合唱団、ソリストは宮廷や教会に所属する歌手が担当した。楽器編成は教会のリソースに合わせて変動したため、現代の演奏では小編成によるピリオド・アンサンブルから、やや豊かな編成まで幅広い選択肢がある。
演奏上のポイントとしては、短いフレーズの切れ目を明瞭にしつつも、連続する句での呼吸と音楽的呼応を意識することだ。特にセクション間のテンポ感とアーティキュレーションは、曲全体の流れを作る鍵となる。
今日の受容と録音・上演事情
K.91 は断片的な資料のため、単独での録音や頻繁な演奏という点では広く知られている代表作群に比べて限られている。だがその希少性とモーツァルトの若き才気を示す資料価値から、研究者や歴史的演奏を志向するアンサンブルのレパートリーとして扱われることがある。現代では学術的な校訂に基づいた復元版や、断片のまま短いセットで演奏される例が見られる。
分析的ポイント(聴くときの着眼点)
K.91 を聴く/演奏する際の具体的な着眼点を挙げる。
- 主題の簡潔性と繰り返しの効果を確認する。短い動機がどのように拡大され、合唱全体の連続性を作っているか
- テクスチュアの変化。ソロと合唱の配分、楽器の掛け合いがどのように聞き分けられるか
- 和声進行における典型的な古典的解決(ドミナントから主調への帰結)と、その周辺での短いモーダルな趣向
- 礼拝音楽としての演奏テンポとアクセントの付け方。歌詞の文節が音楽構造にどう結び付いているか
まとめ:未完成だからこその意味
K.91 は作品そのものの完結性を欠く一方で、モーツァルトの宗教曲作法の萌芽を知る上で貴重な資料である。未完という状況は、作曲者の制作過程や当時の実用的条件を考察する手がかりとなる。断片を通して見える旋律線や和声感、合唱書法は、後年の成熟した宗教曲へと至る過程を理解する助けとなるだろう。
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参考文献
- IMSLP: Kyrie in D major, K.91 (Mozart)
- Wikipedia: List of masses by Wolfgang Amadeus Mozart
- Wikipedia: Köchel catalogue
- Digital Mozart Edition / Neue Mozart-Ausgabe (公式デジタル資料等)
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