モーツァルトの謎の4声カノン ヘ長調(K. deest)を解剖:帰属・構造・演奏ポイント

はじめに — 「K. deest」とは何か

「4声のカノン ヘ長調 K. deest」は、一般にモーツァルトの作とされることがある小品のひとつですが、ケッヘル目録に番号が与えられていないため「K. deest(ケッヘル番号欠番)」と表記されます。ここでの「deest」はラテン語で「不足している/記載されていない」を意味し、作曲時期や正確な原典、さらには作曲者帰属が必ずしも確定していない作品群に付される表記です。

曲の来歴と帰属の問題

モーツァルトは若年期からウィーン期にかけて、多数の短いカノン(2声〜4声)を作曲しています。それらの多くは友人間の余興や宴席で歌われた軽趣向のもので、冗談めいた歌詞を付されることが多く、写本や手稿が複数の形で伝わるため、真作/偽作の判断が難しい例が少なくありません。

「4声のカノン ヘ長調 K. deest」についても、現存する資料は写譜や版によるものが中心で、原典手稿(オートグラフ)が確定していないため、学界では帰属に慎重な姿勢が取られています。モーツァルト作品目録(ケッヘル目録)や新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)では、作者不詳または付随資料として扱われることが多く、さらなる書誌学的研究や筆跡・和声的特徴の比較が必要とされます。

原典と入手可能な資料

この曲に関する資料は、音楽図書館やオンライン公開譜、カノン類をまとめたコレクションに散見されます。代表的なデジタル資料としてはモーツァルテウム財団のデジタル版(Digital Mozart Edition)や、楽譜共有サイト(IMSLP)などがあり、複数の写本や刊行譜が参照可能です。ただし、サイト上で「モーツァルト作」として掲載されている例でも、学術的な帰属保証が付されていない場合があるため注意が必要です。

形式と対位法的特徴(楽曲分析)

4声カノンという編成は、主題が順次各声部に模倣されながら進行する典型的な対位法の形です。本曲(ヘ長調)に期待される一般的な構造的特徴は以下の通りです。

  • 主題の短さ:宴席用のカノンは短い主題を用い、容易に歌えるように作られることが多い。
  • 模倣の間隔:声部間の模倣は通常1〜2小節の遅れ(エントリーの間隔)で行われ、4声が順次主題を受け渡す。
  • 和声の処理:メロディの模倣に伴い、下位声部との和声進行が生じるが、モーツァルトのカノンでは無理のない自然な和音進行で処理される傾向がある。
  • 終止法:短いカノンでは反復や縮小終止(トニックへのスムーズな収束)を用い、軽やかに閉じる。

具体的に本曲を分析すると、主題はヘ長調の典型的な上行・下行句を持ち、3度や6度を用いた対位的結合が見られることがよくあります。模倣が進むにつれて一時的な転調やドミナントへの強調が現れ、最終的にトニックのヘ長調で安定して終わる構造が一般的です。

テクスト(歌詞)について

モーツァルトの短いカノンの多くは、元来無詞のメロディに後付けで歌詞がつけられたり、逆に有詞の作品が器楽的に扱われたりすることがあります。有名な例では下品なユーモアを含むものもありましたが、K. deest表記の作品群では、無詞の形で伝わるもの、あるいは複数の歌詞版を持つ例が混在します。本曲に固定の歌詞があるか否かは写本ごとに異なる場合があるため、演奏・録音の際は使用する版の注記を確認してください。

演奏上の注意点と実践的アドバイス

4声カノンを室内合唱やアンサンブルで演奏する場合、以下の点を意識すると効果的です。

  • アンサンブルの整合性:カノンは模倣の精度が聴取上の鍵になるため、テンポ感と発音の揃いを重視する。
  • 歌唱のレベル配分:主題が移るたびにバランスを調整し、第一声だけが突出しないようにする。
  • フレージングと呼吸:短いフレーズが連続するため、呼吸位置を共有しておくと全体のまとまりが良くなる。
  • 装飾と実行:モーツァルト時代の演奏慣習に基づき、過度なロマンティックな表情を避け、透明感とリズムの明快さを保つ。

編曲・実践的な応用

この種のカノンは編曲に適しており、ピアノ連弾や弦楽アンサンブル、混声アンサンブル向けに編曲して演奏されることがよくあります。原則として各声部の模倣関係を保てば編成の変更は許容され、例えばバロック風の小編成で器楽的に演奏すると、対位法の美しさがよく浮かび上がります。

録音と比較聴取のすすめ

本曲に関する信頼できる定評ある録音や版は限られますが、モーツァルトの短いカノン集を収録したアルバムや、カノンを集めた合唱団の録音に収録されていることが多いです。録音を比較する際は、版(校訂)や使用楽譜、歌詞の有無を確認し、演奏解釈がどのように異なるかを聴き比べてください。

類似作品と比較

モーツァルトの他の4声カノンや、ハイドン、モーツァルトのミニチュア・カノン群と比較することで、本曲の特色が浮かび上がります。特にモーツァルトのカノンは、古典派の均整の取れた対位法と、個人的なユーモアや軽やかな語り口が同居している点が魅力です。

まとめ — 学術的検討の必要性

「4声のカノン ヘ長調 K. deest」は、作品そのものの音楽的魅力に加え、帰属や写本の問題など音楽学的にも興味深い題材です。演奏者や研究者が原典に当たり、ケッヘル目録や新モーツァルト全集の注記、写譜の系譜を検討することで、より確かな輪郭が見えてくるでしょう。短い曲でありながら対位法的技巧や表現の幅が楽しめるため、合唱・室内楽レパートリーとして取り上げる価値は高いといえます。

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参考文献