モーツァルト:ピアノのためのカノン K. Anh. C 10.07(偽作)――来歴・分析・実演への示唆

モーツァルト:ピアノのためのカノン K. Anh. C 10.07(偽作)について

本稿では「モーツァルト:ピアノのためのカノン K. Anh. C 10.07(偽作)」と呼ばれる作品を巡り、来歴(プロヴェナンス)、楽曲の音楽的特徴、なぜ現代の研究者や校訂者が本作をモーツァルトの真作と認めないのか、そして演奏・編曲上の取り扱いについて詳しく掘り下げる。作品はしばしばモーツァルトの名前で流通するが、出典が不確かであり、様々な証拠から偽作または誤認の可能性が高いとされている。以下では史料学的視点と音楽分析の両面から考察する。

概説と出典情報

「K. Anh. C 10.07」といった表記は、コー​​ェル目録(Köchel-Verzeichnis)の付録(Anhang)やその派生的な整理で使われることがある。付録番号は正典に含められない作品、断片、あるいは帰属が疑わしいものを分類するためのものであり、本作はそのような「付録」列に属する作品として扱われることがある。

重要な点は、本作にはモーツァルト自身の自筆譜(autograph)が確認されておらず、初出がモーツァルト没後に編纂された稿本や印刷物であるケースが多いことだ。初出資料には編集者の追記や編曲、あるいは別人による作曲が混入していることがあるため、単純にモーツァルトの作と断定できない。

史料学的根拠――なぜ偽作とされるのか

  • 自筆譜の欠如:モーツァルトの確実な自筆譜が存在しない作品は、帰属の再検討対象となる。本作も自筆譜が確認されておらず、他人の写譜や19世紀以降の出版譜に依存している。
  • 初出の時期と場所:しばしば初出が19世紀の収集本や手稿集である場合、当時の編集者や出版者が人気作曲家の名を利用して作品を広めた可能性がある。タイトルにモーツァルトの名が付されても、それが真作の証拠とはならない。
  • 書式・題記の不一致:付記や題名表記、当時の楽譜に見られる形式的な差異は、編者や複製者の手による改変を示唆する。こうした差異は帰属判断の重要な手がかりとなる。
  • 比較様式学的疑義:旋律進行、和声の扱い、対位法の展開がモーツァルトの既知の作風と齟齬を示す場合、専門家は真作性を疑う。

楽曲の音楽的特徴 ―― ピアノ編曲としての表情

本作が「ピアノのためのカノン」と称される場合、原型が声楽や室内楽のカノンであった可能性もある。ピアノ編曲では以下のような特徴が観察されやすい。

  • 対位的な声部の単純化:声楽や器楽のカノンをピアノ用に移す際、複雑な声部分離が鍵盤のテクスチャに合わせて簡略化されることが多い。
  • 和声補強の頻度:ピアノ曲では和音の補強やベース音の定着が行われ、元の対位法的な独立性が薄れることがある。
  • 演奏上の省察:カノンの入れ子構造を明示するために装飾を除き、フレージングと音色で声部の区別をつけることが実用的である。

以上の点は、編曲者の美的選択による変化であり、作曲者の帰属判断には直接結びつかないが、原作の所在や作風の手がかりにはなる。

様式的な検討

モーツァルトの真正なカノン類(たとえば『カノン K.231/382d』やその他の小品)と比較すると、旋律の動機展開や和声進行の巧緻さ、ユーモアや言葉遊び(歌詞付きのカノンでは特に顕著)が特徴的である。偽作と疑われる作品では、次のような点が指摘されることが多い。

  • 対位法の扱いが教則的・模範的すぎて、モーツァルト独特の即興的余白や驚きが乏しい。
  • 和声進行が平板で、19世紀以降のロマン派的簡潔さや均衡感が先に立っている印象がある。
  • 旋律的特徴が既知のモーツァルト主題と類似しないか、逆に模倣的である。

校訂と編集史

こうした作品は、現代の校訂版や全集(たとえばデジタル・モーツァルト版など)で付録扱いにされるか、注記つきで掲載されることが多い。校訂者は原典主義の立場から初出譜を重視し、出典の注記、版による差異の列記、場合によっては複数の版を併記することで、編集上の透明性を確保する。

演奏者や学校音楽の教材として利用する際は、出典と帰属の注記を併記して収録するのが望ましい。誤った帰属が恒常化すると、歴史認識を歪める恐れがあるためだ。

演奏・解釈上の示唆

たとえ偽作であっても、本作を音楽的に魅力あるレパートリーとして扱うことは可能だ。演奏上のポイントを挙げる。

  • 声部の区別:カノンという形式の核心は模倣関係の提示にあるため、各声部の輪郭を鍵盤で明確にする。ペダリングは声部の重なりを曖昧にしないよう注意する。
  • テンポと発語:歌わせるようなフレージングが、対位法の有機性を強める。過度に機械的なテンポは避ける。
  • 装飾の扱い:19世紀的な装飾が後付けされている場合は、原型の簡潔さを意識して整理する選択肢がある。

偽作問題から学ぶこと

この種の作品を扱うことは、演奏者・研究者双方にとって史料学的重要性を再認識させる。即ち、作品を音楽的に享受するだけでなく、その来歴を問い、楽譜の版を吟味し、必要に応じて注記を付す姿勢が求められる。モーツァルトの名の下に流通する小品の中には魅力的なものが多く、仮に真作でないにしても音楽史的な興味を惹く要素があることも事実である。

結論

「モーツァルト:ピアノのためのカノン K. Anh. C 10.07(偽作)」は、出典と様式の観点から真作性に疑念がある作品である。自筆譜の不存在、初出の性格、様式的な違和感といった複数の根拠がその判断を支持する。とはいえ、音楽としての価値は別に評価されうるため、演奏・教育での扱いは出典情報を明示したうえで行うのが適切である。

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参考文献