序文
この葬送行進曲は独立して単独で演奏されることも多く、しばしば単独の作品("Funeral March, Op.35")として言及されます。本コラムでは作品の歴史的背景、形式・和声の詳細な分析、演奏上の留意点、受容史と文化的影響、代表的な録音や参考資料を整理します。
作曲の背景と刊行史
ピアノ・ソナタ第2番 Op.35 はショパンが1839年頃にまとめ、1840年に出版されたとされています。作品全体は4楽章構成で、特に第3楽章の葬送行進曲は早い段階から注目を集め、ソナタ全体よりも先に独立して演奏・出版されることがありました。葬送行進曲の特異性は、壮大で厳粛な行進主題が劇的に提示され、その後の中間部で静謐なコラール風の音楽が現れる点にあります。ソナタ全体の最終楽章は、葬送行進曲の陰影を受けてか、予期しない急速な終結(Presto)で締めくくられ、作品に不安定な余韻を残します。
楽曲構成の概観
葬送行進曲(第3楽章)はおおむね三部形式(A–B–A)で構成されています。A部は変ロ短調、行進のリズムと重い和声により「葬送」の情景を描きます。B部は変ロ長調(D♭大調相当の調性的な明るさ)で、対照的な静けさとコラール風の和声が現れ、しばしば‘‘追悼の祈り’’と形容されます。再現部でA主題が戻り、曲は元の行進に収束しますが、ソナタ全体としてはさらに続く終楽章によって異化される構造を取ります。
主題とリズムの特徴
A主題は明確な行進リズム(重音+短長のアクセント)を持ち、低音でのオクターヴや和音の連打が葬列の足取りを暗示します。主題のリズムはしばしばドット付きのアクセントや休止を伴い、歩行の不規則さや足場の沈みを表現します。中間部のコラールは歌詞のない合唱のように和声進行を前面に出し、旋律は内声や高声部で穏やかに歌われます。ショパンは音楽語法としてピアノの色彩—ペダリング、内声の響き、微妙なテンポ操作(rubato)—を駆使して、行列と祈りという二つの世界を同居させています。
和声と管見的分析
葬送行進曲の和声は、古典的な機能和声を基盤にしつつ、ショパンらしい暫定的な転調と染み込むような増三和音・半音移動を特徴とします。A部では変ロ短調の主和音と属和音の強い対比が用いられ、しばしば並行する平行短調や短調の近親転調が短いフレーズ内で生じます。中間部(トリオ)は平行長調や近接長調に移行し、平穏さをもたらしますが、調性は完全に安定するわけではなく、終始不安定さが残ります。最終的な再現では主題が回帰する一方、終楽章への橋渡しとしてソナタ全体に通底するモチーフ的連関が示唆されます(特に終楽章の急速な繰り返し和声音型と葬送行進曲の低音リズムの対比)。
演奏上の実践的留意点
- テンポ感:葬送行進曲のテンポは固定的な行進の速度を目指すのではなく、内的な「呼吸」を伴うべきです。あまり遅すぎると重々しくなりすぎ、速すぎると嘘っぽくなるため、曲の重心を保った上での柔軟なテンポ操作が求められます。
- 音色とタッチ:低音部の重心を保ちながら中高音での歌うようなフレージングを実現すること。和声音の密度に応じてタッチを変え、内声の響き(inner voice)を絶やさないことが重要です。
- ペダリング:持続性が必要な一方で響きが濁らないよう、部分的なハーフペダルや素早いペダルクリアを組み合わせるとよいでしょう。中間部のコラールは比較的長いペダルを用いて豊かな和声を作ることが多いです。
- ダイナミクス:単純に強弱だけで表現するのではなく、和声の進行に応じた内的強調(句の始めの内声の押し出しなど)を用いると、音楽の意味が明確になります。
- アゴーギクとルバート:ショパンの伝統的解釈に従えば、右手の旋律に自由なルバートを与えつつ左手の行進的リズムは一定の重心を保つことで対話が生まれます。ただしこのルバートは個人の解釈に依存するため、作品の歴史的語法と自身の芸術観のバランスが必要です。
受容史と文化的影響
葬送行進曲は19世紀以来、欧米を中心に葬儀や追悼の場で頻繁に演奏され、ショパンの代表的な象徴的曲となりました。その厳粛さと歌のような中間部との対比が、国民的な追悼や儀式音楽としての機能を与えています。またクラシックの枠を超え、映画やテレビ、アレンジ作品など多様な場面で引用され続けています。ショパン自身の生涯やポーランドの民族的背景が結びつけられて語られることが多く、作品は単なるピアノ曲を超えた文化的記号性を帯びています。
編曲と器楽化
この葬送行進曲はピアノ独奏のままでも強い存在感を放ちますが、オーケストレーションや合唱編曲、室内楽編成への編曲も数多く存在します。ピアノ独特のペダリングや内声の響きが鍵となるため、器楽化の際は原曲の色彩をどのように楽器群で再現するかが編曲家の技巧の見せ所になります。編曲版は式典向けにアレンジされることが多く、金管と打楽器の重厚な響きで葬送の側面が強調されることもあります。
代表的な演奏と録音
葬送行進曲は多くの名演奏が残っています。ピアニストによってテンポ、音色、ルバートの取り方が大きく異なり、解釈の幅を見るのに適したレパートリーです。以下は参考となる演奏家の一例です。
- Arthur Rubinstein — 自然で雄弁な表現が特徴。
- Alfred Cortot — ロマン派的叙情と語りの巧みさを示す歴史的名演。
- Vladimir Horowitz — 劇的な対比と強烈な集中力を特徴とする録音が複数存在。
- Maurizio Pollini — 明晰で構造を重視した現代的解釈。
- Martha Argerich、Krystian Zimerman、Mitsuko Uchida — それぞれの美学を通して異なる側面を示す現代的巨匠。
学習者・演奏家への具体的アドバイス
この曲に取り組む際は、まず低音の重心と行進リズムを確保する練習から始めると良いでしょう。中間部の歌い方は、長いフレーズを呼吸で区切りながら、内声と外声のバランスを探ると効果的です。部分練習では和声進行を指で歌うように弾き、ペダリングの変化を逐一記録することをおすすめします。また録音を複数比較し、自分が目指す音楽観を明確にしましょう。
結語
ショパンの葬送行進曲は、単なるメロディーや行進の枠を超えて、死と祈り、個人的悲嘆と集団的儀式が交錯する豊かな音楽テクストです。演奏家にとっては技術と解釈を同時に問われる名曲であり、聴衆にとっては深い共感と象徴性を持つ作品です。楽曲を学ぶ過程で和声の動きやテクスチャーの細部に注意を払い、同時に音楽が伝えようとする感情の大きな流れを見失わないことが肝要です。
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