バッハ『BWV 1|暁の星はいと美しきかな』――背景・音楽分析・演奏の聴きどころ

はじめに:BWV 1 の位置づけと題名の意味

J.S.バッハのカンタータ BWV 1 「Wie schön leuchtet der Morgenstern(暁の星はいと美しきかな)」は、ルター派の賛歌を素材とする〈コラール・カンタータ〉の典型的な例であり、感謝と賛美を祝う宗教曲として高い評価を受けています。原題はドイツ語で直訳すれば「暁の星(朝星)はなんと美しく輝くことか」。この「朝の星(Morgenstern)」はキリスト教の象徴語で、啓示録や賛歌の文脈でイエス=キリストを指す比喩として用いられます。

テキストと音楽的元ネタ:フィリップ・ニコライの讃歌

本曲は16世紀末(1599年)の牧歌的賛歌「Wie schön leuchtet der Morgenstern」を基盤にしています。この賛歌は詩人・牧師フィリップ・ニコライ(Philipp Nicolai, 1556–1608)によって書かれ、そのメロディも同時期に成立しました。ニコライの賛歌は結婚式や祭礼でも歌われるほど広く親しまれ、バッハはその旋律と神学的イメージを素材として採り上げています。

成立と初演の歴史的背景

BWV 1 はライプツィヒ時代の〈コラール・カンタータ〉群の一つで、バッハのコラール・カンタータのサイクル(おおむね1724–1725年にかけて)に属します。教会暦に合わせた礼拝用作品として作曲され、ライプツィヒの典礼や信徒教育の文脈のもとで上演されました。初演は1725年の暦に関連する典礼日に行われたとされ、当時の教会音楽としての機能を強く意識した作品です。

楽曲構造と主要な音楽的特徴

BWV 1 は、バッハが典型的に用いる〈コラール・ファンタジア〉による開幕と、内声部のアリア・レチタティーヴォを経て、最後に4声のコラールで閉じる構成をとっています。作品全体において注目すべき設計は以下の通りです。

  • 開幕合唱(コラール・ファンタジア): ソプラノがコラール旋律をカントゥス・フィルムス(主題)として保持し、下位声部と器楽が対位法的・協奏的に展開します。祝祭的なトランペットやティンパニの使用により「光り輝く朝」を音響的に表現することが多くの演奏で見られます。
  • 内声のアリアやレチタティーヴォ: 詩の解釈を深める語りと独唱的表現。器楽伴奏はしばしば詩的イメージ(星の瞬き、光の差込み、喜びの跳躍など)を描写します。
  • 終曲コラール: 教会の会衆が共に歌うことを想定した4声のコラールで、信仰共同体としての結論を示します。バッハはここで和声の色彩や転調処理を用いて、曲全体の神学的・音楽的まとめを行います。

音楽語法と象徴性(モチーフと配器)

バッハは音楽の素材を神学的メッセージと結びつけて扱うことで知られます。本曲でも以下の要素が象徴として機能します。

  • トランペットとティンパニ: 栄光・祝祭・王権性を象徴し、朝星の輝きやキリストの王性を音響的に際立たせます。
  • ヴァイオリンやオーボエによる旋律線: 光のきらめきや天上的な幸福感を表現するために滑らかな上行句や装飾的なスケールが用いられます。
  • 対位法とホモフォニーの交替: 個々の詩句の強調や総合的な調和感を同時に提示し、信仰告白としてのコラールの明快さと霊的深遠さを共存させます。

演奏・解釈上のポイント(現代の実践)

この作品を演奏する際の主要な論点は、大きく分けて「編成」と「解釈」に関わります。

  • 編成(合唱の規模・器楽): 史的楽器(ピッチ=低め)と古楽奏法を採る小編成から、現代楽器・大規模合唱まで幅広いアプローチがあります。史実に基づく「少人数=一声一人(one voice per part)」説を支持する演奏は、テクスチュアの透明性や対位法の明瞭さを引き出します。一方で大編成は祝祭性を強調し、トランペットの力強さが際立ちます。
  • テンポと表情: 開幕のコラール・ファンタジアは荘厳に扱う流儀と、より軽快にする流儀があります。詩の内容(「輝き」「喜び」)をどう音楽的に翻訳するかが解釈の鍵です。
  • 声部間のバランス: ソプラノのカントゥス・フィルムス(賛歌旋律)を際立たせるか、器楽の合奏的な流動感を優先するかで印象は大きく変わります。

代表的な録音と聴きどころの比較

BWV 1 は録音が多く、演奏スタイルによる違いを聴き比べることで新たな発見があります。以下はいくつかの聴取指標です。

  • 歴史的楽器/古楽解釈: ジョン・エリオット・ガーディナー、ニコラウス・アーノンクール、マーサアキ・スズキなどの演奏は、リズム感と色彩感、古楽の息づかいを重視しています。透明な対位法と軽やかなアーティキュレーションが特徴。
  • 現代オーケストラ/伝統的解釈: カール・リヒターのような指揮者は、カトリック的な深みとピュアな音色による荘厳さを強調します。大編成による迫力感が魅力です。
  • 声の扱い: ソロ歌手の音色や合唱の規模が、コラール旋律の聞こえ方を決定づけます。ソプラノの扱いが最も注目点です。

神学とテクスト解釈:詩と音楽の対話

ニコライの賛歌は婚礼賛歌としての用法も持つため、「愛」と「光」のイメージが織り交ざっています。バッハはこれらのイメージを音楽語彙(上昇進行=昇天、長調と短調の対比=苦悩と救済など)で描き、聴衆に対して神学的なメッセージを直接的かつ情緒的に伝えます。特に夜が明けて光が差すという描写は、和声進行や器楽の輝きによって巧みに具現化されています。

受容・影響と今日の位置づけ

BWV 1 は礼拝用音楽でありながらコンサート・レパートリーとしても定着しています。バッハ没後の評価は時代とともに変化しましたが、19世紀以降のバッハ復興運動、20世紀の歴史的演奏運動を通じて現在のような多様な演奏慣行が確立しました。宗教的・音楽的価値が高く、合唱団・古楽団・教会音楽の現場で繰り返し演奏され続けています。

聴きどころまとめ(実践的ガイド)

  • 冒頭合唱:ソプラノのコラール旋律を追い、その周囲で展開する器楽線の「きらめき」を聞き取ってください。トランペットやヴァイオリンの装飾がどのように「光」を描くかがポイントです。
  • アリアとレチタティーヴォ:テキストの語気(賛美・祈り・告白)に注目し、器楽が語るイメージを追うと理解が深まります。
  • 終曲のコラール:ハーモニーの変化や最後の和音の収束が曲全体の神学的結実を示します。合唱の一体感を味わってください。

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参考文献