バッハ BWV53『いざ来たれ、待ち望みたる時よ』──来歴・楽曲分析・演奏解釈ガイド
はじめに — タイトルと位置づけ
BWV 53『いざ来たれ、待ち望みたる時よ』(独: Schlage doch, gewünschte Stunde)は、長年ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品目録(BWV)に収められてきた作品です。邦題は直訳的に「いざ来たれ、待ち望みたる時よ」とされ、終末や死への迎えを待ち望む宗教的感情を歌う作品で、ルター教的な「死の迎え入れ」をテーマにしたバロック歌曲・カンタータ群の系譜に連なる一曲として位置づけられます。
来歴と作者問題:伝統的帰属と現代の見解
BWV番号で番号づけされているものの、この曲の作曲者帰属は歴史的に議論の対象となってきました。古い目録や演奏史ではバッハの名で伝えられ、公演・録音もなされましたが、近年の系譜学・文献学的研究では作曲者が確実にバッハであるとは断定できないとされ、いわゆる疑作(spurious)または帰属未確定の扱いになることが多くなっています。代替の作曲者候補としては同時代の他の作曲家の名前が学界で挙げられることがありますが、結論は今も一様ではありません。
このような帰属問題はバロック音楽にしばしば見られる事情で、楽譜の散逸、写本の誤伝、版の改訂・混同などが原因です。したがって本コラムでは、楽曲自体の音楽的特徴と文学的・神学的背景、演奏上の留意点に重点を置いて解説します。
テキストと神学的背景
歌詞では「望まれる時」「死の到来」を歓迎する表現が中心となり、苦悩からの解放、真の安息への移行といったキリスト教的救済観が表出します。ルター派の葬礼文学や晩鐘(Abendmahls-・昇天)をめぐる詩歌には、自己の終末を主の招きとして肯定的に受け止める伝統があり、本曲のテキストもその系譜にあります。
こうした死の迎え方は、単なる悲嘆や諦観ではなく、信仰心に根ざした希望(Heilsgewissheit)を含んでおり、歌唱表現は深い内省と同時に確信に満ちた安堵感を必要とします。
楽曲構成と音楽的特徴
形式と構成
BWV 53 は単独のアリア/独唱曲として演奏されることが多く、通例バロックのアリア形式に則った三部構成(A–B–A)やレチタティーヴォを伴う小規模なカンタータ形式の要素を持つ場合があります。明確な楽章区分や器楽伴奏の詳細は写本によって差異が見られるため、演奏者は版による差を念頭に置く必要があります。
旋律と声部表現
独唱パートは内省的な歌い回しと、時にアゴーギクや装飾を伴って感情の高まりを示す場面が配置されます。旋律線は通奏低音(通奏)と器楽の対話に重心が置かれ、声楽主題は器楽的モティーフと呼応することが多いです。歌唱の様式としては、バロック・アフェクト理論に基づく適切な語感の強調、語尾の処理、装飾の選択が曲想の解釈を左右します。
器楽伴奏(オブリガート)と通奏低音
この曲の大きな特徴の一つは、独奏声部に対する器楽の役割です。写本や版によってはオブリガート楽器としてオルガンやチェンバロ、リュート、ヴァイオリンなどが示される場合があり、その編成の違いが演奏の色彩に直接結び付きます。特にオルガンやチェンバロの使用は、声と和声的・リズミカルに密接な連携を生み、宗教曲にふさわしい荘厳さと内面的深さを与えます。
和声と調性の扱い
和声進行はバロック期の機能和声に基づきつつ、悲哀と安息を同時に表現するための短調的要素と、転調を用いた色彩変化を含みます。終結部では安定への回帰が意図されることが多く、作曲者の宗教的イデアが和声操作を通して表現されます。
演奏史と受容
18世紀から19世紀にかけて、この種の宗教的独唱曲は教会行事や家庭の礼拝で演奏されることがありました。近代に入ると作品の帰属問題とともに演奏や録音が見直され、古楽復興運動の中で歴史的演奏慣習(ピッチ、響き、装飾法)を反映した演奏が行われるようになりました。
実演上の注意点
- 編成の選定:写本に複数のオブリガート指定が存在する場合は、演奏目的(教会、公演、録音)に応じて楽器を選ぶ。オルガンあるいはチェンバロを用いると宗教曲らしい重みが出る。
- 装飾と目立たせ方:歌詞の意味を損なわない範囲で装飾を用いる。特に終末・救済を語る部分では語句の持つ神学的重みを優先する。
- テンポとアゴーギク:過度に速いテンポはテキストの内省性を損なう。器楽と声部の呼吸を合わせた自然なテンポ設定が望ましい。
- ピッチと調性感:歴史的ピッチ(A=415Hzなど)を採用すると、温度感や和声の色彩が変わり、作品の古雅な響きが再現されやすい。
録音と参考演奏(概説)
学術的に確立した『正しい』版が一つに定まらないため、録音ごとに編成や解釈が大きく異なります。古楽器アンサンブルによる演奏は原典主義的な魅力を示し、モダン楽器編成は声の暖かさやダイナミクスを重視します。聴き比べることで作曲帰属や版の特徴、演奏慣習の差がよく分かります。
比較:同主題のバッハ作品との対照
死を迎えることを肯定的に歌う文学主題はバッハの他の作品にも見られます。代表例としてBWV 82『Ich habe genug』やBWV 56『Ich will den Kreuzstab gerne tragen』など、信仰に基づく死生観を扱ったレパートリーと比較すると、BWV 53 が持つ語法や情感の位置づけがより明確になります。これらと比較することで、BWV 53 の独自性(器楽伴奏の選択や語彙の使い方)が浮かび上がります。
まとめ:作品を聴くための視点
BWV 53『いざ来たれ、待ち望みたる時よ』を味わうには、まずテキストの宗教的意味を理解し、それがどのように旋律・和声・器楽的対話へ翻訳されているかを追うことが重要です。帰属の問題は学術的関心をそそりますが、音楽そのものの持つ表現力と聴き手に与える精神性は別個に評価され得ます。録音や演奏版の違いを比較し、歌手と伴奏のインティマシー(親密さ)に注目すると、作品の深淵さがよりよく伝わるでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Schlage doch, gewünschte Stunde (BWV 53)
- Bach Cantatas Website: BWV 53
- IMSLP: Schlage doch, gewünschte Stunde, BWV 53
- Bach Digital (総合検索)
- AllMusic(作品や録音の概説検索)
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