バッハ BWV107『汝なんぞ悲しみうなだるるや』徹底ガイド:成立・音楽構造・演奏解釈
概説 — タイトルの由来と作品の位置づけ
「汝なんぞ悲しみうなだるるや」は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータとして日本語で紹介される際の呼称の一つで、ドイツ語原題は一般に「Was willst du dich betrüben, BWV 107」として知られています。BWV(Bach-Werke-Verzeichnis)番号によりカタログ化されたこの作品は、バッハの教会カンタータ群に属します。タイトルが示すように、テキストは慰めや信仰による心の平安を主題とし、バッハがしばしば扱った〈苦悩からの救い〉という宗教的モチーフを持っています。
成立時期やテキスト作成者については資料によって諸説ありますが、いずれにしてもバッハが礼拝音楽として用いるために作曲した作品であり、歌詞と音楽の密接な関係性が特徴です。本稿では楽曲の構造的特徴、音楽的語法、演奏上の注意点、そして聴きどころを中心に掘り下げます。
テキストと神学的テーマ
楽曲の中心にある問いかけ「なぜ悲しむのか」は、個人的な悩みを神への信頼へと導く流れを作ります。多くのバッハのカンタータと同様、聖書の一節や讃美歌の断章、当時の教会年中行事に関する朗読に呼応するようにテキストが組まれることが多いです。作者が明確に特定されていない場合でも、テキストは短い詩句と応答的な部分から成り、終曲に既存のコラール(讃美歌)を配することで会衆参加や締めくくりの意味合いを強めます。
楽曲構成(概観)
BWV 107は一般的なバロック時代の教会カンタータの典型構造を踏襲しており、以下のような要素を備えることが多いです:
- 序奏的な合奏部分または開幕アリア
- 独唱アリアとリチターティーヴォ(レチタティーヴォ)による語りと感情の展開
- 合唱または重唱による応答的場面
- 既成コラールに基づく終曲
具体的な楽章配列や声部編成は作品によって差があるため、版や演奏による違いが出ますが、バッハはしばしばテキストの語感に合わせてアリアの器楽的導入部に象徴的動機を置き、全体を通じてモチーフの再現や転調による物語展開を行います。
調性・動機と感情表現
「悲しみ」と「慰め」が対比されるテキストに対して、バッハはしばしば短調→長調という転換、下降進行や延音(サスペンション)を用いることで悲嘆を描き、終局に向けて跳躍的な上昇や和音の完全感で安堵を表現します。BWV 107でも、短調の悲嘆的なモチーフが内声や通奏低音に現れ、それがアリアのなかで装飾や模倣を伴って発展することにより、聴き手に「苦悩からの解放」というドラマを提示します。
旋律・対位法の特徴
バッハの特色である対位法的処理は、本作品でも重要な役割を果たします。特にアリアと合唱の境界で、器楽部が歌唱ラインの前打ちや伴奏模倣(リトル・フーガ的断章)を行い、歌詞の重要語句をモチーフとして反復します。これによりテキストのキーワードが音形として固定され、作品全体の統一性が高まります。また短いフレーズを呼応させるようなカノン的手法や、ベースラインに残響する下降進行(ラメント・バッサ=lament bass)など、バロック的表現技法が巧みに使われます。
編成と演奏実践(演奏上の留意点)
原典版や初期19–20世紀の版を参照すると、バッハのカンタータは通常、ソロ独唱者(アルト・ソプラノなど)、通奏低音(チェンバロ、オルガン、ヴィオローネなど)、弦楽器、義務的にオーボエ等の管楽器を組み合わせて演奏されます。ただし歴史的演奏実践(HIP: Historically Informed Performance)を採るか、ロマン派的な大編成で演奏するかによって音色やバランス感は大きく変わります。
演奏上のポイント:
- テンポ決定はテキストの語義と発語(アクセント)を優先すること。急がず語る箇所と、信念を持って断言する箇所の速度差に注意。
- 装飾やカデンツァはバロックの伝統に倣い、歌手の想像力に委ねられるが、過剰にならないよう文脈と調性に即した装飾が望ましい。
- 通奏低音の刻み方(アルペッジョ的か対位的か)は、その場の感情表現に合わせて柔軟に変える。
- 合唱が入る箇所では、テキストの明瞭性(ディクション)を最優先にし、和声進行の流れを損なわないようにする。
聴きどころ(パート別ガイド)
声楽:
- 独唱アリアでは、言葉ごとの色付け(語尾の伸ばし方、母音の扱い)で説得力が変わる。短い句は切れ味よく、慰めに至る箇所は持続音で包み込むように。
- 合唱は対位法的な場面で各声部の独立性が問われる。特にバスとソプラノの対話的なやりとりに注意。
器楽:
- 弦楽器はビブラートを控えめにすることでバロック的な透明感を出す。ボーイングの選択でフレージングを整える。
- 木管が伴奏的に入る場面では、短い応答(リスポンス)を明確にし、歌との会話を促進する。
編曲・版の選び方とおすすめの聴き方
カンタータは原典版(旧版と新訂版)や歴史的楽器による復元版など複数の版が流通しています。楽曲のテクストを正確に追うためには、可能であれば原典資料に基づいた新訂版(学術版)を参照することを推奨します。初めて聴く際は、まずは歌詞の日本語訳や原語訳を手元に置いて、テキストの物語を追いながら音楽的な表現の変化を確認すると良いでしょう。
代表的な録音・演奏解釈の違い
この種のカンタータの録音では、以下のような解釈の違いが顕著です:
- 歴史的演奏(例:ジョン・エリオット・ガーディナーや小澤征爾/一部の小編成録音)では、テンポ感が引き締まり、対位法の明瞭さが強調されます。
- 伝統的合唱・管弦楽アプローチ(例:ヘルムート・リリングに代表される大型編成)では、音色の豊かさと宗教的荘重さが出ますが、細部の流動性はHIPに劣ることがあります。
- 近年の録音では、声楽ソロの表現力と器楽の伴奏が対等に扱われる傾向が強く、ソロのナラティヴ性(物語性)が重視されます(例:鈴木雅明指揮の演奏など)。
聴取ガイド — 具体的なパッセージに注目して聴く
聴く際には以下のポイントに注目してください:
- 冒頭の楽句:悲嘆を象徴する下降進行や短調の和声進行が登場するか。
- 独唱アリアの装飾:歌い手が音符をどのように装飾しているか(装飾の種類と位置)。
- 合唱での和声の解決:和音がどのタイミングで安定するか、そしてそれがテキストの意味とどう呼応するか。
- 終曲コラール:会衆的な閉じ方としての安堵感の表現方法(テンポ、和声の処理、声部の合わせ方)。
結論 — BWV 107の魅力
BWV 107は、短いフレーズのなかに感情の高低を濃縮して示すバッハの卓越した技巧が感じられる作品です。テキストの内省的な問いかけに対して音楽が寄り添い、最終的に信仰による慰めへと導く構造は、バッハの宗教音楽としての普遍的な魅力を示しています。演奏の解釈によって表情が大きく変わるため、複数の録音を聴き比べることで作品の多面的な魅力をより深く理解できるでしょう。
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参考文献
- Bach Cantatas Website — BWV 107
- IMSLP(楽譜) — "Was willst du dich betrüben", BWV 107
- Wikipedia(英語) — Was willst du dich betrüben, BWV 107
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