バッハ BWV111『わが神の欲し給うこと常に起こらん』(Was mein Gott will)— 歌詞・音楽・演奏を深掘りする

導入 — 小さな名曲に宿る大いなる信仰

「わが神の欲し給うこと常に起こらん」(ドイツ語原題: Was mein Gott will, das g'scheh allzeit)は、ヨハン・セバスティアン・バッハによるコラール・カンタータの一つで、BWV 111の番号で知られています。短めで落ち着いた編成ながら、信仰者の確信と安らぎを描いたテキストと、バッハならではの精緻な和声進行・対位法が結びつく作品です。本稿では、作品の背景、構成、音楽的特徴、演奏上のポイント、歴史的受容と代表的録音をできるだけ事実に基づいて詳述します。

テキストと源流 — 賛美歌の系譜と神学的主題

このカンタータは同名のコラール(賛美歌)を基にしており、歌詞は生来の託宣と神への服従を主題としています。原曲の賛美歌は17世紀のルター派伝統に根ざすもので、個人の信仰と日常の諸出来事を神の摂理に委ねる姿勢を歌います。バッハはこうした既存のコラールを素材に取り、冒頭でコラールの旋律や和声的輪郭を生かしつつ、内部のアリアやレチタティーヴォでテキストの細部に肉付けしていきます。

成立と配置 — ライプツィヒ時代のコラール・カンタータ群

BWV 111は、バッハがライプツィヒで系統的に制作したコラール・カンタータ群の一例と位置づけられます。こうした一群は既存の教会詩篇・賛美歌をコアに、冒頭のコラール幻想(Chorale fantasia)や中央の独唱パート、最後の四声コラールへと展開するという典型的な構成をとることが多く、BWV 111もこの枠組みに沿った構成を持っています。成立年や初演の詳細は必ずしも全て明確ではありませんが、ライプツィヒ時代のカンタータ制作期の産物であると考えられています。

楽曲構成(概観)

典型的なコラール・カンタータ同様、BWV 111は複数の楽章から成ります(一般に6楽章構成とされることが多い)。おおまかな流れは以下の通りです。

  • 第1楽章:コラール幻想風の合唱(冒頭にコラール旋律の提示)
  • 第2楽章:独唱的レチタティーヴォ(テキストの解説的展開)
  • 第3楽章:アリア(情感表現、器楽との対話)
  • 第4楽章:別のレチタティーヴォまたはアリア(内省的・語りかける部分)
  • 第5楽章:アリアまたは二重唱(テキストの応答的展開)
  • 第6楽章:四声コラール(合唱による結び)

このような配置は、礼拝の文脈で賛美歌の要旨を提示した上で個人の応答(独唱部)を挟み、最後に共同体の合唱で信仰の確証を与えるという機能を果たします。

音楽的特徴と分析的ポイント

以下に、BWV 111を聴く・演奏する上で注目したい音楽的側面を挙げます。

  • コラール旋律の扱い:冒頭ではコラールの旋律が声部または器楽のどちらかで明確に示され、周囲の対位法がそのメロディを取り巻きます。旋律の輪郭は信仰の不動性を象徴する要素として機能します。
  • 和声とモーダルな色合い:バッハは短い楽曲でも濃密な和声変化を用い、特に“苦悩”や“委ね”といった語義に対しては半音階や短調的な挿入を行って情感を表します。対して終結部の四声コラールでは安定した和声へと収束させ、信仰の確信を音で示します。
  • 語句描写(ワルトマイステリー):テキストの語彙(例えば“苦悩”“救い”“委ねる”など)に対して器楽やリズムで具体的な描写を施すことが多く、短いアリアでも器楽と声部の応答による緊張と解決が巧みに配置されています。
  • 編成の均衡:BWV 111は比較的控えめな編成で演奏されることが多く、その分声部や弦楽器の色彩、 continuo の動きが明瞭に聞こえます。合唱は必ずしも大編成を必要とせず、歴史的演奏法に沿えば小人数合唱でも十分に説得力を持ちます。

演奏・解釈のポイント

演奏者にとっての主な焦点は「テキストと音楽の一体化」です。以下は具体的な注意点です。

  • テキストの明瞭さ:ドイツ語のアクセントや語尾を適切に処理し、レチタティーヴォとアリアで語意が伝わるようにする。
  • フレージングと呼吸:短めの楽章が連続するため、歌手は適切な呼吸計画を立て、句ごとの終止や連結を自然に聞かせる必要があります。
  • アーティキュレーション:器楽は合唱を支えるだけでなく、語句描写を担う。弓の使い方や装飾の処理は、テキストの意味に合わせて選ぶべきです。
  • 合唱規模の選択:歴史的奏法を踏まえるならば小編成(各声部2〜3名程度)での演奏でも遜色なく、テクスチャーの明瞭さが保たれます。一方で大編成にして重厚感を出す解釈も宗教的深みを強めます。

受容史と録音のおすすめ

BWV 111は大規模な合唱曲やオラトリオほど注目されることは少ないものの、コラールの深い信仰表現とバッハ的技巧の縮図として室内的に愛聴されてきました。代表的な録音や演奏スタイルの選択肢としては、以下が挙げられます。

  • 歴史的演奏法:Masaaki Suzuki(鈴木雅明)率いるBach Collegium Japanによる一連のカンタータ録音は、文節の明瞭さと器楽の透明感が魅力です。
  • 伝統的な大編成:John Eliot GardinerやHelmuth Rillingのような合唱とオーケストラ主体の解釈は、宗教的荘厳性を前面に出します。どちらを選ぶかはリスナーの好みによります。
  • 小編成・古楽系:Ton Koopmanやピリオド楽器の合奏は、対位法の繊細さやバロック語法の呼吸感を強調します。

聴きどころまとめ — 聴取ガイド

BWV 111を初めて聴く人に向けた簡潔なガイドです。

  • 冒頭でコラールの旋律がどのように提示されるかに注目する。メロディの出処(声部、器楽)で解釈が分かれる。
  • 短い独唱楽章では語句描写(テキストに即した音形)が随所に現れる。音楽はテキストの意味を増幅するようにつくられている。
  • 終曲の四声コラールは救済と確信の表明。ここで和声が安定する瞬間が感動を生む。

結び — 小曲に宿る普遍性

BWV 111は規模では控えめでも、バッハの宗教音楽に共通する〈言葉を音に変換する〉技術と信仰の深さが凝縮された作品です。礼拝と音楽的探究の両面で機能するこのカンタータは、聴く者に静かな確信と、日常の中での神の摂理への委ねを思い起こさせます。演奏・録音の選択肢は幅広く、歴史的演奏法での繊細な構築も、大編成による荘厳な表現もそれぞれに独自の魅力を持っています。

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参考文献