バッハ BWV903a「幻想曲」を深掘り:草稿・異稿としての位置づけと演奏解釈

バッハ BWV903a 幻想曲 — 概要と問題意識

BWV903aは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハに関連づけられる「幻想曲(Fantasia)」の一伝承に付与された番号で、学術的にはBWV903(通常は「半音的幻想曲とフーガ」Chromatic Fantasia and Fugue in D minor として知られる作品)と関係づけて研究されてきた異稿・草稿の一つとして扱われます。903aは必ずしも完全版の単純な模写ではなく、曲想や進行、装飾の扱いにおいて相違点を示すため、作曲過程や即興性、改訂の実相を探るうえで重要な資料です。

来歴・写譜と研究史

BWV903aを巡る問題は「どの資料が作曲当時の意図を反映しているか」という点に集約されます。原資料には自筆譜や生前の筆写譜、弟子や近傍の楽譜写しが混在することが多く、903aはそうした伝承系譜の一端を示します。学界では、903aをBWV903の初期稿あるいは別稿として位置づけることが多く、確定的な作成年や目的(独立した作品か、後にフーガと合わせられた断片か)は諸説あります。

重要な資料群としては、バッハ自身の筆跡とされるもの、当時の写譜(生徒や演奏家による写し)、および後世の版が挙げられます。現代の総合目録であるBach-Werke-Verzeichnis(BWV)やBach Digitalといったデータベースは、これらの出典情報を整理しており、903aは903との比較研究の対象として収録されています。

楽曲の構造と特色(音楽学的分析)

BWV903aに見られる最大の特徴は、幻想曲ならではの即興性・断片性と、半音的な進行・装飾による表情豊かな和声操作です。一般に「幻想曲」と名づけられたバッハの鍵盤作品は、トッカータ風の自由なパッセージ(速いパッセージ、アルペッジョ、連続音型)と、歌唱的・語り的な部分(リチェルカーレ的・レチタティーヴォ的表現)が交互に現れることが多く、903aもその文脈にあります。

和声面では、半音進行や減七の連鎖、転調の急速な展開が聴取され、これが「半音的幻想曲」という呼称の背景でもあります。903aが903と異なる点として、導入部のモティーフ展開、結尾部の処理、あるいは反復・装飾の指示の有無などが挙げられ、これらは作品が固定的な最終形へと至るまでの作曲過程を示唆します。

形式的には、903aは必ずしも厳密なソナタ形式やフーガの前奏ではなく、自由な断片をつなぎ合わせる「即興された継起(succession)」として読むことが有益です。したがって、各部分の機能(導入、主題提示、展開的パッセージ、閉鎖的エピソード)を抽出して構造を理解することが必要になります。

表現と演奏上の課題

BWV903aを演奏する際の最大の課題は、草稿的・異稿的性格をどう解釈して舞台化するかです。以下の点が特に重要です。

  • テンポと自由度:幻想曲部分は即興性が期待されるため、テンポの弾性(rubato的表現)やリズムのフレキシビリティをどの程度許容するかが問われます。歴史的鍵盤(チェンバロ、クラヴィコード)と近代ピアノでは表現可能性が異なるため、楽器選択も解釈に直結します。
  • 装飾と筆写間の差異:写譜ごとに記載される装飾(トリル、モルデント、グレースノート等)の違いがあるため、どの版を基準に装飾を補うか、また即興で装飾を加えるかを決める必要があります。バロック奏法の原則に基づき、語尾の処理や重音の扱いを慎重に決めると良いでしょう。
  • 音色とタッチ:チェンバロでのアーティキュレーションとピアノでの重みの表現は異なります。半音的進行の緊迫感やレジスター間の対比をどう明確化するかが示唆的です。

903との比較:何が“a”なのか

BWV903(通例Chromatic Fantasia and Fugue)は、幻想曲とフーガが対をなす完成された作品として広く知られています。903aはその“近縁体”であり、次のような観点で比較できます。

  • 楽想の違い:903aは幻想曲部分におけるモティーフ展開や接続の仕方が異なり、より断片的・草稿的であることが多い。
  • 構成の完成度:903では幻想曲がフーガへと自然に接続される一方、903aは単独の幻想曲として完結しているか、あるいは未完のまま残された可能性がある。
  • 写譜上の相違:同じ旋律線でも和声的裏付けや装飾の表記に差があり、これが解釈の幅を生む。

こうした差異は、バッハの作曲過程を実際に覗く手がかりとなり、「作品」が固定的ではなく改訂と再構築の産物であることを示します。

版と校訂の現状

現代においてBWV903および903aにアクセスする主要な手段は、国際楽譜ライブラリプロジェクト(IMSLP)やBach Digitalなどのデジタル・アーカイブ、そしてニュー・バッハ・アウスガーベ(Neue Bach-Ausgabe, NBA)をはじめとする批判校訂版です。版によって採用する写譜の優先順位や読み替えの方針が異なるため、研究者や演奏家は複数の版を照合することが推奨されます。

校訂者は、写譜の誤写(転記ミス)や発想記号の欠落を補う判断を下す必要があり、903aの草稿的文脈ではその“補い”の度合いが演奏に大きな影響を与えます。従って、演奏用楽譜を作成する際には、原典版と校訂報告(critical report)を参照して校訂上の判断理由を確認することが重要です。

演奏史的視点と解釈の多様性

20世紀以降、歴史的演奏法の復興により、バッハ鍵盤作品の解釈は多様化しました。903aのような異稿的資料は、即興性や装飾法の復活、楽器による音色の違いを通じて新たな演奏観を提示します。チェンバロでの演奏は鍵盤上の軽やかなアーティキュレーションを強調し、ピアノ演奏は動的レンジと持続感で半音進行のドラマを際立たせます。どちらのアプローチも、903aが持つ草稿的エネルギーを別の角度から照らし出すことができます。

まとめ:BWV903aが教えるもの

BWV903aは、単なる「未完成の別稿」以上の価値を持ちます。それはバッハの作曲過程、即興と記譜の関係、そして18世紀鍵盤音楽における表現の幅を知るための重要な窓であり、演奏家・研究者双方に新たな解釈の可能性を提供します。楽譜をただ再現するのではなく、楽曲が置かれた歴史的文脈と資料群を照らし合わせることによって、903aは現代においても生きた音楽として蘇ります。

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参考文献