バッハ BWV 989『イタリア風のアリアと変奏 イ短調』を深掘り:様式、構造、演奏の鍵と聴きどころ

概要:BWV 989とは何か

『イタリア風のアリアと変奏(Aria con variazioni alla maniera italiana)』BWV 989は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した鍵盤作品のひとつで、通称「イタリア風」と銘打たれたアリアとそれに続く変奏群から成ります。作品番号BWV 989はバッハ作品目録における分類で、この曲は単独の鍵盤楽曲として知られており、通常はチェンバロやフォルテピアノ、近代ピアノで演奏されます。

作曲年は明確に特定されていませんが、研究者の間では1720年代前後、あるいはその周辺の時期に位置づけられることが多く、当時バッハがイタリア楽派、とりわけヴィヴァルディやコレッリの様式に関心を持ち、それを自らの和声語法や対位法に取り込んでいた時期と重なります。

作品名に込められた意味:'alla maniera italiana' をどう読むか

題名の「イタリア風(alla maniera italiana)」は、単に国籍的なラベルではなく、音楽様式の指標です。18世紀のドイツ音楽家にとって「イタリア風」は、明快なリズム、対比的なフレーズ構成、しばしばコンチェルト風のコントラスト(急-緩や対位と和声の交替)、連続したシーケンスや技巧的なパッセージを意味しました。バッハはこうした要素を取り入れながらも、自身の厳格な対位法や和声感を失わず、結果的に“イタリア風を通したバッハ的語法”を生み出しています。

楽曲の構造と特徴的素材

BWV 989はアリアを主題に、その主題を素材として複数の変奏を展開するという伝統的な形式に則っています。核となるアリアは感情的にやや哀愁を帯びたイ短調の旋律で、これが各変奏でリズム、テクスチャ、和声、装飾の面でさまざまに変型されます。

  • 旋律的特徴:アリアの主題は短い動機の繰り返しとシーケンスに富み、これが変奏で分割・伸長・模倣されます。
  • 和声とベースライン:ベースの進行は比較的明確で機能和声に基づきますが、バッハ独特の代理和音や転調の技巧が随所に見られます。
  • リズムと対比:イタリア風の影響により、急−緩のコントラスト、連続した短いパッセージと広がりのある歌うような部分との対比が強調されます。
  • 対位法的処理:変奏の一部では、主題の断片が対位法的に扱われ、二声・三声の模倣や追従が現れます。

演奏上のポイント(様式・鍵盤楽器別の注意)

この作品は鍵盤楽器の特性を巧みに利用するため、楽器選択や演奏法により印象が大きく変わります。チェンバロで演奏する場合は明晰なタッチと装飾の力点、ピアノで演奏する場合はダイナミクスの幅とペダリングの慎重な扱いが求められます。

  • テンポ感:イタリア風の快活なパッセージはやや機敏なテンポで迫力を出せますが、アリア的な部分は歌わせる必要があります。変奏ごとに異なるキャラクターを意識してテンポ感を変えることが有効です。
  • 装飾とオルナメント:バッハ時代の装飾法(トリル、モルデント等)を文脈に合わせて用いること。装飾は装飾のためではなく、音楽的表情を豊かにする目的で使用します。
  • フレージングと発音:対位的な部分では声部ごとの独立性を鮮明に、伴奏的なアルペジオや通奏低音的役割を持つ部分は均一に支えることが重要です。
  • タッチと鍵盤の選択:チェンバロではレジストレーションに相当する音色差を指のタッチで作り、ピアノではフォルテとピアノの対比を活かしてコントラストを作ります。

分析の視点:和声と対位の絡み

より深い分析に目を向けると、BWV 989はイタリア的明快さの背後にバッハ流の和声的創意が隠れています。機能和声の枠組みの中で、しばしば副和音や変格進行、短い連続転調を導入して感情の微妙な揺らぎを作り出します。変奏のある部分では、主題の断片がカノンや模倣的処理により多声的に展開され、それにより単なる技巧見せではなく構成的必然性を与えています。

比較録音と演奏伝統

BWV 989はしばしば他のバッハ鍵盤小品と並べて録音されることが多く、演奏者の解釈によって表情が大きく異なります。歴史的演奏派(古楽器・チェンバロ)と近代ピアニストのアプローチはそれぞれに魅力があり、チェンバロは透明な対位と軽快さ、ピアノは表現の幅と持続音の豊かさを示します。どの演奏が“正しい”かではなく、作曲当時の様式と現代的表現の両方を理解して聴き比べることが重要です。

版と研究上の注意点

この作品の原典は散逸や写本伝承が複数存在するため、現代の校訂版では版により細かな記譜や装飾の差異が見られます。演奏者は校訂の由来(新バッハ全集/Neue Bach-Ausgabe かそれ以前の版か)を確認し、写本に残る別表記や装飾の選択肢を検討して演奏に反映させると良いでしょう。

聴きどころのガイド

初めてこの曲に触れる聴衆のために、聴きどころを簡潔に示します。

  • アリア主題の抑揚:最初の旋律線が作品全体の感情的基調を決めます。歌うように耳を傾けてください。
  • 変奏ごとの個性:各変奏がどのように主題を変形しているか、リズム・タッチ・和声の変化に注目して聴いてみてください。
  • 対位的展開の瞬間:主題の断片同士が掛け合わされる部分は、構造的緊張が高まる箇所です。
  • 終盤の収束:作品がどのように解決へ向かうか、和声の帰結と清算の仕方を味わってください。

まとめ:イタリア風というフィルターを通したバッハの創意

BWV 989は、バッハが「イタリア風」という外来の様式を自らの作曲技法に取り込み、そこから新たな音楽的語法を生み出した一例です。短い鍵盤作品でありながら、様式的対比、和声の機知、対位法的な構成が凝縮されており、演奏者にとっても聴衆にとっても学びと発見の多いレパートリーです。

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参考文献