バッハ BWV 998(変ホ長調)――前奏曲、フーガとアレグロを聴くための総合ガイド
概要:BWV 998とは何か
J.S.バッハの作品番号BWV 998は、「前奏曲、フーガとアレグロ(Prelude, Fugue and Allegro) 変ホ長調」の通称で知られる小品で、三つの対照的な楽章から成る組曲的な構成を持ちます。楽器の指定については確定しておらず、リュート(あるいはリュートチェンバロ=ラウテンヴェルク)用に書かれた可能性がしばしば指摘される一方で、チェンバロやヴァイオリン系楽器、ギターなどへの編曲・演奏も広く行われてきました。曲は深い音楽的造形と演奏上の魅力を併せ持ち、特にクラシックギター界では重要なレパートリーの一つです。
作曲年代と歴史的背景
BWV 998の作曲年代は明確ではありませんが、バッハの成熟期にあたる1730年代から1740年代の作品である可能性が高いとされています。リュート音楽への関心はバッハの生涯を通じて散見され、ラウテンヴェルク(リュート風チェンバロ)を所有していたことや、リュート作品に見られる特殊な左手和声配置が類似点として挙げられることから、本作もその文脈で理解されることが多いです。ただし原曲の楽器指定は明示されておらず、現存する写譜や版によって解釈が分かれます。
編成・楽器の問題:リュートかチェンバロか
BWV 998に関して最も議論される点は楽器の問題です。楽譜のテクスチュアや和声の扱い、特定のポジションでの和音の並びなどはリュートに適した配置を示唆しますが、同時に鍵盤楽器での演奏にも違和感が少ないため、チェンバロ用の写本で伝わっている例もあります。現代では以下のような扱いが一般的です。
- ラウテンヴェルクやリュートとしての演奏:アルペジオや指弾きに適したフレーズ感を活かす。
- チェンバロやハープシコードでの演奏:ポリフォニックな対位法を明確に示す解釈が可能。
- ギター編曲・演奏:現代の聴衆に馴染みやすく、特に前奏曲はギターの代表的レパートリーとなった。
楽章ごとの構造と分析
前奏曲(Prelude)
前奏曲は開放的で技巧的な楽章です。アルペジオ的な伴奏と歌う旋律が交錯し、装飾的なパッセージが随所に現れます。和声進行は変ホ長調を基調にしつつ、関連調への転調や一時的な和声の曖昧さを用いて緊張と解放を作り出します。リュート的な音色では各和音の残響を活かした演奏が効果的で、ギターでは右手の指遣いによってアルペジオの粒立ちを整えることが重要です。
フーガ(Fugue)
フーガは典型的なバロックの対位法に基づく厳密な書法を示します。主題(テーマ)は明確で、提示部に続いて随所で模倣と展開が行われます。声部数は楽器編成により解釈が分かれますが、チェンバロやラウテンヴェルクでの演奏は声部の独立性を際立たせ、リズムとアクセントの微妙な違いで各声部を区別することが求められます。フーガの中央部では転調やストレートな和声進行による緊張の増加が見られ、再現部での回帰が快い充足感を与えます。
アレグロ(Allegro)
終楽章のアレグロは舞曲風、かつ技術的な鮮やかさが魅力です。生き生きとしたリズム感と跳躍的なフレーズが特徴で、楽章全体が短い主題を用いた回転運動のように構成されています。対位法的な要素も含みつつ、リズムとタッチの明確さが演奏表現の鍵となります。ギター編曲ではこの楽章のリズム感とピッチの明瞭さを如何に保つかが重要です。
演奏上のポイントと解釈の選択
BWV 998を演奏する際の重要な論点はいくつかあります。
- 音色と持続の扱い:リュートやラウテンヴェルクでは和音の残響を生かす。チェンバロやギターではスタッカートやレガートを駆使し、フレーズの歌わせ方を工夫する。
- テンポとリズム感:前奏曲とアレグロでは対照的なテンポ選択が可能。フーガはポリフォニーの明瞭さを失わない範囲で柔軟にテンポを決める。
- 装飾と実演的技巧:バロック的な装飾(トリル、ターンなど)は楽曲の語り口に合わせて付加する。ただし過剰なロマンティック装飾はバロック本来の構造を曖昧にする恐れがある。
楽譜・版と主要録音
原典に基づく校訂版や、ギター用に編曲された版まで多様な楽譜が流通しています。IMSLPなどの公開譜は学術的な参照として便利です。一方で演奏史的にはリュート奏者やラウテンヴェルク奏者、ギタリスト、チェンバリストそれぞれのアプローチがあり、同一曲で多様な表情を楽しめる点が魅力です。録音ではクラシックギターの演奏がポピュラーですが、鍵盤やリュートによる古楽的演奏も高く評価されています。
聴きどころ:バッハが与える三つの顔
この作品の魅力は、三つの楽章がそれぞれ異なる音楽的性格を示しながら全体として強い統一感を保っていることにあります。前奏曲は即興的で表情豊か、フーガは論理的で構築的、アレグロはリズムに満ちた生気にあふれています。各楽章の対比と相互補完が、短いながらも深い聴き応えを生みます。
実践的アドバイス:学習・準備のために
演奏者向けの実践的助言をいくつか挙げます。
- 手の配置と音の保持を意識してアルペジオを滑らかにする。
- フーガでは声部の独立性を常に意識し、内声を自然に歌わせる練習をする。
- アレグロではメトロノーム練習によりリズムの安定を図り、装飾は曲の語りに従って最小限に留める。
- 様々な版を比較し、原典に近い解釈と現代楽器での実演の折り合いをつける。
結び:BWV 998の位置づけ
BWV 998はその短さにもかかわらず、バッハの対位法的技巧、和声感覚、器楽的な色彩感覚が凝縮された作品です。楽器や演奏様式の違いによって多彩な表情を見せるため、演奏者・聴衆ともに再訪の価値が高いレパートリーと言えます。歴史的解釈や版の選択による差異を楽しみつつ、自分なりの音色と表現を模索することで新たな発見が得られるでしょう。
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参考文献
- Prelude, Fugue and Allegro, BWV 998 — Wikipedia
- Prelude, Fugue and Allegro, BWV 998 — IMSLP
- Bach Digital — データベース検索(BWV目録の参照に便利)


