バッハ BWV 999 プレリュード ハ短調——起源・楽曲構造・演奏の実際を深掘り

はじめに

BWV 999「プレリュード ハ短調」は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハに帰せられる短い前奏曲で、しばしばリュート作品群や鍵盤のレパートリーとして演奏されます。簡潔ながら豊かな和声進行と流麗なアルペッジョが特徴で、作曲年代や使用楽器については未解決の点が残るものの、演奏や編曲を通じて広く親しまれている作品です。本稿では史料的背景、楽曲の構造と和声的特徴、演奏上の実際、現代での受容と参考文献に至るまで、できる限り丁寧に解説します。

史料・成立事情

BWV 999 はバッハの自筆譜(オートグラフ)が現存せず、複数の筆写譜により伝わっています。そのため、作曲時期や原初の編成については研究者の間で慎重な議論が行われてきました。一般には初期の作品とみなされ、概ね1690年代末から1720年代前半、すなわちアルンシュタット時代からケーテン時代にかけての作と推定されることが多いです。

楽器問題については決定的な証拠はありませんが、バッハ研究目録(Bach-Werke-Verzeichnis)ではリュート作品群に近い位置づけで扱われることが多く、リュート用に編まれた写本やギター・リュート編曲で広まった経緯があります。一方で、鍵盤用(ハープシコードやチェンバロ、ピアノ)としての演奏例も古くからあり、和声進行やアーティキュレーションからは鍵盤音楽として自然に成立することも示されています。

形式と楽曲構造

作品は単一楽章の前奏曲で、通常は短いバロック前奏曲の形式をとります。全体は連続するアルペッジョ伴奏上に旋律を配すホモフォニックなテクスチュアで構成され、対位的な装飾が随所に現れます。通常の演奏時間は約2分から4分程度で、簡潔ながらも内容は凝縮されています。

和声的には短調を基調に、順次進行や連続的なドミナント・テンションの解決を利用したシーケンスが目立ちます。曲中においては同主短調の内側で近親調への短い転調(例:変イ長調=ハ短調の属対照である変ホ長調やイ長調的な側面への一時的な移行など)が行われ、最終的に安定した小結尾で終わります。こうした動きは、即興的な前奏曲が持つ“導入”としての性格と整合します。

和声的・様式的特徴の読み解き

BWV 999 は表面的には単純なアルペッジョ進行に見えますが、短い楽曲の中に典型的なバッハ的和声進行(機能和声の明快な提示と転調経路の巧みな扱い)が凝縮されています。旋律線はしばしばベースラインと対話する形で動き、右手(または高声)は内声と協働して和音の分散を担当します。

特に注目すべきは、短いフレーズごとに用いられるシーケンスと、そこから生じる一時的な緊張—解決の扱いです。バロック前奏曲としての自由さを残しつつも、和声的には非常に合理的で、簡潔な楽想の中に物語性を感じさせる構造を持っています。

演奏上の実際(楽器別の視点)

  • リュート演奏の場合: 原初写本や古い伝承がリュート系で伝えられてきた背景もあり、リュートで演奏する際はバロック・リュートの音色とフレット設定を活かしたレガートやデクレッシェンドの扱いが有効です。左手のバスを明確に出しつつ、高音域は繊細に響かせることで和声の輪郭が浮かび上がります。
  • ギター編曲・演奏: 近現代ではクラシックギター編曲も多く、ギターの場合は右手のアルアイレ(アルペジオ)奏法で和音の分散を表現します。フレットの制約からオリジナルの和声を忠実に再現するためのポジション移動や省略が必要な場合があります。
  • ハープシコード/チェンバロ: 鍵盤楽器ではタッチとペダルがない代わりに、レジストレーションと指使いで音色の差を出します。通奏低音的なベースの明瞭さを保ちつつ、右手のアルペジオを歌わせるのがポイントです。歴史的演奏習慣としては緩やかなルバートやヴァリエーション的な装飾を加えることも許容されます。
  • ピアノでの演奏: 現代のピアノはサステインが強いため、余韻の処理に注意が必要です。ダンパーの制御やタッチのコントロールでバロック的な透明さを再現するとよいでしょう。

演奏上の実践的アドバイス

  • テンポは中庸を基準に、フレーズごとの呼吸を重視する。速すぎると和声の輪郭が失われる。
  • 装飾音はスコアに明記されていない場合も多いので、バロックの装飾語法(短いモルデントやアッポジャトゥーラ)を抑制して使う。
  • 音の重なり(特に中声の内声)を消さないように、指使いを工夫して声部を明確にする。
  • リズムの微細な伸縮(自由なルバート)は許容されるが、体系的に崩さないようにする。

教育的・文化的意義

BWV 999 は長大な曲ではないため、音楽教育の現場では分析教材や初級から中級の演奏教材として重宝されます。和声進行の学習、アルペッジョの均等な演奏、声部の独立性などを実践的に学べる点が評価されています。さらに様々な編成で演奏できる柔軟性から、リュート奏者、ギタリスト、鍵盤奏者の間でレパートリーとして共有されていることも、音楽文化における面白い側面です。

現代での受容と編曲の広がり

20世紀以降、古楽復興やギター・リュートの再評価に伴い、BWV 999 は多くの編曲と録音を生みました。鍵盤リサイタルの一部として演奏されることもあれば、ギターのアンコール曲として親しまれることもあります。作品の規模が小さいため編曲の自由度が高く、編曲者ごとの解釈の違いを楽しめる点も魅力です。

まとめ:短い一曲に宿るバッハの様式美

BWV 999 は短く簡潔でありながら、バッハの和声感覚や前奏曲としての即興性、声部の扱い方が凝縮された作品です。原典資料の不確定性や楽器に関する議論は残るものの、演奏実践を通じて得られる学びや美的体験は普遍的です。リュートでも鍵盤でもギターでも、それぞれの楽器で新たな表情を見せるこの小品は、バッハ研究・演奏の入口としても最適です。

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参考文献