バッハ(疑義)BWV1024 — ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタを聴く・弾く・学ぶ
序章:BWV1024とは何か──帰属の問題と概説
BWV1024は「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ハ短調」として楽譜目録や録音に掲載される作品です。かつてはヨハン・セバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)の作とされてきましたが、現在では作曲帰属に疑義があり、J.S.バッハ作と断定する資料は存在しません。写本の伝来や楽想の特徴から、J.S.バッハの工房内での伝承曲、あるいは同時代の作曲家による作品の可能性が指摘されています。
史料と来歴:何が残されているか
BWV1024に関する主要な史料は写譜や楽譜のコピーペーパーに限られ、初刊譜や自筆譜は確認されていません。音楽学的データベースやカタログ(Bach-Werke-Verzeichnis)には番号が付与され、楽曲自体はコンサートや録音のレパートリーに現れる一方で、作曲者の確定に必要な直接的証拠は乏しいのが実情です。
形式と楽想:ソナタの構造を読む
BWV1024は、同時代のヴァイオリンと通奏低音のソナタに見られる形式的特長を多く備えます。一般的にバロック期のヴァイオリン・ソナタは、教会ソナタ(sonata da chiesa)に倣った緩–急–緩–急の四楽章構成をとることが多く、本作品もおおむねその伝統を踏襲しています。
曲はハ短調という調性がもたらす陰影や悲哀を基調にしており、対位法的な書法と独奏ヴァイオリンの叙情性が併存する点が特徴です。主題は時に簡潔な短文で提示され、シークエンス(押し進める連続進行)や装飾音を伴って発展します。また、通奏低音は単に和音を支えるだけでなく、通奏曲的な対話を行うことで、しばしば通奏低音奏者(チェロやヴィオローネ、チェンバロ)に即興的な充填を促します。
和声・対位の特徴
ハ短調の組み立ては、バロックの緊張と解放の美学を良く示しています。短調特有のフラットした第6音・第7音の扱いや、ドミナントへの転回、並進行に伴う半音的な付加が、強い表情効果を生み出します。特に短調の緊張感を和らげるための側音(和声進行中の短い長調的挿入)や、モティーフの転回・模倣による対位の扱いが、内的な構造の緻密さを与えています。
ヴィオラ—通奏低音の関係性:独奏楽器と伴奏の役割
この種のソナタでは、ヴァイオリンが主旋律を担い、感情やリズム、装飾を前面に出します。通奏低音は和声的骨組みを提示しつつ、実演上はチェンバロやリュート類による和音の実現と、チェロ等による低音線の分担が行われます。BWV1024においても、通奏低音は単なる伴奏ではなく、しばしば独自の応答句や対位線を差し挟むことで作品の対話性を高めています。
演奏実践(解釈・奏法)──歴史的演奏と現代的アプローチ
- 楽器と調弦:歴史的奏法を念頭に置くなら、ガット弦、バロック弓、A=415Hz前後の低めのピッチがしばしば用いられます。これにより音色の柔らかさ、フレーズの有機性が高まります。一方でモダン楽器による録音も多く、明晰さやダイナミクスの幅を重視した解釈が魅力を持ちます。
- ボウイングとフレージング:短い動機と長い歌うようなフレーズが混在するため、ボウイングは文節ごとに語尾を意識して変える必要があります。装飾音(トリルやターン)は楽章ごとの性格を踏まえ、過度に飾り立てるのではなく、アフェクト(情感)を表すために慎重に配分します。
- 通奏低音の実現:チェンバロ奏者は数字付き低音(通奏低音の符号)に基づいて和音を実現しますが、装飾的な充填や省略が演奏ごとに変わるのが常です。チェロ等の低音担当は和声の輪郭を保ちながら、主体的に対位線を弾く機会が与えられます。
解釈の論点:原典が不明瞭なときに何を基準にするか
自筆譜がない場合、演奏者は近接する時期・地域のレパートリー(たとえばコレッリ、ヴィヴァルディ、あるいはJ.S.バッハの確定作品)と比較して表現の妥当性を検討します。具体的には、フレージング、装飾の種類、テンポ感、通奏低音の充填傾向などを参照し、整合的な演奏スタイルを構築します。また、作曲帰属に疑義がある作品は、バッハ風の扱いをそのまま採るよりも、より広いバロック様式の文脈で捉え直すことが有益です。
聴きどころ:各楽章の注目ポイント(聴取ガイド)
- 第1楽章(序的・導入的):主題の提示、疑問形で終わるフレーズ、通奏低音の伴奏パターンに注目。ハ短調の第一印象が出る部分です。
- 第2楽章(対照的な早めの楽章):リズムの躍動、ヴァイオリンの技巧的パッセージ、シークエンスの用いられ方に耳を傾けます。
- 第3楽章(緩やかな歌):旋律線の歌わせ方、装飾や間の取り方で作曲意図を汲み取ることができます。
- 第4楽章(終結の速い楽章):フーガ的要素や対位法、躍動的な結びつきが作品を締めくくります。
版と録音:どの版・演奏を参照するか
原典譜がないため、現存する版はいずれも校訂者の解釈を含みます。演奏・研究の際は複数の版(古典的な校訂、現代の批判校訂、インターネット上の楽譜)を照合することが重要です。録音では歴史的演奏法に基づく演奏とモダン楽器の演奏がいずれも参考になります。いくつかの演奏はスタイルの違いを顕著に示すため、比較試聴は解釈構築に有益です。
作曲者問題の音楽学的示唆
BWV1024のように帰属が流動的な作品は、バロック音楽研究の面白さと難しさを同時に示します。楽曲そのものを個々に精査することにより、工房でのコピストの役割、写譜者の改変、作品受容の過程など、時代の音楽実践全体が浮かび上がります。帰属の確定が必ずしも演奏価値を左右するわけではなく、楽曲の音そのものが音楽史の一断面を伝える点が重要です。
まとめ:BWV1024をどう聴き、どう演奏するか
BWV1024は、ハ短調の持つ情感、ヴァイオリンと通奏低音の密接な対話、そしてバロック的表現法の多様性を感じさせる作品です。帰属が確定していないことを踏まえ、作品をJ.S.バッハ風の枠だけで窮屈に扱うのではなく、広く18世紀前半のソナタ様式の文脈で読み解くことで、新たな魅力を発見できます。演奏者は史料批判に基づいた版選択と、楽曲のアフェクトを的確に表現する解釈を組み立てることが求められます。
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参考文献
- IMSLP: Sonata in C minor, BWV 1024 (score and sources)
- Bach Cantatas Website (works catalogue and notes)
- Bach Digital (database for Bach-work studies)
- Oxford Music Online / Grove Music Online (encyclopedic articles on Bach and Baroque forms)
- AllMusic(録音解説やレコード情報の参照)
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