バッハ:BWV1028 — ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第2番 ニ長調の深読みと聴きどころ

概要

ヨハン・セバスティアン・バッハの『ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第2番 ニ長調 BWV1028』は、ヴィオラ・ダ・ガンバ(あるいはチェロ)とチェンバロのための二重奏作品で、バロック時代の室内楽の中でも繊細かつ内面的な魅力を持つ曲です。通常、BWV1027–1029の三曲はまとめて「ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ」と呼ばれ、バッハの室内楽技法と対位法的手法が端的に示される傑作群として位置づけられます。

成立と歴史的背景

これらのガンバ・ソナタが正確にいつどこで作曲されたかには諸説ありますが、一般にはケーテン在職期(1717–1723年)に成立した可能性が高いとされています。ケーテン時代はバッハが教会音楽の重責から離れ、宮廷で室内楽や器楽曲に専念できた時期で、器楽作品全般における創造性が高まったことが知られています。

原作の自筆譜は残っておらず、写譜や後世の版を通じて伝承されました。そのため楽曲の詳細(装飾の指定やテンポ指示、奏法に関する実際)は演奏者や編集者の解釈に委ねられる面が多く、歴史的演奏法の研究や個々の解釈が重要になります。

編成と楽器の役割

標準的な編成はヴィオラ・ダ・ガンバ(独奏)とチェンバロ(通奏低音ではなくオブリガート=独立した旋律的役割を持つ)です。チェンバロは単に和声を支える伴奏ではなく、右手が独立した旋律線を担い、左手(または通奏低音楽器)がバスを補強するという二重奏的構造をとります。したがってこの作品は二重奏ソナタとして、両者の対話と均衡が大きな聴取ポイントとなります。

楽曲構成(楽章構成)

BWV1028は典型的なソナタ形式の4楽章構成(遅速遅速)をとります。楽章は以下のように並びます。

  • 第1楽章:Adagio ma non tanto(遅く、しかしあまり重々しくない)
  • 第2楽章:Allegro(快活な動き、しばしば対位法的な発展を伴う)
  • 第3楽章:Siciliana / Adagio(牧歌的で優雅な舞曲風。シチリアーナの特徴的なリズムが現れることが多い)
  • 第4楽章:Allegro(活発で明快な終結)

(注:楽章名や速度標記は写譜や版により表記が異なる場合がありますが、大筋の配置は遅速遅速の典型的ソナタ・ダ・キエーザ(教会ソナタ)型です。)

各楽章の聴きどころと分析

第1楽章(Adagio ma non tanto)は、非常に歌謡的で呼吸感のある導入部です。ヴィオラ・ダ・ガンバの豊かな歌心が前面に出ると同時に、チェンバロの右手が装飾的な対旋律を重ね、二声あるいは多声音楽のような密度を生み出します。和声進行は穏やかに展開し、バッハ特有の細かい減七の処理や転調の瞬間に感情の機微が現れます。

第2楽章(Allegro)はリズミカルで対位法的な活力に満ちています。短いフレーズの模倣やシーケンスを通じて素材が展開され、ガンバとチェンバロの掛け合いがダイナミックに繰り広げられます。ここではバッハの『器楽的対位法』が、遊び心を持ちながらも緻密に機能します。

第3楽章(Siciliana / Adagio)は作品中で最も内省的で抒情性の高い楽章です。シチリアーナ特有の揺れ(6/8や12/8の中での付点的リズム)が牧歌的かつ深い悲感を帯び、ガンバの歌いまわしに豊かな装飾が許容されます。装飾の選択やテンポの幅は演奏者の解釈に委ねられるため、演奏ごとに表情が大きく変わる箇所でもあります。

第4楽章(Allegro)は快活な終楽章。形式的には律動的な二部形式やバロックのダンス的な性格を持ち、活発なパッセージ・ワークで作品を締めくくります。ここでの明快さとエネルギーは、前楽章での内省と対照を成し、聴き手に強いカタルシスを与えます。

演奏上の留意点(奏法・表現)

  • ヴィオラ・ダ・ガンバの選択:ヴィオラ・ダ・ガンバで演奏する場合、ガット弦やバロック弓を用いることで原音に近い柔らかな音色とフレージングが得られます。現代のチェロで演奏する場合は、音色とアーティキュレーションの違いを意識した解釈が必要です。
  • チェンバロの役割:チェンバロは単なる伴奏でなく、独立したソロ楽器としての役割を持つため、右手のタッチや音量バランスをガンバに合わせて調整することが求められます。通奏低音を補う楽器(例:チェロやヴィオラ・ダ・ガンバ)を加える場合もありますが、原曲の対位的性格を損なわない配慮が必要です。
  • 装飾と即興:バロック演奏では装飾(トリル、カデンツァ、小さな装飾句)の付加が伝統です。特に第1・第3楽章では歌い回しに応じた装飾を自然に挿入することで表情が豊かになりますが、和声やフレージングを壊さないことが重要です。
  • テンポと呼吸:遅い楽章では呼吸感(歌のフレーズに似た間合い)を大切にし、速い楽章では明晰なリズムを保つことが演奏効果を高めます。

編曲とレパートリー性

BWV1028はヴィオラ・ダ・ガンバ以外にチェロで演奏されることも多く、またチェンバロ部分をピアノに置き換えた録音も見られます。こうした編曲は原曲の精神を変えることなく新たな音色で提示する手段ですが、歴史的なテクスチャ(チェンバロ特有のタッチや倍音の少なさ)を意識しないと表情が変わってしまうことに注意が必要です。

現代における受容と推薦録音

近年は歴史的性能復興運動の影響でヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロによる原典に忠実な演奏が増えました。代表的な奏者としては、ジョルディ・サヴァール(Jordi Savall)、ヴィーラント・クイッケン(Wieland Kuijken)、パオロ・パンドルフォ(Paolo Pandolfo)などが知られ、チェンバロ伴奏ではグスタフ・レオンハルト(Gustav Leonhardt)やトン・クレーヴェン(Ton Koopman)などの名が挙がります。演奏ごとの装飾やテンポの違いを楽しむことがこの曲の聴き方の一つです。

版と楽譜の選び方

信頼できる校訂版としては、バエレンライター(Bärenreiter)やヘンレ(Henle)などのウルトラテキスト(Urtext)版があり、原典資料に基づく校訂がなされています。初めて学ぶ場合はこれらの版を基本に、演奏上は写譜や歴史的資料も参照するとよいでしょう。また、IMSLP等で入手できる写譜を比較検討することも推奨されます。

まとめ — なぜこの作品を聴くべきか

BWV1028は、バッハの室内楽における文学性と構成力が凝縮された作品です。ヴィオラ・ダ・ガンバという独特の音色とチェンバロの対話が、親密でありながら深い精神性を生み出します。小編成ながら対位法的技巧と歌心を併せ持ち、バロック音楽の豊かな表現の幅を感じさせるため、バッハ入門者から深く作品世界を探求したい中級・上級聴衆まで幅広く楽しめるレパートリーです。

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参考文献