バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV 1050 — ハープシコードの夜明けと協奏精神の結晶

作品概要と時代背景

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV 1050」は、バッハが写譜本として揃えてマルグラーフ・クリスティアン・ルートヴィヒに献呈した六つの協奏曲集(通称『ブランデンブルク協奏曲』)の中でも、とりわけ革新的かつ人気の高い一曲です。献呈は1721年に行われましたが、第5番の成立自体は1718年頃から1721年の間、特にケーテン滞在期(1717–1723)に書かれたと考えられています。ケーテン時代は宮廷における器楽音楽制作が活発であり、バロック協奏曲の様式やヴァイオリン協奏曲、さらにはイタリアのヴィヴァルディの影響を吸収した作品群が生まれました。

編成と特徴

編成は独特で、ソロ楽器としてフルート、ヴァイオリン、チェンバロ(ハープシコード)が取り立てられ、これに弦楽合奏(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)と通奏低音(チェロ、コントラバス等)が加わります。ただしこの第5番ではチェンバロが単なる通奏低音の和声補助を超えて、独立したソロ楽器として機能します。特に第1楽章に現れる長大なチェンバロのカデンツァは、バッハがキーボード独奏を協奏曲の中心に据えるという新しい視点を提示した点で歴史的意義が大きく、後のチェンバロ(およびピアノ)協奏曲の原型と見なされます。

楽章構成と音楽分析

  • 第1楽章:Allegro
    三楽章形式の舞台を開くこの楽章は、リトルネッロと独奏的なエピソードの対比による典型的なバロック協奏の形式を踏みつつ、途中で訪れるチェンバロのソロ・カデンツァが最大の聴きどころです。リトルネッロ主題は明るいニ長調のトニックで始まり、弦楽器によるリズミカルな伴奏がソロ群(フルート・ヴァイオリン・チェンバロ)を導きます。中間部分でチェンバロが独奏に転じると、対位法的な展開や華麗なパッセージが続き、オーケストラのリトルネッロが回帰するまでの長いソロ場面を形成します。ここでのカデンツァは単なる即興的中継ではなく、構造的・和声的にも楽章を彩る重要な役割を担っています。
  • 第2楽章:Affettuoso
    第2楽章はテンポを落とした親密な緩徐楽章で、しばしば管楽器や独奏群のカンタービレな掛け合いが印象に残ります。第5番の第2楽章ではフルートとヴァイオリンが静謐な二重奏を織りなし、チェンバロはここではむしろ伴奏的な役割に回って優雅な通奏低音を提供します。和声の動きは繊細で、主題の小さな変形や応答によって内面的な表情が深められます。調性はD長調を基軸にしつつも、短調の色合いを含んで情感豊かに展開します。
  • 第3楽章:Allegro
    終楽章は軽快で躍動的なリズムを持ち、舞曲的なエネルギーと対位法的な技巧を融合させた性格を示します。主題は短い動機の反復と変形によって進行し、ソロ群とリピエーノ(合奏部)の掛け合いが鮮やかです。全体としては祝祭的で明朗なフィナーレとなり、冒頭からの対位進行や短い模倣が曲全体に統一感を与えます。

革新性:チェンバロの位置づけ

第5番の最も注目される点は、前述の通りチェンバロの扱いです。バロック期の協奏曲では鍵盤楽器は通奏低音を支える役が中心でしたが、本作ではチェンバロが明確な独奏パートを持ち、技巧的にも聴衆の注意を引く場面を多数有します。学界ではこの作品を“鍵盤協奏曲の萌芽”と評価する向きが多く、バッハ自身が後年に鍵盤協奏曲群を発展させていく布石とも考えられています。また、チェンバロが低音とソロ両面を兼ねることで、アンサンブルのバランスや音色の重層性に新しい可能性が生まれています。

作曲の背景と影響源

バッハはイタリアの作曲家、特にヴィヴァルディの協奏曲様式(リトルネッロ形式や対位法の組み込み)から強い影響を受けました。バッハ自身がヴィヴァルディ作品の編曲を行っていたことはよく知られており、ブランデンブルク協奏曲群にもその影響が色濃く反映されています。しかしバッハは単なる模倣にとどまらず、フーガ的技巧やカノン的手法を駆使して独自の語法を作り上げました。第5番はその代表例であり、イタリア的なリズム感とドイツ的な対位法的構築が見事に統合されています。

演奏上の留意点と歴史的演奏実践

今日の演奏実践では、チェンバロに歴史的楽器(チェンバロやフォルテピアノ)を用いる「古楽」アプローチと、近代のピアノあるいはモダン管弦楽で演奏するアプローチが共存しています。チェンバロの独奏性を強調する場合は、カデンツァや装飾の取扱い、音量バランスの取り方が重要になります。歴史的にはチェンバロ奏者が即興的に装飾やカデンツァを加えた可能性が高く、現代の演奏者も楽譜にない装飾を付けることで当時の演奏習慣を再現しようとすることがあります。

名盤と演奏の聴きどころ

第5番は録音も多く、演奏指揮者・奏者の解釈によって印象が大きく変わります。伝統的なモダン楽器による録音ではフルオーケストラ的な音の厚みが魅力ですが、古楽系アンサンブル(例えばトレヴァー・ピノック、ニコラウス・アーノンクール、ジョン・エリオット・ガーディナーらによる演奏)では、テンポの切れや細かなフレージング、チェンバロの明瞭な音色が際立ちます。チェンバロは独奏としての存在感、フルートとヴァイオリンは良く彫りの深い対話を見せますので、ソロ群のバランスと対話を聴き分けると楽しさが増します。

後世への影響と文化的評価

ブランデンブルク協奏曲第5番は、単なる宮廷音楽の一作を超えて、鍵盤楽器の協奏曲というジャンル的転換点を象徴する作品とされています。バッハの鍵盤協奏曲群へと続く系譜の出発点として音楽史上の重要な位置を占め、教育的にも演奏会用レパートリーとしても広く愛されています。また、映画やテレビ、CMなどに引用されることも多く、クラシック音楽入門者にとっての“入り口”になっている例も少なくありません。

結論:なぜ第5番は聴き続けられるのか

第5番が今日まで愛され続ける理由は、明快な構成、美しい主題、そして何よりチェンバロを巡る革新的な発想にあります。バッハは伝統的な協奏形式を踏襲しつつ、独自の対位法と鍵盤技巧を融合させ、新しい音楽的可能性を提示しました。演奏史を通じてさまざまな解釈が生まれ続ける点も、聴き手にとっては魅力の一つです。初めて聴く人も、繰り返し聴く人も、それぞれ異なる発見を得られる作品と言えるでしょう。

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参考文献