BWV1050aで読み解く ブランデンブルク協奏曲第5番 — ハープシコード革命の起源と解釈の諸相

概要:BWV1050aとは何か

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『ブランデンブルク協奏曲』第5番 ニ長調は、BWV 1050 として広く知られています。一方で「BWV1050a」は、この第5番に関する別版・初期稿・異稿を示すカタログ表記であり、楽曲の成立過程や編曲の変遷を示す重要な手がかりです。第5番はトラヴェルソ(横笛)・ヴァイオリン・チェンバロを独奏群(コントルタ)として据え、通奏低音とリピエーノ(合奏)弦楽器が支えるという編成で特に有名です。とりわけチェンバロの独奏的扱いと第一楽章に置かれた長大なカデンツァは、バロック期における鍵盤楽器の協奏的地位を象徴する出来事としてしばしば論じられます。

作曲と成立事情

『ブランデンブルク協奏曲集』はバッハが1721年にブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈した写本として知られますが、各協奏曲の個別楽章はさらに古い時期に作られたものが多く、第5番も例外ではありません。学界の通説では、第5番の原型はケーテン在任期(1717–1723 年)あるいはそれ以前に遡る可能性が高いとされます。BWV番号に付く接尾辞“a”は、楽曲の別稿(早期稿または異稿)を指し、楽譜上の細部、通奏低音の扱い、チェンバロの独奏箇所の有無や長さなどに違いが認められます。したがってBWV1050aは、第5番の成立史を検証する上で不可欠な資料と位置づけられます(なお成立年代や原初形態については研究者間で議論が続いています)。

編成と楽器の扱い

標準的な編成は、独奏群としてフルート(当時の横笛 = トラヴェルソ)、ヴァイオリン、チェンバロ、そしてリピエーノの弦楽(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)および通奏低音群(チェロやコントラバスなど)です。ここで重要なのはチェンバロが二重の役割を担っている点です。一方では通常の通奏低音の楽器として和声的支えや継続低音を提供し、他方ではコンサートマスターのように協奏的ソロを担当します。第5番はこのチェンバロの独立性が突出しており、鍵盤楽器史における“最初期の鍵盤協奏曲”の一例として評価される理由がここにあります。

楽曲構成と詳細分析

  • 第1楽章:Allegro(リトルネロ形式)

    第1楽章は典型的なリトルネロ=協奏的構造を取りますが、特筆すべきは中間に置かれた長大なチェンバロ独奏(カデンツァに近い性格)です。リトルネロ主題が合奏で提示され、独奏群がそれに応答する形で交替。チェンバロのソロ部分は、単なる通奏低音の装飾を超え、主題材料を発展させる形でスケールの大きな技術的・表現的役割を果たします。BWV1050a の稿によってはこのソロの長さや細部が異なり、楽曲の性格がやや異なる印象を与えます。

  • 第2楽章:Affettuoso(またはLargoに近い緩徐楽章)

    第2楽章は室内楽的な風情を持つ緩徐楽章で、フルートとヴァイオリンの歌いまわしが中心になり、チェンバロは繊細に伴奏を行います。ここではハーモニーの進行や対旋律の扱いにバッハらしい詩情が見られ、独奏楽器同士の会話が細やかに描かれます。BWV1050a の版では伴奏形態の簡略化や装飾の差異が認められることがあり、解釈上の注意点となります。

  • 第3楽章:Allegro(フーガ的要素を含む終楽章)

    終楽章は速いテンポで活気に満ち、しばしばフーガ的な扱いを伴う対位法的な展開が見られます。リピエーノとコントルタの掛け合いがダイナミックに進み、全体を通じて第1楽章で示された主題的要素の回帰や変形が行われます。BWV1050a の資料を比較すると、終楽章の細部──特に転調や声部の配列──に微妙な違いがあり、どの版を基準に演奏するかで音楽の印象が変わります。

チェンバロのカデンツァと歴史的意義

第1楽章に置かれた長大なチェンバロ独奏は、当時としては異例の規模と技巧を持ち、鍵盤楽器の協奏的可能性を大きく広げました。これがしばしば「チェンバロ協奏曲の源流」の一つとされる理由です。バッハはこの楽章で和声進行の中から主題素材を抽出・変形し、即興的な性格を帯びたソロを展開させます。歴史的には後のクラシック期におけるピアノ協奏曲発展の先駆とも見なされ、鍵盤楽器のソリスティック地位を高めた点で非常に重要です。

BWV1050a が示すもの — 史料学的観点

BWV1050a の存在は、第5番が一度に完成した固定的な作品ではなく、書き換えや補作を通じて形を成したことを示唆します。写譜や自筆譜の差異を丹念に比較することで、バッハの改訂の意図、あるいは演奏実践の変化(たとえばチェンバロの役割の拡大や通奏低音の簡素化)を読み取ることが可能です。現代の版(バッハ全集やクリティカル・エディション)では、こうした異稿を注記として扱い、演奏者に選択肢を与えています。

演奏上の課題と解釈の多様性

演奏者はBWV1050a と標準版(BWV1050)との差異を踏まえ、いくつかの重要な解釈判断を迫られます。たとえば、チェンバロ独奏の扱い(厳密にソロとして際立たせるか、通奏低音の延長として温存するか)、フルートとヴァイオリンのバランス、テンポやアーティキュレーションの選択、さらには史実に即した調性・ピッチ(A=415Hz 等)の採用などです。歴史的演奏法を志向するグループは当時のトラヴェルソや古楽器チェンバロを用い、より軽快で透過的な音色を目指します。一方で近代的オーケストラ+モダンハープシコードやピアノを採用する解釈も根強く、楽曲の普遍性を示しています。

受容史と録音史の概観

20世紀以降、第5番は録音・演奏の定番として多くの名演を生みました。特に20世紀中頃以降のチェンバロ復興運動(例:Wanda Landowska の活躍など)や、後半の歴史的演奏復興(Gustav Leonhardt、Nikolaus Harnoncourt 等)によって、原典主義的な解釈が広まりました。近年は、古楽器によるアンサンブルだけでなく、ピアノやモダン・ハープシコードでの大胆な再解釈も行われています。録音を比較することで、BWV1050a のような異稿が演奏にどのように反映されるかを追うのも興味深い作業です。

実演での聴きどころ(ポイント)

  • 第一楽章のリトルネロ主題の提示とチェンバロ独奏が立ち上がる瞬間。
  • 第二楽章でのフルートとヴァイオリンの対話、伴奏ハーモニーの微妙な色合い。
  • 終楽章における対位法的な組み立てと、コントラストを生むリピエーノとの掛け合い。
  • 版による微差(装飾、和声進行、連結句の有無)を聴き分ける耳。

まとめ:BWV1050aが提示する視点

BWV1050a は単なる記号付け以上の意味を持ちます。それはバッハが作品をどのように書き直し、演奏実践がどのように変化したかを示す「プロセスの痕跡」です。第5番はチェンバロを従来の伴奏楽器から“協奏的な主役”へと押し上げ、鍵盤楽器史に重要な影響を与えました。BWV1050a の研究と版の比較は、作曲技法、演奏実践、そして私たちが聴く音楽の姿を豊かにする鍵となります。

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