バッハ:BWV 1051 ブランデンブルク協奏曲第6番 — 低弦の豊潤さを聴くための深堀コラム

序論:ブランデンブルク協奏曲第6番を聴く意義

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲は6曲一組の傑作集として知られ、BWV 1051はその最終曲にあたります。第6番ニ長調(変ロ長調表記の伝統もある)は、ヴァイオリンが不在で、低音域の弦楽器が中心となる独特な響きで知られます。本稿では、作曲の歴史的背景、編成・楽器の問題、各楽章の音楽的分析、演奏・解釈上のポイント、史料・版問題、受容と録音史までを詳しく掘り下げます。

歴史的背景と成立

ブランデンブルク協奏曲は1721年にバッハがブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈したことが知られます(献呈年が写しに記されている)。ただし、各協奏曲は1721年に一斉に作曲されたわけではなく、前職であるケーテン時代(1717–1723)などに既に書かれていた諸作品を一まとめにして献呈したと考えられています。第6番(BWV 1051)もそうした流れの一作であり、ケーテン宮廷の奏者構成や当時の趣味を反映している可能性が高いとされています。

編成と楽器編成の特徴

第6番の最も顕著な特徴は、ヴァイオリンが全く用いられず、上声部をヴィオラが担う点です。標準的に記述される編成は、2つの独奏的グループ(コルティーノ)と通奏低音を含むオーケストラという構成で、しばしば「2ヴィオラ+2ヴィオラ・ダ・ガンバ+低音群(チェロとヴィオローネ/通奏低音)」という形で説明されます。

しかし史料的には楽器表記や実際の演奏事情に揺れがあり、学界では以下のような見解が併存します。

  • 原曲で明確にヴィオラ・ダ・ガンバ(ヴィオール)を想定していた可能性がある。低鉄弦の豊かな持続音が必要なため、ガンバは理にかなう選択肢である。
  • 一方で、当時の奏者の配置や地域差により、ヴィオラがガンバ相当のパートを兼ねたか、あるいはチェロやヴィオラが代替された可能性も指摘されている。

このような不確実性は、現代の史的演奏とモダン楽器による演奏の両方に解釈の余地を与えています。

楽曲構成:三楽章の概要と分析

第6番は典型的な協奏曲形式の三楽章構成で、楽章ごとに性格が明快です。

第1楽章:Allegro

冒頭はリトルネルロ(ritornello)と呼ばれる合奏主題と独奏群による応答が繰り返される形式を基盤とします。ここではヴィオラ群の中低域が主役となり、明瞭なポリフォニーと対位法的な展開が特徴です。旋律線は高域の輝きに頼らず、暖かく丸みのある中低音の色彩で進行します。

第2楽章:Adagio ma non tanto

中間楽章は緩徐で、歌唱的なフレーズと和声の持続が中心になります。低音楽器群の共鳴を活かした響きの深さが聴きどころで、ここにガンバを用いると独特のニュアンス(フレーズ終わりの減衰、サステインの自然さ)が得られます。和声進行は装飾を抑えた透明さを保ちつつ、内声の動きが豊かに表れます。

第3楽章:Allegro

終楽章は活発なリズムと対位法的な素材を兼ね備えたフィナーレです。舞曲的な要素とフーガ的モチーフの結びつきが見られ、低弦群がリズムとハーモニーを牽引しながらも、独奏群による応答や掛け合いが作品全体の躍動感を生み出します。

演奏・解釈のポイント

第6番を演奏する際の重要ポイントを挙げます。

  • 音色設計:ヴァイオリンが不在な分、ヴィオラやガンバ、チェロなどの音色バランスが全体の印象を決めます。低域が濁らないように明瞭さを保つことが求められます。
  • アーティキュレーション:中低域の連続でフレージングが埋もれがちなので、フレーズの立ち上がりと終わりを明確にし、内声の動きを際立たせる必要があります。
  • テンポ感:第1楽章・第3楽章でのリズムの推進力は不可欠。過度に遅くなるとモチーフの輪郭がぼやけるため、適度な活気を保つべきです。
  • 史的楽器の採用:ヴィオラ・ダ・ガンバを用いる古楽アプローチは、原始的な響きと音色の違いを際立たせます。一方で、モダン楽器で演奏する場合はチェロやヴィオラの機能的な使い分けにより、現代的な明瞭さを強調できます。

楽譜と版の問題

ブランデンブルク協奏曲全集の写しは献呈献本として現存し、現在は各種の現代版・歴史版が利用可能です。IMSLPなどにスコアの公開版があり、原典版(原典校訂)と演奏用の編集版では通奏低音の実装や装飾の扱いが異なるため、演奏者は使用版を慎重に選ぶべきです。また、第6番のパート指定や楽器解釈には学術的な議論があるため、フェアコピー(献呈譜)とその写しを照合して判断することが推奨されます。

受容史と影響

第6番はその特殊な編成ゆえに、18世紀以降も注目され続けましたが、一般的なオーケストラ曲と比べると上演頻度は限定的です。20世紀後半の古楽復興運動により、ヴィオラ・ダ・ガンバを用いた演奏が増え、低域の色彩を重視した解釈が再発見されました。現代では古楽系のアンサンブルとモダン楽器による演奏が共存しており、どちらも聴き手に新たな発見をもたらします。

おすすめ録音と聴きどころ

録音は解釈によって大きく印象が変わります。史的演奏(ピリオド楽器)であればヴィオラ・ダ・ガンバや古典的な低弦の響きを強調したもの、モダン楽器の演奏では音の輪郭やフォルテピアノ的な推進力を重視したものがあり、聴き比べると曲の多面的な魅力が見えてきます。聴く際は以下を意識すると発見が多いでしょう。

  • 中低音域のテクスチャー:和声の色合いがどう変化するか
  • 対位法の聞こえ方:各声部が独立して聞こえるか
  • リズムの推進力:終楽章のテンポ処理とダイナミクス

まとめ:第6番が示すバッハの探究心

ブランデンブルク協奏曲第6番は、ヴァイオリンの不在という大胆な選択を通じて、低弦楽器の可能性を探った作品です。音色の重心を下げることで得られる独特の暖かさと重厚さは、バッハの編曲術と対位法的構築の巧みさを改めて提示します。演奏・聴取の双方において、楽器編成や版の差異を意識しながら聴き比べると、作品の奥行きがより深く味わえるでしょう。

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参考文献