バッハ:チェンバロ協奏曲第6番 BWV1057 — 成立と楽曲分析、演奏ポイント
イントロダクション — BWV1057とは
ヨハン・ゼバスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲第6番 ヘ長調 BWV1057 は、チェンバロ(鍵盤楽器)を独奏楽器とし、弦楽合奏と通奏低音を伴う三楽章の協奏曲です。チェンバロ協奏曲群(BWV1052–1058)の一部として伝承されており、独奏鍵盤楽器とオーケストラの対話、リトルネルロ形式と即興的なチェンバロ・ソロの融合が魅力です。本稿では成立背景、楽器編成、各楽章の分析、演奏/聴取のポイント、および主要な版・録音情報を整理します。
成立と来歴
BWV1057は、バッハのチェンバロ協奏曲群の中でも原曲(もしくは“モデル”)が未特定の一曲として知られています。多くのチェンバロ協奏曲はヴィヴァルディや他の作者の協奏曲をもとにバッハが編曲したものと考えられていますが、BWV1057の場合は明確な原曲が残されておらず、失われた器楽協奏曲からの編曲である可能性が指摘されています。成立時期は確定できませんが、これらのチェンバロ協奏曲は一般にライプツィヒ時代(1730年代後半から1740年代初頭)に整理・編曲されたと考えられています。
楽器編成と特色
標準的な編成はチェンバロ独奏、弦楽合奏(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)、通奏低音(チェロ、ヴィオローネ、ハープシコードあるいはチェンバロのcontinuo)です。オーケストレーションは室内オーケストラ規模で、管楽器の独立した楽章は用いられていません。特色として、チェンバロの独奏パートが器楽的な協奏的役割を強く担う一方で、合奏部(リピエーノ)は明確なリトルネルロを構成し、対位法的発展と短い装飾的な独奏句が頻繁に交錯します。
楽章ごとの分析
第1楽章:Allegro
第1楽章は典型的なリトルネルロ形式を基盤にしています。オーケストラが主題(リトルネルロ)を提示し、それに続いてチェンバロが独奏的な応答や装飾的パッセージを挿入します。調性はヘ長調を基調とし、リトルネルロ主題は明瞭で踊りのような活発さを持ちます。チェンバロはヴィルトゥオーソ的なパッセージ(速い分散和音、スケール、トリル)を用いてリトルネルロとの対比を作り出し、しばしば対位法的な発展へとつながります。終結部ではリトルネルロ素材と独奏句が統合され、調性的な安定を回復します。
第2楽章:Largo / Adagio
中間楽章はゆったりとした叙情的な楽想で、ヘ長調の穏やかな側面を引き出します。旋律は歌うようで、チェンバロは伴奏的なアルペジオや装飾を加えながらしばしば独立したメロディックラインを奏でます。楽章の形は通例ソナタ的・歌謡的で、対話的なレチタティーヴォ的要素と装飾的なアリア様式が混交します。テンポや装飾は演奏家によって解釈に幅が生じやすい部分です(シチリアーナ風や穏やかなアダージョ的解釈など)。
第3楽章:Allegro
終楽章は活発でリズミカルな動きが中心のロンドー風、あるいは再現と対比を繰り返す性格を持ちます。チェンバロの機知に富んだトリルやパッセージが前面に出てきて、最終的には明快なリトルネルロの回帰と共に作品を締めくくります。第1楽章と同様にリズムの交錯や対位法が用いられ、聴衆に強い充足感を与えます。
音楽的・様式的な位置づけ
BWV1057は、バッハがイタリア協奏曲様式やヴィヴァルディ流の協奏曲技法を取り入れつつも、自身の対位法的思考や鍵盤楽器としての技法を結実させた作品群の一部です。特にチェンバロ独奏部が器楽的技巧を要する点は、バッハ自身の鍵盤演奏者としての資質が色濃く反映されています。また、原作が不明であることから、BWV1057はバッハ独自の創作要素が多く残る協奏曲と見なされることがあります。
演奏・解釈のポイント
- テンポとアーティキュレーション:第2楽章のテンポ選択(LargoやAdagioの取り方)で楽曲全体の陰影が変わるため、編曲的性格と鍵盤楽器の歌わせ方をどう両立させるかが重要です。
- リトルネルロとソリストの関係:合奏(ripieno)の主題提示とチェンバロ独奏の応答を明確に区別しつつ、対位的な統合を目指す演奏設計が求められます。
- 装飾音と即興性:当時の実演慣習に沿って装飾やカデンツァ的要素を適度に用いることで、バッハ独特の即興的雰囲気を表出できます。
- 編成とピッチ:歴史的演奏実践では小編成(室内オーケストラ)、A=415Hzなどを採ることが多いですが、現代ピッチでの演奏も一般的です。通奏低音の構成(チェロ+ヴィオローネ、或いはチェンバロのみ)によって響きが大きく変わります。
主要な版と楽譜
BWV1057の楽譜はニュー・バッハ全集(Neue Bach-Ausgabe)に採録されており、現代の演奏用校訂版や公共ドメインの校訂(IMSLP等)で入手可能です。原典校訂を参照することで筆写や写譜の差異、装飾の有無、綴り(音価やパート配置)などを確認できます。演奏前に複数版を照合すると解釈の幅が広がります。
代表的な録音(参考)
BWV1057を含むチェンバロ協奏曲全集は多数の録音が存在します。歴史的演奏運動を代表する演奏家・団体(例:グスタフ・レオンハルト、トレヴァー・ピノック、トン・コープマンなど)や、近現代のピアノ/フォルテピアノ演奏者による録音もあります。各録音は編成・テンポ・装飾の取り扱いが異なるため、聴き比べることで作品理解が深まります。
聴きどころとおすすめの聴取法
まず第1楽章のリトルネルロ主題とチェンバロ独奏の掛け合いに注目してください。バッハの書法によるフレーズの模倣や対位法的発展が随所に現れます。第2楽章では音楽の「歌わせ方」と、チェンバロのレガート表現(鍵盤楽器ならではの工夫)を味わい、第3楽章ではリズムの切れと終結への推進力を楽しんでください。録音を複数比較する際は、編成(小編成か大編成か)、ピッチ、通奏低音の扱いに注目すると違いが明確になります。
結論
BWV1057は、原曲が不明という謎を含みつつも、バッハのチェンバロ協奏曲群の中で独自の魅力を放つ一曲です。協奏的対話、鍵盤技巧、対位法的発展のバランスが聴きどころであり、演奏・解釈の余地が多く残されているため、演奏家・研究者双方にとって興味深い題材です。
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参考文献
- Bach Digital: Concerto BWV 1057
- Bach Cantatas Website: BWV 1057
- IMSLP: Score of BWV 1057
- AllMusic: Harpsichord Concerto No.6 BWV1057 (overview)
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