バッハ:チェンバロ協奏曲第5番 BWV1056 — 深掘りガイドと聴きどころ
作品概説
ヨハン・ゼバスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲第5番ヘ短調 BWV 1056 は、バッハが鍵盤協奏曲群の中で書いた代表作の一つです。三楽章(速–遅–速)の典型的な協奏曲形式をとり、劇的なヘ短調の主題と内省的で歌うような中間楽章の対比が魅力です。今日伝わる版はチェンバロ(鍵盤独奏)と弦楽・通奏低音を伴う編成ですが、研究者の間では元来は失われた独奏楽器(主にヴァイオリンやオーボエなど)のための協奏曲をバッハ自身が鍵盤用に編曲した可能性が高いと考えられています。
成立時期と出自(研究的背景)
バッハの鍵盤協奏曲群は主にライプツィヒ期(1730年代後半から1740年代初頭)に整理・編成されたと考えられています。BWV 1056 についても同様に、チェンバロ協奏曲として現存する写譜が残る一方で、オリジナルの器楽編成を示す自筆の完全な原曲は現存していません。そのため、20世紀以降の音楽学では“転用(parody)”や“編曲(arrangement)”の痕跡を手がかりに、ヴァイオリン協奏曲や他の協奏曲の原型を推定・復元する試みが行われています。具体的な原曲の楽器や正確な成立年は決定的ではありませんが、多くの研究者はヴァイオリン協奏曲を原型とする説を支持しています。
楽曲構成と形式(概観)
- 楽章構成:3楽章(第1楽章:速い/第2楽章:遅い/第3楽章:速い)という協奏曲の伝統的な並び
- 第1楽章:典型的なソナタ形式に近い協奏様式。主題の切迫感、対位法的な展開、リトルネロ的素材の再現が特徴
- 第2楽章:感情表現に富む緩徐楽章で、チェンバロの独唱的なカンタービレが際立つ。装飾と静謐さの対比が聴きどころ
- 第3楽章:急速なフィナーレで、リズミカルな跳躍や対旋律の掛け合いによって終始活気が保たれる
各楽章の詳細な分析
第1楽章は協奏的序奏と独奏のやり取りが鮮明で、ヘ短調という調性がもたらす鋭さ・緊張感が曲全体の色調を決定づけます。主題は短い動機を繰り返し、弦楽合奏と独奏チェンバロが互いに応答することで発展します。バッハらしい対位法的処理や、短いシーケンス(模倣進行)による遠隔調への探求が随所に見られます。
第2楽章は、内省的で歌うような性格を持ち、簡潔な伴奏上にチェンバロが旋律的に装飾を施します。他のバロックの緩徐楽章同様、休符と持続音の扱い、装飾音(モルデントやアッパー/ロウター・ネグリット)によって表情が豊かになります。アンサンブル側は独奏を支えつつも細やかな響きの変化を作り出すことが重要です。
第3楽章は短い主題の反復と発展を基礎にした快活なロンド風、またはソナタ形式に近い構成が考えられます。チェンバロの技巧性が前面に出ると同時に、弦楽群との緊密な対話がフィナーレの爽快感を作り出します。
原曲の問題と復元の試み
BWV 1056 の原曲(ヴァイオリン協奏曲など)の痕跡は学界で長年議論されてきました。音楽学者や演奏家は、チェンバロ独奏部をヴァイオリンに置き換えたり、通奏低音の写しを元に弦楽器編成へ復元するなどの試みを行っています。復元版(reconstructions)は複数存在し、それぞれ解釈や音色の違いがあるため、原曲像の想定にも幅があります。こうした復元はバッハの編曲技法や旋律処理の巧妙さを再評価するうえで有益です。
演奏上のポイント(チェンバロと現代ピアノの扱い)
- チェンバロ演奏:装飾音の扱い、レジスター選択、通奏低音とのバランスが重要。歴史的奏法に基づく軽やかなタッチと、フレージングの明確さが求められる。
- 現代ピアノでの演奏:音色とダイナミクスの豊かさを生かせる一方で、バロック的なアーティキュレーションやテンポ感を失わない配慮が必要。持続音の扱いをどうするかが解釈の分かれ目になる。
- 弦楽合奏の規模:室内楽的少人数編成(2-4人の第1/第2ヴァイオリンなど)での演奏は対話性が際立ち、バロック・オーケストラ風の大編成はより重厚な響きを与える。
聴きどころと解釈の焦点
・第1楽章ではモチーフの呼応と対位進行を追い、バスライン(通奏低音)が和声をどのように牽引するかに注目してください。小さな動機が次第に拡大し、形を変えながら回帰する過程が聴きどころです。
・第2楽章は独奏部の歌わせ方が作品の心臓部です。短いフレーズごとの呼吸、装飾の入れ方、休符の扱いで楽曲の表情が大きく変わります。
・第3楽章ではリズムの切れと連続性のバランス、独奏と弦の掛け合いに注目。テンポの決定は演奏全体の勢いに直結します。
録音と演奏史(簡潔に)
20世紀後半から歴史的演奏の復興とともに、チェンバロを用いた演奏が再評価されました。伝統的なモダン・ピアノと比較すると、チェンバロ演奏はより透明で対位法が際立ちます。近年では史的奏法を取り入れた演奏と、モダン楽器による解釈の双方が共存し、それぞれの魅力が楽しめます。
楽譜と資料(入手先と読み方)
- 楽譜:IMSLP などのオンライン公開譜で原典版や現代版のスキャンが入手可能です。復元版も複数出ていますので、注釈や装飾の扱いを比較すると学びが深まります。
- 研究資料:Bach Digital や専門書、演奏解説に学術的注釈が付された版(新版バッハ全集、ニュー・バッハ・エディションなど)が参照に適しています。
まとめ:なぜBWV1056を聴くのか
BWV 1056 は、バッハの“編曲=再創造”の技術と、鍵盤独奏が楽曲表現に果たす役割を如実に示す作品です。ヘ短調の厳しさと緩徐楽章の深い歌、そしてフィナーレの爽快な決着は、短いながらも濃密な音楽体験を与えてくれます。原曲の想像や復元の試みも含めて聴くことで、バッハの作曲技法や18世紀の演奏慣習への理解がより深まるでしょう。
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参考文献
- IMSLP: Harpsichord Concerto in F minor, BWV 1056 — スコア(公共ドメイン)
- Wikipedia (en): Harpsichord Concerto in F minor, BWV 1056 — 概説と出典一覧
- AllMusic: Harpsichord Concerto in F minor, BWV 1056 — 解説と録音リスト
- Bach Digital — バッハ作品のデジタル・カタログと写本情報
- Bach Cantatas Website — BWV作品解説と参考文献一覧
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