バッハ:BWV 1055 チェンバロ協奏曲第4番 イ長調――起源と構造、演奏の核心を読み解く
概要と位置づけ
ヨハン・ゼバスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲第4番 イ長調 BWV 1055は、バッハが鍵盤楽器用に編曲した一連の協奏曲群の一つとして知られ、華やかな技術性と深い室内的な対話性を併せ持つ作品です。典型的な三楽章形式(速―遅―速)をとり、リトルネッロと独奏による対話を軸に進行します。作品番号と楽譜はニュー・バッハ・アウスガーベ(Neue Bach-Ausgabe)やバッハ・デジタル等で整理されており、現在の演奏レパートリーでも広く愛奏されています。
成立と原曲についての議論
BWV 1055の成立年代は確定していませんが、一般には1730年代後半から1740年代前半にかけてチェンバロ用に編曲されたと考えられています。バッハはライプツィヒ時代に自身の以前の協奏曲を鍵盤用に編曲することが多く、BWV 1055もその一例と見なされています。
重要なのは、BWV 1055がチェンバロ独奏用のオリジナル作ではなく、失われた協奏曲(管楽器や弦楽器の独奏のための作品)からの編曲である可能性が高い点です。音楽学者の間では、オリジナルの独奏楽器としてオーボエ・ダモーレ(オーボエの一種)や、あるいはヴィオラ・ダモーレ等が候補として挙げられてきました。しかし決定的な証拠はなく、この問題は現在でも議論が続いています。結論めいた断定を避け、複数の復元案や演奏例が存在することを踏まえるのが慎重です。
楽器編成
現存するチェンバロ版では、独奏チェンバロとヴァイオリン等による弦楽合奏および通奏低音が想定されています。弦楽群はリピエーノ(合奏)と通奏低音を兼ねる構成で、室内オーケストラ的な編成が多くの演奏で採用されます。演奏解釈によりピリオド・アプローチ(古楽器・少人数)から、ピアノを用いた近代的な演奏まで幅広い選択肢があります。
楽曲構成と様式的特徴
BWV 1055は三楽章からなり、各楽章はバロックの協奏曲様式を踏襲していますが、チェンバロ編曲ならではの独奏技巧や即興的な風情が際立ちます。第1楽章はリトルネッロ形式に基づく活発なアレグロで、明快な主題と独奏チェンバロの華やかなパッセージが交互に現れます。第2楽章は緩徐楽章で、歌うような旋律線と内的な表情が特徴です。第3楽章は再び速いテンポに戻り、活気あるリズムと躍動的な鍵盤技法が光ります。
スタイル面では、バッハならではの対位法的処理(独奏と合奏の対話、対位主題の挿入)、和声的な転回、そしてダイナミックなリトルネッロとソロの対比が挙げられます。チェンバロ版では独奏パートにより多くの技巧的装飾が付け加えられており、バッハの鍵盤演奏への深い理解が反映されています。
各楽章の詳説
第1楽章:アレグロ(序論と主題展開)
第1楽章は協奏曲的な導入(リトルネッロ)で始まり、明るいイ長調の主題が提示されます。リトルネッロ主題は全体のガイドラインとして機能し、合奏が提示した主題に対してチェンバロ独奏が装飾と技巧で応答する構成が繰り返されます。チェンバロのパッセージは単なる装飾に留まらず、しばしば対位法的に主題と絡み合い、独立した声部としての役割を果たします。和声進行は典型的なバロック調性進行を辿りつつ、局所的な転調や代理和音が緊張と解放を生み出します。
第2楽章:ラルゲット(歌と内省)
第2楽章は歌うような主旋律が特徴で、独奏チェンバロは伴奏的なアルペッジョや繊細な装飾で旋律線を支えます。ここではオリジナル楽器(オーボエ・ダモーレ等)を想定したとする説が大きな説得力を持ちます。旋律は人声的で、和声進行はしばしば穏やかな経過和音と短いペダル的な和音を用いて、しっとりとした表情を作ります。長句と短句の対比、余韻を残す終止部の用い方など、演奏者の音色制御とテンポ感の選択が楽章の核心を左右します。
第3楽章:アレグロ(活発な結尾)
終楽章は迅速かつ躍動的で、しばしば舞曲的な軽快さを伴います。チェンバロのパッセージは精密な指さばきと規則的なリズム推進力を要求し、合奏部は明瞭なリトルネッロ主題を繰り返しながら構造を安定させます。結尾に向けて緊張が高まり、華やかなコーディナが置かれて締めくくられます。
原曲再構築(復元)と演奏上の意義
BWV 1055の原曲を復元しようという試みは古くから行われており、オーボエ・ダモーレやヴィオラ・ダモーレのための協奏曲として再構成された版が複数存在します。復元はスコアの内的証拠(独奏声部の音域、句法、音型)に基づいて行われ、独奏ラインの「呼吸感」や音色の想定が復元方針を左右します。復元版の演奏は、オリジナル楽器の可能性を提示するだけでなく、我々がチェンバロ版で聴いている音楽の背景にどのような響きがあったかを想像する手掛かりを与えます。
演奏と解釈のポイント
- 音色の選択:チェンバロ特有のアタック感と持続の短さを活かすか、ピアノで歌わせるかで表情は大きく変わる。
- テンポとリズム感:バロック的なテンポ感(一定のプロポーションを保つ拍節感)と、独奏の自由なリタルダントやルバートの使い方のバランスが重要。
- 装飾と即興性:チェンバロ版では装飾の付与が時に期待される。バッハ時代の慣習に沿いつつ個々のフレーズを生かす装飾が求められる。
- 合奏とのバランス:独奏が突出し過ぎないよう、対話的なバランスを意識する。小編成の古楽アプローチでは対話がより明瞭に聞こえる。
代表的な録音と楽譜
録音には古楽器による少人数での演奏から、モダン楽器・ピアノ版まで多様な説が存在します。以下は参考となる演奏者・版の例です。
- 古楽器・チェンバロ演奏の代表例:トレヴァー・ピノックとザ・イングリッシュ・コンサート等(バロック・アプローチで明晰な対話を重視)
- チェンバロの巨匠による録音:グスタフ・レオンハルト、トン・コープマン等(歴史的解釈の幅を示す)
- ピアノ版の名演:モダン・ピアノによる演奏は別の増幅された音楽的色彩を提示する(代表録音は複数あり、解釈の参考になる)
- 復元版(オーボエ・ダモーレ等)演奏:復元案に基づく録音はオリジナルの可能性を聴かせる資料として有用
- 楽譜と校訂版:ニュー・バッハ・アウスガーベ(Neue Bach-Ausgabe)、バエレンライターやヘンレ版の校訂譜などを参照するのがよい
受容と今日的意味
BWV 1055は学術的には原曲の問題など未解決の点を抱えつつ、演奏史的にはバッハの鍵盤協奏曲群の中で重要な位置を占めます。チェンバロ版としての技術的魅力、さらに原曲復元の可能性が示す多義性が、演奏者や聴衆に新しい解釈の余地を与え続けています。現代の演奏家はピリオド奏法の精妙な表現から、ピアノによるロマン的な解釈まで、さまざまな音楽的視点でこの作品と向き合っています。
まとめ—聴きどころと楽しみ方
BWV 1055は、バッハの編曲技術と協奏曲構造への深い理解を示す作品であり、チェンバロ独奏の技巧と合奏との会話が魅力です。聴きどころとしては第1楽章のリトルネッロと独奏の緊密な応答、第2楽章の歌うフレーズと静かな余韻、第3楽章の躍動的な終結が挙げられます。複数の版や録音を聴き比べることで、バッハの音楽に内在する多面性をより豊かに味わうことができます。
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参考文献
- Bach Digital(作品目録と資料)
- IMSLP:Concerto for harpsichord, BWV 1055(楽譜)
- Wikipedia(英語):Harpsichord Concerto in A major, BWV 1055(概要と参考文献)
- Bärenreiter(校訂版・出版情報)
- Grove Music Online(バッハと鍵盤協奏曲に関する総説、要購読)
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