三部形式(ABA)の深層解説:歴史・種類・分析と名曲に見る聴きどころ
三部形式とは何か
三部形式(さんぶけいしき、ternary form)は、音楽の構造を示す基本的な形式のひとつで、一般に「A—B—A」の三つの大きな部分から成る構成を指します。第1部分(A)は主題を提示し、第2部分(B)は対照的な素材や調性で変化をもたらし、最後に第3部分で第1部分が回帰して全体を閉じます。単純で直感的なこの形式は、バロック期から現代まで多様な音楽ジャンルで用いられ、聴き手に親しみやすい「出発→冒険→帰還」という時間的流れを提供します。
歴史的背景と発展
三部形式の起源は西洋音楽の長い歴史の中で徐々に形成されました。バロック期にはアリア形式の一つである「ダ・カーポ・アリア」が代表例で、文字通り“da capo”=「頭に戻る」指示によってA部の再現が行われました。古典派においては、メヌエットとトリオ(あるいは後の時代に取って代わられたスケルツォとトリオ)が典型的な三部構成として定着し、各大部が内部に二部形式(反復を伴う構造)を含む「複合三部形式(compound ternary)」が一般化しました。19世紀以降、作曲家は三部形式を自由に変容させ、回帰部に装飾や変奏を加えたり、調性配置を複雑化したりして様々な表現を探求しました。
三部形式の主要な種類
- 単純三部形式(simple ternary):A-B-Aの各部が独立したまとまりをもち、特にA部の回帰がAのほぼ完全な再現である場合。短いピアノ小品や歌の構成などで見られる。
- 複合三部形式(compound ternary):各大部(AやB)が内部に二部形式(しばしば反復を含む)を持つ場合。メヌエット&トリオやスケルツォ&トリオが代表例で、全体として大きなABAを形成しつつ、各セクションに細かい周期性がある。
- ラウンド・バイナリー(rounded binary)と三部の区別:ラウンド・バイナリーは二部形式の亜種で、A|: A :||: B A' :|| のように後半でAの一部が戻る構造です。見た目はABA風でも、再現されるA素材が一部分のみである点から厳密には二部系と分類されることがあります。逆に三部形式ではA部がほぼ完全に再現されることが期待されますが、実際の音楽では両者の境界は曖昧です。
調性・コントラストの扱い
三部形式における重要な要素は「コントラスト」です。A部は通常主音(トニック)に基づく素材で提示され、B部は調性や性格において変化をもたらします。古典派ではB部が属調(トニックの属音)や平行調を取ることが多く、ロマン派以降はより遠隔調へ移行したり、転調や示唆的な和声進行で感情の変化を表現することが増えました。回帰(A)では、A部の主題が再確認され、しばしば再現の前にブリッジ的な再転調(retransition)や短い序奏が置かれて全体をまとめます。
代表的なジャンルと用例
- バロックのダ・カーポ・アリア:バロック・オペラやオラトリオにおけるアリア形式。第1部Aが提示され、第2部で劇的変化や情緒の発展があり、ダ・カーポの指示でA部に戻り装飾的な独自の扱い(歌い手による即興的な装飾)が行われる。例:ヘンデルやハンデルらのアリア群。
- メヌエットとトリオ、スケルツォとトリオ:交響曲や弦楽四重奏などの中間楽章でしばしば見られる複合三部形式。各小部(メヌエットやトリオ)は内部に反復を含む二部構造を持ち、全体としてABAを構成する。例:ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの交響曲の多く。
- 小品(夜想曲・歌・緩徐楽章):短いピアノ作品や歌曲では単純三部形式が好んで用いられる。A—B—Aという形は物語性や叙情性を直截に表現するのに適している。
分析のためのチェックポイント
三部形式を正しく分析するには、以下の観点が役立ちます。
- 各大部の開始・終結の明確な地点(終止形)を見つけること。
- AとBの主題素材の性格(旋律素材・リズム・伴奏形)を比較すること。
- 調性の配置を確認する(Aはトニック、Bはどの調にあるか)。
- 回帰の性質を判定する(完全再現か、一部のみの回帰か、変奏を伴うか)。
- 内部反復の有無と、その音楽効果(安定性、対比の強調など)を考察すること。
作曲と演奏における実用的示唆
演奏者にとって三部形式を意識することは表現の助けになります。A部で提示される主題は「提示的」に、B部は対照を示すために色彩やアゴーギク(表情)を変え、回帰ではAの提示とどのように同一性を保ちつつ変化を聴かせるかが鍵です。ダ・カーポの場合、A部の再現では単なる複写でなく、装飾や呼吸の工夫で物語に深みを加えることが求められます。
具体的な楽曲例と聴きどころ
- バロック:ハンデルのダ・カーポ・アリア(例:「Lascia ch'io pianga」など)— A提示、Bの情緒的転換、ダ・カーポでの装飾的回帰が学べる。
- 古典派:ハイドンやモーツァルトの交響曲におけるメヌエット&トリオ — 各小部が反復を伴い、AとBの明快な対比が交響的文脈でどのように機能するかが分かる。
- ロマン派以降:ピアノの夜想曲や小品(多くはABA形式)— 歌的なA、内省的または対照的なB、そして回帰による余韻の提示が特徴。
三部形式と他形式との境界
実践上、三部形式はラウンド・バイナリーやロンド、ソナタ形式などと重なり合います。ロンドは反復するリフレイン(A)と異なるエピソード(B,C…)から成ることが多く、ABAのように見える局面もありますが、回帰の頻度と役割が異なります。ソナタ形式は提示→展開→再現という大きな対称性を持ち、主題の発展が核心にあるため、単純な三部形式とは区別されます。分析時には機能的な観点(主題の扱い、調性の扱い、発展の有無)で区別することが重要です。
聴き方の提案:三部形式を楽しむために
- 最初にA部を注意深く聴き、主題の特徴(リズム、音型、伴奏)を覚える。
- B部で何が変わったか(調性、ダイナミクス、テクスチャ)を比較する。
- 回帰(A)で前半のどこまでが戻ってきたか、増補や省略、装飾があるかに注目する。これが作品ごとの個性を示している。
まとめ:三部形式の意義
三部形式は単純ながら深い表現可能性を持ち、作曲家はこの枠組みを用いて明快な対比と安心感のある回帰を作り出してきました。形式を知ることは、演奏と鑑賞の両面で音楽の構造的理解を深め、表現の選択肢を広げます。ABAという一見単純な骨格の中に、調性設計や主題処理、装飾やリピートの工夫といった多彩な作曲技法が横たわっており、それらを読み解くことが耳の訓練にもつながります。
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参考文献
- Britannica: Ternary form
- Oxford Music Online / Grove Music Online(項目:ternary form, da capo aria, minuet, trio)
- William E. Caplin, Classical Form: A Theory of Formal Functions(Google Books)
- Da capo aria(Wikipedia)(参考概説。専門研究は上記の学術資料を参照)
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