ペダルハープ入門:構造・歴史・奏法・メンテナンスまで徹底解説
ペダルハープとは
ペダルハープ(ペダル竪琴、ペダルハープとも表記)は、現在のコンサートハープとしてオーケストラや室内楽、ソロで広く使用される大型の竪琴(ハープ)です。19世紀初頭にディゼーンされ普及したエラールの二重作用(ダブルアクション)ペダル機構により、全音階で自由に半音・全音の変化が可能になったことが特徴で、これにより西洋クラシック音楽の和声的要求を満たすことができるようになりました。
歴史的背景と発展
ハープ自体は古代から存在しますが、近代のペダルハープの起点は18〜19世紀にかけての改良にあります。フランスの製作者セバスティアン・エラール(Sébastien Érard)は、18〜19世紀にかけて革新的な機構を開発し、1810年ごろに実用的な二重作用ペダル機構を確立しました。この機構により、各ペダルで同名の全ての弦の音程を半音ずつ、2段階で上げることが可能になり、完全なクロマチック演奏が実現しました。
その後、19世紀・20世紀を通じて管弦楽法の発達とともにハープの需要は増加し、作曲家たちも和声や音色にハープを積極的に取り入れるようになりました。今日の主要な製作メーカーとしては、Lyon & Healy(米)、Salvi(伊)、Camac(仏)などが知られ、各社が微妙な設計差で音色やレスポンスを追求しています。
構造の詳細
ペダルハープは大きく分けて以下の主要要素から構成されます。
- 柱(column)— 竪琴の支柱で、弦の張力を支持する頑丈な部分。
- 弦長(neck/curved neck)— ペダル機構やチューニングペグが配置される上部。
- 共鳴胴(soundboard & body)— スプルース等の木材で作られ、音の主たる放射源となる。
- ペダル機構(pedal mechanism)— 底部に7本のペダルが並び、各ペダルは特定の音名(D, C, B, E, F, G, A)に対応する。各ペダルは3段階(フラット・ナチュラル・シャープ)に設定できる。
- 弦(strings)— 低音側は金属巻きや金属芯、上部はガット(腸)やナイロン、合成素材を用いることが多い。弦には目印があり、C線は赤、F線は黒または青で色分けされるのが一般的。
ダブルアクション(2段階)ペダル機構の原理
エラール式のダブルアクション機構は、各ペダルが内部の回転ディスクを操作して弦の有効振動長を短縮し、音高を半音ずつ上げます。一方の操作で半音、さらに操作するともう一段階でさらに半音上げられ、合計で全音(2半音)上昇します。これにより全12音のクロマチック体系をペダル操作で実現でき、複雑な和声や短調・長調の変更にも対応できます。ペダルの配置は演奏者から見て左から右へD、C、B、E、F、G、Aの順が標準です。
標準的なスペックと物理的特徴
- 弦数:一般的なコンサートペダルハープは47弦(最低音C1から最高音G7)を備えることが標準的。
- サイズ・重量:高さはおよそ150〜180cm、重量はモデルや材質により30〜50kg程度。持ち運びには専用ケースや運送手配が必要。
- 材質:共鳴板はスプルース、柱や棹にはメープル等の堅木が用いられる。機構部は真鍮やスチールなど金属が使われる。
- 調律基準:現代ではA=440Hzが標準だが、演奏条件によりA=442Hz等を用いることもある。
基本的な奏法と表現技法
ペダルハープ特有の奏法や音色効果は、その楽器の魅力の一つです。代表的なテクニックを挙げます。
- グリッサンド(glissando)— 指で弦を滑らせて連続的な音の流れを作る。和音的・色彩的に用いられることが多い。
- アルペッジョ&分散和音— ハープの基礎。複雑な和声を分散して演奏することで豊かな響きを生む。
- ハーモニクス(flageolet)— 弦のふれ方を変えて倍音のみを響かせる技法。
- ビスビジャンド(bisbigliando)— 非常に速く交互に弾くことで柔らかく揺らぐ効果を作る繊細な技法。
- ダンピング(hand damping)— 余韻を制御するため、不要な残響を手で消す技術。ペダルチェンジと組み合わせる場合が多い。
- ペダル操作と楽曲構成— ペダルは演奏中に動かすことが前提だが、音のつながりや残響を考慮した細かな計画が必要。多くの作品で楽譜にペダル操作表記や記号が示される。
レパートリーとオーケストラでの役割
ペダルハープはソロ曲、協奏曲、室内楽、そしてオーケストラ曲で幅広く使用されます。ロマン派以降、作曲家たちはハープの色彩的効果やアルペッジョ的な響きを積極的に取り入れました。代表的な例としては、ベリオーズ(Berlioz)のオーケストレーションにおける使用、ラヴェル(Ravel)の『Introduction et Allegro』(ハープと室内楽のための作品)、ドビュッシー(Debussy)の歌曲や室内楽での利用、チャイコフスキーやマーラーなどの交響曲での要所などが挙げられます。
また20世紀以降はハープ独自の現代作品も多く作られ、ハープの可能性を拡張する新しい奏法や電子拡張(マイク増幅、エフェクトの使用)も一般的になっています。
有名な奏者・教育と普及
20世紀以降、多くの名演奏家と教育者が現れ、ペダルハープの技法は体系化されてきました。代表的な歴史的人物としてはカルロス・サルゼド(Carlos Salzedo:奏法と教育の改革で知られる)、マーセル・グランジャニー(Marcel Grandjany)などが挙げられます。今日では国際的なコンクールや専門教育機関(音楽大学や専門学校)でハープ専攻が設置され、オーケストラの正規団員としての採用ルートも確立しています。
メンテナンスと日常管理
大型木製楽器であるペダルハープは湿度や温度の変化に敏感です。以下は基本的な注意点です。
- 湿度管理:適切な湿度(一般的に40〜60%程度)を保つことが望ましい。乾燥しすぎると木材のひび割れや接合部の緩みを招く。
- チューニング:弦の伸びや温度変化により頻繁なチューニングが必要。演奏前に必ずチューニングを行う。
- 弦の交換:切れた弦は早めに交換する。交換時は同時に周囲の弦への影響を考慮して徐々に張るのが安全。
- 輸送:専用ハードケースを用い、固定とクッションを十分に行う。運搬時は傾けたり急激に揺らしたりしない。
- 定期点検:機構部(ディスク・スライダー等)や支柱のクラック、接着部の緩みを専門工房で定期点検する。
モデルの種類と派生形
ペダルハープの主要派生形としては、レバー(ライアー型)ハープやクロスストリングハープ、電気ハープ(エレクトリックハープ)などがあります。レバーハープは各弦にレバーを設けて半音を上げる方式で民俗音楽等に多く用いられます。クロスストリング(交差弦)ハープは二列の弦が交差して配置され、別の奏法と音域感を提供します。コンサート用途ではやはり二重作用のペダルハープが中心です。
演奏上の注意点と実践的アドバイス
- ペダルの事前計画:複雑な和声進行では楽譜を見ながら事前にペダル計画(どのペダルをどの時点で移動するか)を立てることが必須。
- ハンドポジション:指先の腹(爪ではなく柔らかい部分)で弦を弾く。爪で弾くと音色が硬くなり、楽器を痛める場合がある。
- 同時伴奏とのバランス:オーケストラ内ではハープは中音域以上で独立した音色を持つが、フォルテの合奏では埋もれやすいため配置やダイナミクス調整に注意。
現代における拡張と可能性
現代の作曲やパフォーマンスでは、エフェクターやマイクを用いた増幅、ピッキングや準備奏法(prepared harp)、打弦や特殊奏法といった拡張技法が用いられます。ジャズやポップス、即興音楽の分野でもハープは独自の役割を持ち、従来のクラシックの枠を越えて活用されています。
まとめ:ペダルハープの魅力と留意点
ペダルハープは豊かな倍音と独特のアルペッジョ、そしてペダル機構により和声的自由度を獲得した楽器です。扱いは繊細で物理的にも大きく、高度な計画性とテクニックを要求しますが、その音色はオーケストラや室内楽、ソロ作品において唯一無二の存在感を放ちます。歴史的にはエラールの発明以来、各時代の作曲家や奏者によって技術が磨かれ、今日に至るまで常に進化を続けています。
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参考文献
Encyclopaedia Britannica – Harp
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