リアルタイムストラテジー(RTS)の歴史・設計・戦術を深掘り:ゲームデザインと競技シーンの今
はじめに:リアルタイムストラテジー(RTS)とは何か
リアルタイムストラテジー(RTS)は、プレイヤーが時間経過とともに即時に決定を行い、資源管理、ユニット生産、戦闘指揮、地形利用などの複数要素を同時に扱うことを特徴とするゲームジャンルです。ターン制に対して“リアルタイム”で進行するため、迅速な判断と継続的なマクロ(全体管理)・ミクロ(個別ユニット操作)の両立が求められます。本稿では起源と歴史、設計上の核、戦術・戦略、技術的課題、現代の変化点、競技シーンやAIとの関係までを詳しく解説します。
起源と発展の歴史
RTSの源流は1980年代後半から1990年代初頭にさかのぼります。『Herzog』や『Stonkers』といった初期の戦術ゲームがその原型とされますが、1992年にリリースされたWestwood Studiosの『Dune II』は、資源採掘、建物建設、ユニット生産、リアルタイムでの指揮という現在のRTS標準を確立した作品として広く評価されています。その後、1995年の『Command & Conquer』やBlizzard Entertainmentの『Warcraft』シリーズ、1997年にリリースされた『Age of Empires』などが商業的成功を収めてジャンルが成熟しました。
1998年のBlizzard『StarCraft』は、ユニット相性の明確化、バランス設計、対称性と非対称性の巧みな融合、そして競技性により、RTSをeスポーツの主要ジャンルへと押し上げました。2000年代以降は、よりシミュレーション寄りの『Company of Heroes』や、マップとユニットの相互作用を深化させたタイトルが登場しました。一方で、RTSから派生したジャンルとしてMOBA(例:『DotA』『League of Legends』)が登場し、RTSの一部要素を抽出して新たな競技体系を作りました。
コア要素:ゲームプレイの構成ブロック
- 資源管理:資源の採取と配分は技術ツリーの進行やユニット生産に直結します。資源の種類や稀少性は戦略を大きく左右します。
- 基地・インフラ構築:建物の配置やアップグレードは防衛線や生産効率に影響します。配置によってユニットの動線や防衛力が変化します。
- ユニット生産と編成:複数ユニットタイプの相互作用(相性)、役割分担(対空、対装甲、早期偵察など)が戦闘の鍵です。
- 視界と情報戦:Fog of War(視界の制限)は戦術に情報収集(スカウト)の重要性を生みます。情報の非対称性が心理戦を生む要因です。
- マクロ vs ミクロ:マクロは経済・生産・戦略計画、ミクロは個々のユニット制御や局所的な戦闘操作を指します。上位のプレイヤーは両方を同時に管理します。
戦術と戦略の具体例
RTSの戦術は時間軸と相手の出方によって変化します。以下は代表的なパターンです。
- オープニング(開幕)戦術:序盤にどれだけ早く経済基盤を築くか、あるいは攻撃的に相手を妨害するかを決めるフェーズ。リスクとリターンのバランスが重要です。
- スカウトと情報戦:偵察は相手の戦術(ラッシュ、テック、防衛重視など)を把握し、自軍の対応を決めます。見落としは致命的になります。
- ラッシュ(早期奇襲):相手の体制が整う前に圧力をかける戦術。成功すれば試合を短時間で終わらせる反面、失敗すると経済的に大きな遅れが生じます。
- テクノロジー勝負(テック):高コストだが強力なユニットやアップグレードに投資して中後半で優位に立つ戦略。相手の早期圧力に耐える必要があります。
- 地形利用と陣取り:高低差、 chokepoint(通路の絞り)などの地形は少数での防衛や奇襲に有利です。マップコントロールを巡る争いが試合を決めます。
ゲームデザインの課題と解決策
設計面では多くのトレードオフが存在します。例えばユニットの多様性は戦略の幅を広げますが、学習コストやバランス調整の難度を上げます。対称性(両陣営が同等の条件)を重視すると公平感が保たれますが、非対称性(異なるプレイスタイルの実装)は多様な戦術を生み出します。優れたRTSはこれらのバランスを設計意図に沿って調整します。
UI(ユーザーインターフェース)設計も重要です。効率的なホットキー、複数選択・グループ化、ビルドオーダー表示、リプレイ機能や統計情報はプレイヤーの練習効率と競技性を大きく向上させます。
技術的基盤:パスファインディングからネットワーク同期まで
RTSは多数ユニットのリアルタイム移動や経路探索、当たり判定の最適化が必要です。代表的な経路探索アルゴリズムとしてA*(A-star、1960年代に研究が始まった)が広く使われ、さらに群集(crowd)やフォーメーション制御のアルゴリズムが加えられます。また、マルチプレイヤー実装では同期型(ロックステップ)と非同期型(クライアント・サーバー)方式があり、遅延やチート対策、デターミニズムの維持といったトレードオフに対処する必要があります。
AIと自動化の進展:人間対AIの境界
近年、機械学習を用いたRTS向けAI研究が進み、DeepMindのAlphaStar(StarCraft IIに対するRLエージェント、2019年〜発表)はトッププロと互角以上のプレイを示しました。この成果は、RTSが極めて複雑な部分最適化問題と長期戦略を同時に要求するプラットフォームであることを示しています。一方で、実用的なゲームAIはプレイヤーの楽しさを損なわない“適切な挑戦度”を保つことが重要で、単純に強いAIは必ずしも良いユーザー体験を意味しません。
プレイヤーの成長と競技性(eスポーツ)
RTSは学習曲線が急で、効率的な練習方法(リプレイ分析、データ駆動の弱点解消、特定局面の反復)が重要です。リーグやMMR(マッチメイキングレーティング)、Elo類似のレーティングシステムは競技性を促進します。StarCraftは世界的なプロシーンを確立し、TwitchやYouTubeでのコンテンツ、解説文化、戦術のメタ進化を生み出しました。
現代RTSの潮流と展望
- ジャンルの分岐:MOBAや4Xの要素と融合したり、RTSそのものをライト化してモバイルへ適応させる動きがあります。モバイルRTSはUI・入力設計の再考を迫られます。
- マップデザインの重要性:対称性、資源配置、チョークポイントの設定はメタを形成します。ランダム化と固定マップのバランスもゲーム体験を左右します。
- リメイクとモダン化:往年の名作はリマスターされ、新規のUI・ネットワーキング改善、AI改善が施されて復活しています。原作の精神を保ちながら現代基準に合わせることが設計上の課題です。
- AIの補助的利用:学習支援(リプレイ解析ツール)、プレイ補助(オートマクロ)、ローカル対戦用の強弱調整AIなど、AIを用いたUX改善の余地が広がっています。
ケーススタディ:代表作から学ぶ設計と競技性
・StarCraft(1998/II):非対称バランス設計、プロシーンを牽引した競技性の高さ。ユニットロールとカウンター関係が明確で、プレイヤースキルの差が勝敗に直結する設計。DeepMindの研究対象にもなりました。
・Age of Empires:文明ごとのユニット差別化と歴史的テーマ。長期戦での経済運用とマクロ管理の学習価値が高いタイトルです。
・Company of Heroes:カバーや地形、戦術的撤退・前線構築を重視する近代戦RTS。戦闘の局所的な意味合いを高める設計が特徴です。
設計者への提言(実践的アドバイス)
- フェアネスのために情報の取り扱い(視界・ミニマップ)を慎重に設計する。
- 学習曲線を緩和するためにチュートリアル、段階的な技術導入、リプレイや教示ツールを実装する。
- マルチプレイヤーの安定性(遅延対策、同期方式)と不正対策を初期段階から計画する。
- バランス調整はデータドリブンで行い、パッチの連続的提供でメタの進化に対応する。
まとめ
RTSは複雑な意思決定、戦略的計画、瞬時の操作を統合するユニークなゲームジャンルです。歴史的にはDune IIやStarCraftのような作品が核を築き、以降も技術革新やジャンルの分岐を経て発展してきました。デザイン面ではバランス、UI、マップ設計、AIの使い方が成功の鍵であり、競技シーンや機械学習の進展がRTSの可能性をさらに広げています。新作を作る場合も、既存作から学ぶべき原理(公平性、情報設計、学習支援)を守りつつ、現代のプラットフォームとプレイヤー期待に合わせた最適化が重要です。
参考文献
- Real-time strategy - Wikipedia
- Dune II - Wikipedia
- StarCraft - Wikipedia
- AlphaStar — DeepMind
- Pathfinding - Wikipedia (A* and related algorithms)
- Gamasutra (game design articles)
- Command & Conquer - Wikipedia
- Age of Empires - Wikipedia


