第三転回(7thの第三転回)の理論と実践:表記・機能・和声処理を徹底解説
第三転回とは何か:定義と基本イメージ
第三転回(第三転回形)は、主に七の和音(7th chord)に適用される転回形の一つで、和音の構成音のうち『7度音』が最低音(バス)にある状態を指します。三和音(トライアド)には最大で第二転回までしか存在しませんが、四和音である七の和音では第三転回が可能になります。通奏低音や図示では通常「4-2(または2)」と表記され、低音上に四度と二度の音程が重なっているため、歴史的には不協和音として扱われ、解決が要求されます。
表記と記号(通奏低音と現代のコード表記)
通奏低音(figured bass)では第三転回は「4・2」と書かれることが多く、短縮して「2」と表す場合もあります。例えば、ドミナント・セブンス(G7)を第三転回にした場合、低音がFとなり、通奏低音の数字はFの上に4度・2度の不協和があることを示します。現代のコード表記、特にジャズやポップスでは "G7/F" のようにスラッシュコードで書かれ、ベースに第7音があることを直接示します(ここではシングルクオートを使っていませんが、実際の楽譜や機器での表記はダブルクオートは使用しません)。
第三転回の和声機能:なぜ使うのか
第三転回は機能的には『不安定な状態』を活かすために用いられます。七の和音自体が解決を要求する和音であり、第三転回にすることでその不安定性が低音に顕在化します。低音に不協和(和音の7度)があると、次の和音へ導く力が強まり、特に以下のような場面で効果的です。
- 進行の準備やアプローチ:不協和の解決を利用して次和音への動きを強調する。
- 下降・上昇するベースラインの表現:スラッシュコードとして使用し、滑らかなベースワークを実現する。
- 和声の色彩付け:低音に特定の音(主に7th)を置くことで独特の“張り”や“引っ張り感”を作る。
声部書法上の基本ルール(通奏低音時代の慣習)
バロックから古典派にかけての通奏低音や対位法的な慣習では、第三転回は不協和音として扱われ、以下のような処理が推奨されます。
- 7度(低音にある音)は準備し、解決する:低音の7度は通常、近接する音から準備され、半音または全音で下行して解決することが多い(例:V7の7度はIの3度へ下行する)。
- 不協和の下行解決を優先:7度はしばしば1度下行し、他の声部はそれに合わせて進行する。
- 倍音の注意:転回形ではどの音を倍するか(どの音を二重にするか)の判断が重要。第三転回は低音が不協和であるため、一般に和音の基音(根音)は倍しないことが多い。
- 禁則:平行5度・8度の発生に注意し、特に低音が動くときは上声部との直行進行を避ける。
具体的な声部進行の例(キー:Cメジャー)
典型的な例を挙げると、V7(G7 = G-B-D-F)の第三転回は低音がFになります。各声部の解決は以下のようになります(一例)。
- 低音(F)→ E(Iの3度)へ下行
- 導音(B)→ Cへ上行して解決
- D(Vの5度)→ CやE、Gのいずれかへ向かう(文脈で決定)
- その他の声部は全体の和声的流れに沿って処理
このとき、F(7度)を低音に置くことで、次に現れるI(トニック)への解決が非常に明確になります。古典派の教科書では、7度の下行はほぼ必須の処理として扱われることがあります。
第三転回の具体的な使用場面
第三転回は様々な音楽ジャンルで多用されますが、使い方はジャンルごとに特色があります。
- バロック/古典:通奏低音の一要素として、解決を要求する短い装飾的な進行や終止の前に用いられる。V4/2 の形で現れ、4-2の不協和が解決される。
- ロマン派:より自由な和声進行の中で色彩的に使用され、不協和を長く引き伸ばしたり、転調の足がかりに用いることがある。
- ジャズ/ポップ:G7/F のようなスラッシュコード表記で、ベースラインを滑らかにするための和音配置として頻繁に使われる。ベースが経過音やペダルで変化するポピュラー音楽では特に有効。
実践的なアレンジ術とベースラインの作り方
第三転回はベースラインの動きを豊かにできます。以下は実践的なヒントです。
- 経過和音としての活用:進行中に第三転回を置くことでベースが半音または全音で繋がり、滑らかなラインが生まれる(例:C - G7/F - F - C)。
- ベースのテンション作成:低音に7度を置くと、上声でテンションを重ねても強い推進力を保ちやすい。
- ボイシングでの工夫:ルートを低く取らない場合、上声の密度を調整し、根音や第五音をどの声部で扱うか工夫することで、混濁を避ける。
よくある誤解と注意点
第三転回に関しては誤解も見られます。代表的なものを挙げ、正確な理解を促します。
- 誤解:『転回形は単に音の順序が変わるだけで機能は同じ』。事実:第三転回は低音が不協和であるため、和声機能と解決の要求が強く変化する。
- 誤解:『どの和音にも第三転回がある』。事実:三和音(トライアド)には第三転回は存在しない(第三転回に相当する音の組み合わせは四和音でのみ可能)。
- 注意点:ジャズ的な運用では解決を曖昧にすることがあり、古典的な解決法をそのまま適用すると不自然になる場合がある。
訓練方法と練習課題
第三転回に慣れるための練習をいくつか紹介します。
- 通奏低音の読み:4-2 の数字を見て即座にどの音が低音かを判断する訓練。
- 和声解決の耳トレ:第三転回の和音を鳴らし、低音が下行して解決するフレーズを繰り返し聞き取る。
- ピアノでの実践:右手でV7の各音を配置し、左手で低音に7度を置いてIへの解決を弾く。異なるボイシングで試すと効果的。
まとめ
第三転回は七の和音の性質を強調し、和声の推進力やベースラインの流れを作るために非常に有用なテクニックです。古典的な通奏低音の規範に従えば不協和の準備と解決が基本になりますが、ロマン派以降やポピュラー音楽・ジャズではそのルールが柔軟に運用されます。理論的理解とともに、実際に耳で確認し手を動かしてボイシングを試すことが、第三転回を自在に使いこなす近道です。
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参考文献
- Inversion (music) - Wikipedia
- Seventh chord - Wikipedia
- Figured bass - Wikipedia
- MusicTheory.net: Chord Inversions
- MusicTheory.net: Seventh Chords
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