旋法進行(モード進行)の理論と実践:歴史・和声・作曲テクニック完全ガイド
旋法進行とは何か — 概念の整理
「旋法進行(せんぽうしんこう)」とは、特定の旋法(モード)に基づいて構築された音の進行や和声の連なりを指します。近代西洋音楽で一般的な長調・短調(長音階=イオニアン、短音階=エオリアン)中心の機能和声とは異なり、旋法進行は各旋法の固有の音階構造(第2音・第6音・第4音などの高さ関係)によって特徴付けられた進行感や色彩を重視します。
旋法は中世の教会旋法に由来し、その後民俗音楽・ルネサンス・近現代音楽・ジャズ・ロックなどで多様に応用されてきました。現代の作曲・編曲・即興においては、旋法を使った進行(モーダル・プログレッション)は「一定の調に留まったまま和音を静的に保つ」や「特定の音を強調して色彩を作る」など、独特の表現手法を与えます。
主要な旋法と音程構造(基礎)
まず代表的な7つの旋法と、それぞれの音程パターン(全音=W、半音=H)を確認します。
- イオニアン(Ionian)=長音階:W-W-H-W-W-W-H
- ドリアン(Dorian)=短系:W-H-W-W-W-H-W(短音階に比べて第6音が半音高い)
- フリジアン(Phrygian):H-W-W-W-H-W-W(第2音が半音下がる)
- リディアン(Lydian):W-W-W-H-W-W-H(第4音が半音上がる=#4)
- ミクソリディアン(Mixolydian):W-W-H-W-W-H-W(長音階に比べ第7音が半音低い=b7)
- エオリアン(Aeolian)=自然短音階:W-H-W-W-H-W-W
- ロクリアン(Locrian):H-W-W-H-W-W-W(半減音程的で不安定、b2とb5を含む)
各旋法の和音構造(ダイアトニック・トライアド)
旋法ごとにスケール上の各音から三和音(または7th)を積み上げると、その旋法らしい和声集合が得られます。例としてCから始めた場合(Cイオニアン=通常のCメジャー)を示します。
- イオニアン(C):C、Dm、Em、F、G、Am、Bdim
- ドリアン(Dorian、例:Dドリアン上の三和音)=Dm、Em、F、G、Am、Bdim、C
- フリジアン(例:Eフリジアン)=Em、F、G、Am、Bdim、C、D
- リディアン(例:Fリディアン)=F、G、Am、Bdim、C、D、Em(#4を含むスケールに基づくため和声の扱いに注意)
- ミクソリディアン(例:Gミクソリディアン)=G、Am、Bdim、C、Dm、Em、F
- エオリアン(Aエオリアン)=Am、Bdim、C、Dm、Em、F、G
- ロクリアン(Bロクリアン)=Bdim、C、D、Em、F、G、Am(不安定)
(上記は理解を助けるための代表例で、ルートを変えればそれぞれのモードに対応する和音が得られます)
代表的な旋法進行パターンとその効用
実際の作曲・編曲でよく使われる進行と、そこから得られる響きの特徴を紹介します。
- ドリアン的進行(静的でやや憂いのあるマイナー感): i → IV → VII → i(例:Dm → G → C → Dm)。ドリアンは第6音が自然であるため、伝統的な短調より明るさを感じさせる。
- ミクソリディアン的進行(ブルージー/ロック): I → bVII → IV → I(例:G → F → C → G)。支配的なドミナント(V)がメジャー感を支配しないため、自由で土着的な響きになる。
- リディアン的進行(浮遊感、夢幻): I → II → I(例:C → D → C)や I → IV#(#4を活かす) 。#4音が重要なアクセントとなる。
- フリジアン的進行(スペインや中東的な色彩): i → bII(例:Em → F)や bII → i(半音進行をベースにした重い印象)。
- エオリアン的進行(ナチュラル・マイナー): i → iv → v(例:Am → Dm → Em)、ただし機能和声の影響でvをVにすることも多い(和声的短音階)。
歴史的経緯と様式による違い
中世〜ルネサンスでは旋法がメロディと教会音楽の基礎で、特定の「終止音(final)」や「吟唱音(reciting tone)」に基づくフレーズ構成が重視されました。バロック以降の機能和声の確立で旋法的な使い方は相対的に減りましたが、民俗音楽や地域的な伝統(スペインのフラメンコ、東地中海の音楽など)では旋法は今日まで生き続けています。
20世紀以降、ストラヴィンスキーやドビュッシーらの作曲家、さらにジャズのモーダル化(マイルス・デイヴィスら)によって旋法的手法は再評価され、現代の作曲・映画音楽・ポピュラー音楽でも重要な表現資源になっています。
作曲・編曲で使う実践テクニック
具体的な応用方法を挙げます。
- モードを固定したままのヴァンプ(短い和音の繰り返し)は、ソロやオーケストレーションで「色」を引き出すのに有効。スケール内のテンション(9th, 11th, 13th)を和音に加えて色彩を拡張する。
- モーダル・インターチェンジ(平行調のモードから和音を借用):Cメジャー(イオニアン)に対してCエオリアンやCドリアンの和音を一時的に挿入すると色彩が豊かになる(例:C → CminorのEbなど)。
- ペダル(同一低音)を使う:低音を固定して上声部だけをモード内で動かすことで、持続音を基準にしたモーダル感が強まる。
- 部分的修正(#4やb7など一音だけ変える):イオニアンに#4を加えるとリディアン風、イオニアンにb7を加えるとミクソリディアン風になり、簡単にモード感を混ぜられる。
- モード間の平行移調(ピボット音を使ったモーダル転調):共通音を残して一音差でモードを切り替えると自然に聞こえる(例:Dドリアン → DエオリアンではB(6度)を下げる/上げる操作)。
即興とアレンジ時の指針(ジャズ・ポップでの応用)
即興においては、コードの種類に応じたモード(スケール)を選ぶことが基本です。代表的な関係を押さえておきましょう。
- メジャー(△):イオニアンまたはリディアン(リディアンは#11を許容)
- ドミナント7(7):ミクソリディアンまたはリディアン・ドミナント(Lydian dominant = #4 + b7)
- マイナー(m7):ドリアンまたはエオリアン(ドリアンは6度がナチュラル)
- 半減(m7b5):ロクリアン(ロクリアンはb2とb5)
また、モーダルな編曲では四度和音(quartal harmony)やテンションの多いテンション和声を活用すると「モード感」が際立ちます。伴奏は簡潔に、和音の機能移行を大きく変えないことが多い点にも注意してください。
旋法進行の分析法と耳での判別
耳でモードを判別する際のポイント:
- 第2音と第6音の位置(イオニアン vs リディアン、ドリアン vs エオリアンなど)を聴き分ける。特に#4(リディアン)とb2(フリジアン)は特徴的。
- 終止感(final)がどの音かを探す。モードの「終止音(final)」がメロディや低音の中心にある場合、そのモードの可能性が高い。
- 和音の種類:支配的なドミナント(V)を感じるか、代わりにbVIIやIVの使用が多いかでミクソリディアンやドリアン的か判断できる。
まとめ
旋法進行は単なる古典的な遺物ではなく、現代のあらゆる音楽ジャンルで有効な表現手段です。旋法の音程構造を理解し、和音集合や典型的な進行パターン、モーダル・インターチェンジやペダル・テクニックを駆使することで、作曲・即興・編曲の選択肢が大きく広がります。まずは一つのモードを選び、そのモードに忠実な和音群(ダイアトニック)でヴァンプを作り、少しずつ借用や色彩添加を試してみてください。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica — Mode (music)
- Wikipedia — Mode (music)(概説・用語確認用。一次文献ではないため補助として参照)
- Mark Levine, The Jazz Theory Book(ジャズにおけるモード利用とコード・スケール関係の解説)
- Walter Piston, Harmony(和声学の古典。旋法と和声の歴史的文脈を学ぶのに有用)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(旋法・教会旋法・歴史的用法の専門記事。購読が必要)
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