プロが教える音作りの基本:ゲイン管理(Gain Staging)徹底ガイド

はじめに

ゲイン管理(Gain Staging)は、録音からミックス、マスタリング、そして配信に至るまでの音作り全体にわたる基本的かつ重要な工程です。適切なゲイン管理を行うことで、ノイズの低減、歪みの回避、ダイナミクスの保持、そして配信プラットフォームでの最適な音量化が可能になります。本コラムでは、理論的背景、計測器の使い方、実践的なワークフロー、プラットフォーム別の配慮点までを詳しく解説します。

ゲイン管理の基本概念

ゲイン管理とは、信号経路上の各段(マイクプリアンプ、インターフェース、プラグイン、バス、マスター)において入出力レベルを適切に設定し、信号とノイズの比(S/N)を最適化しつつ、クリッピング(歪み)を回避する作業です。ポイントは「レベルの連続的な最適化」と「各段での頭上余裕(ヘッドルーム)の確保」です。

デジタルとアナログの違い

  • アナログ領域:アナログ機器はある程度の過ドライブで暖かい歪みを生むことがあります。基準はdBuなどで表され、プロ機器の基準ラインは+4 dBu、家庭機器は-10 dBVが一般的です。
  • デジタル領域:デジタルは0 dBFSがクリッピングの閾値であり、それ以上は不可逆的にクリップします。さらに、エンコーディング(MP3/AAC等)で起こるインターサンプルピークに備える必要があります。

メーターの種類と見方

  • ピークメーター:瞬間的な最大値を示す。クリッピング回避のために重要。
  • RMSメーター:平均的な音量を示し、感じられるラウドネスに近い。
  • LUFS(Loudness Units Full Scale)メーター:ITU-R BS.1770/EBU R128に基づくラウドネス計測。放送やストリーミングの標準的指標。
  • トゥルーピーク(True Peak)メーター:DACやエンコーダ後に発生するインターサンプルピークを推定し、配信でのオーバーを防ぐ。

ゲインステージングの基本ワークフロー

以下はDAWでの一般的な手順です。遭遇する機材やジャンルによって微調整してください。

  • 1) 録音時:マイクプリアンプのゲインは信号がクリップしないようにしつつ、マイク特性を活かすレベルに。ピークが-12〜-6 dBFS程度を目安にすると良い(話者や楽器により変動)。
  • 2) トラック入力:トラックのインプットゲインは0〜+6 dB程度の余裕をもたせて設定。不要な入力ゲインは避け、クリーニング(ノイズゲートやEQ)を最初に行うことを検討。
  • 3) プラグイン順序:一般的に、ゲイン→EQ→コンプ→サチュレーション→EQ(微調整)→リミッターの順が推奨されます。各段での入力・出力レベルを確認し、内部クリッピングを避けるためにプラグインの入出力(make-up)を調整。
  • 4) バスとグループ:個別トラックの合成でピークが上がるため、バス段で余裕(-6〜-3 dBFSのヘッドルーム)を取る。ミックス全体のピークが-6 dBFS前後になるよう調整するのが一般的な基準です。
  • 5) マスタートラック:マスターフェーダーは0 dBに置き、最終的なリミッティングやメータリングで目標ラウドネスを達成する。配信を考慮し、最終的なトゥルーピークは-1.0 dBTP〜-1.5 dBTPを目安とすることが多い。

数値的ガイドライン(目安)

  • 録音ピーク:-12〜-6 dBFS(楽器や被写体に応じて)
  • ミックス段のピーク:マスターで-6〜-3 dBFSのヘッドルームを残す
  • マスタリング出力トゥルーピーク:-1.0 dBTP〜-0.5 dBTP(配信での安全圏として-1.0 dBTPを推奨)
  • ストリーミング標準(目標ラウドネス):Spotify ≒ -14 LUFS、YouTube ≒ -13〜-14 LUFS(プラットフォームにより変動)、放送ではEBU R128(-23 LUFS)が基準

配信プラットフォーム別の注意点

主要な配信サービスはラウドネス正規化を行います。目標値はプラットフォームによって異なるため、最終マスターを作る際にはその特性を理解しておくことが重要です。

  • Spotify:-14 LUFS 前後で正規化されるのが一般的。極端なラウドネス競争(過度なリミッティング)は音楽の質を損なう可能性があります(参考:Spotify エンジニアリングBlog)。
  • Apple Music(Sound Check):Sound Checkは独自方式でラウドネスを揃えます。Appleはラウドネス基準を公表していますが、ユーザー設定にも依存します。
  • YouTube:-13~-14 LUFS程度が基準となる場合が多く、映像コンテンツではブレンドを意識する必要があります。

実践テクニックと落とし穴

  • マイク録音でのヘッドルーム:予測不能なピーク(ドラム、ボーカルの突発的な大きさ)に備え、十分なヘッドルームを確保する。プリのゲインを稼ぎすぎてノイズ床を持ち上げない。
  • プラグインの内部クリップ:いくつかのプラグインは内部で0 dBFS以上の振幅を生成することがあり、意図せぬ歪みを生む。入出力ゲインを確認し、必要ならゲインプラグインで調整。
  • サチュレーションの扱い:温かさを加えるサチュレーションは、軽微な正のゲインを追加するため、貼り付け的にかけると後段でクリップする。必ずインサート後にレベルをチェック。
  • リファレンスを使う:商業制作物と自分のミックスを比べ、LUFSや周波数特性、ダイナミクスを参考にして調整する。

トラブルシューティング

よくある問題と対処法です。

  • クリッピングしてしまう:まずはマスターとバスの出力を下げ、各トラックのフェーダーを再調整。問題のあるプラグインの入出力を確認。
  • ノイズが目立つ:録音時のゲインが低すぎた可能性。録音レベルを上げる、あるいはリマイクやリレコーディングを検討。
  • 聞こえが窮屈(つぶれた感じ):過度なリミッティングやマルチバンド圧縮が原因。ダイナミクスを一度開放して、プラグインの設定を緩やかに戻す。

DAWやプラグイン別の実用ヒント

  • DAWのインターフェース設定で、トラックのゲイン構造(インプット、インサート、フェーダー)を明確に理解する。
  • ゲインプラグイン(Trim, Utility等)をチェーンの最初に置き、処理前後のレベルを揃えることで比較がしやすくなる。
  • トゥルーピークメーターとLUFSメーターを同時に確認して、ピークとラウドネスの両面で整合性を保つ。

まとめ

ゲイン管理は音質向上の基礎であり、丁寧に行うことでノイズ低減、ダイナミクスの保持、配信時のトラブル回避が可能になります。重要なのは数値に頼りすぎないこと。メーターはあくまで道具であり、耳で確認することが最終判断です。プラットフォームのラウドネス基準やトゥルーピークの扱いを踏まえ、録音→ミックス→マスターの各段階で適切なヘッドルームを保ちながら作業を進めましょう。

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参考文献