マスタリングチェーン完全ガイド:順序・設定・配信規格対応で失敗しない方法
はじめに
マスタリングは楽曲の最終的な仕上げ工程であり、「マスタリングチェーン」とはマスター段階で用いる一連の処理(EQ、コンプレッション、サチュレーション、ステレオ処理、リミッティングなど)の順序と内容を指します。本コラムでは、プロのワークフロー、各処理の目的と注意点、配信プラットフォームに合わせたラウドネス管理、実践的なチェックリストまで、実務に即した深掘りを行います。
マスタリングチェーンの基本的な考え方
マスタリングチェーンの根幹は「ゲインステージング」と「最終品質の担保」です。ミックス時に十分なヘッドルーム(例:-6 dB 前後)を確保し、マスター処理では不必要に音を潰さないことが重要です。チェーンの各プロセスは以下の目的を持ちます。
- 問題の修正(不要な帯域の除去、位相・モノラルチェック)
- 音色の調整(バランスや艶の追加)
- ダイナミクスのコントロール(音場の一体感と聞きやすさ)
- 最大音量の決定(リミッティングとラウドネス調整)
- フォーマット変換とメタデータ付与(ビット深度、フェード、ISRCなど)
典型的なマスタリングチェーン(推奨順)
以下は多くのエンジニアが採用している汎用的な順序です。楽曲や目標によって順序や要素は変わりますが、原則として「修正→形成→色付け→最終化」の流れを意識します。
- 1. ゲイン/レベル確認(入力ゲイン調整)
- 2. 低域ハイパス(不要な超低域の除去)
- 3. コレクティブEQ(不快な帯域の削除)
- 4. マルチバンド/トータルコンプレッション(ダイナミクス整形)
- 5. サチュレーション/ハーモニック処理(温かみと密度の追加)
- 6. ステレオイメージング / M/S処理(定位と広がりの調整)
- 7. 微調整用のトーンEQ(仕上げの音色調整)
- 8. クリッパー/ソフトリミッター(ピーク制御、音圧稼ぎ)
- 9. 最終リミッター(True Peak管理とラウドネス目標達成)
- 10. Dither(ビット深度変換時のディザリング)
各モジュールの詳細と実践ポイント
1. ゲインステージング
最初に入力レベルを確認し、プラグインの頭出しでクリップしないようにします。多くの場合、トラックの最大ピークが-6〜-3 dBFS程度になるように調整することで、後段の処理に十分な余裕を持たせられます。
2. ローカット(超低域除去)
20〜40 Hz以下の不要な低域は電源ノイズやサブソニックな不要成分であることが多く、スロープの穏やかなハイパスで除去します。過度に切ると楽曲の余韻や重心が変わるため、必要最小限に留めます。
3. コレクティブEQ(減算)
問題帯域(濁り、金属音、鼻づまり等)をブーストではなくカットで対処するのが基本です。Qを狭めにして対象帯域を特定し、必要量だけ削ります。聴感とスペクトラムの両方で判断します。
4. ダイナミクス(コンプレッション/マルチバンド)
マスター段でのコンプレッションは“整える”目的が主です。スレッショルドは浅め、アタックは楽曲のトランジェントに合わせて調整します。マルチバンドは低域のボディと高域の明瞭性を別々にコントロールできるため、過度な影響を避けつつバランスを整えるのに有効です。
5. サチュレーション/ハーモニクス
アナログ風の温かみや密度感を加えるための処理です。軽いアナログ・モデリングやテープサチュレーションを少量用いることで、リミッターで失われがちな音の生命感を補えます。過度にかけるとミックスが濁るので少量ずつ確認します。
6. ステレオイメージ/M/S(ミッド/サイド)処理
ステレオ幅の調整やサイド成分のEQはステレオイメージを整えるために有効です。M/S処理ではミッドに残すべき重要情報(ボーカル/キック/ベース)を優先し、サイドには空間系やハイエンドを活かすのが基本。ただし極端な広げ過ぎは位相問題やモノ化時の崩れを招くため、必ずモノチェックを行ってください。
7. 最終EQ(微調整)
全体のバランスを整えるための軽いブーストやシェルビングを行います。たとえば上域に空気感をわずかに加えたり、ロー端を軽く持ち上げて楽曲の重心を調整する等です。ここでの操作量は非常に小さくするのが鉄則です(±1〜2 dB 程度)。
8. クリッパー/ソフトリミッター
本格的なリミッティング前に、短時間で発生するピークをコントロールしてリミッターの動作を安定させる目的で用います。トランジェントを活かしながらガッツを出す手法として活用されますが、不自然な歪みを生まないよう注意します。
9. 最終リミッターとTrue Peak管理
ラウドネス目標を達成するための最終段です。ここでの番号設定(スレッショルド、リリース、ポストゲイン)は楽曲ごとに微調整します。重要なのは「True Peak」をチェックすることで、インタープレースサンプルによるクリップを避けます。多くの配信プラットフォームが推奨する目安として、True Peakは-1.0 dBTP 前後に保つのが一般的です(プラットフォームごとに推奨値は異なるので後述の配信節を参照)。
10. ディザ(Dither)
ビット深度を24→16bitに落とす場合などに用いる最終工程で、量子化ノイズを低減し自然なノイズフロアを保ちます。ディザは必ず最終処理で一度だけ適用します(リミッターやその他のダイナミクス処理の後)。
配信プラットフォームとラウドネスの最適化
各ストリーミングサービスはラウドネス正規化を行うため、マスターのターゲットLUFSをプラットフォームに合わせる必要があります。一般に多くのストリーミングは、統合ラウドネス(Integrated LUFS)で-14〜-16 LUFS 程度を目安にしています(サービスにより異なる)。またTrue Peakの上限は一般的に-1.0 dBTP前後が推奨されることが多いです。EBU R128(放送向け)は-23 LUFS を基準としており、放送物とストリーミングでは意図するダイナミクスが異なる点に注意してください。
重要:プラットフォームが正確にどの値を使ってノーマライズしているかは変わることがあるため、最新の公式ガイドラインを確認してください。リファレンス曲を用いて、同じジャンルの商業曲と聴感・メーター双方で比較するのが現実的かつ確実な手法です。
モニタリングとチェックリスト
マスタリング中は以下を定期的にチェックしてください。
- ソース音源のヘッドルームは十分か?(-6 dB 前後の余裕)
- モノチェックで位相崩れがないか?
- 低域のエネルギーは適切か(過剰なローはカット)?
- 過度なピーク抑制でダイナミクスが潰れていないか?
- 最終リミッターでTrue Peakがクリップしていないか?
- 複数の再生環境(ヘッドホン、カーステレオ、スマホ)で均一に聴こえるか?
よくあるミスと回避方法
- 早い段階での過剰なEQやコンプ:ミックスの問題をマスターで無理に解決しようとすると不自然になる。ミックス修正が可能ならそちらを優先。
- リミッター頼みで音圧だけを上げる:バランスの悪い音を大きくしても魅力は伝わりにくい。リミッターは最後の補正として使う。
- モノチェックを怠る:スピーカーやAMラジオで聴いたときに低音や定位が崩れることがあるため必須の確認。
- ディザの誤配置:ディザは必ず最終段に一度だけ施すこと。
実践的なワークフロー例(タイムライン)
1. ミックスの最終バウンス(24bit/48kHz推奨)→ 2. 入力レベル確認とゲイン調整→ 3. コレクティブEQ→ 4. 低域/マルチバンドでバランス→ 5. 軽いサチュレーション→ 6. ステレオ調整→ 7. トーンの最終化→ 8. クリッパー→ 9. リミッターでLUFS/TPを目標に→ 10. 16bit変換時のディザ→ 11. 書き出しとメタデータ付与→ 12. 配信向けプラットフォーム別のチェック
ツールとメーターリング
メーターはLUFS(Integrated、Short、Momentary)、True Peak、位相・ステレオコヒーレンスを確認できるものを用意してください。有名ツールとしては iZotope Insight、Youlean Loudness Meter、SPN、Waves WLM、FabFilter Pro-L の付属メーター等があります。数値は必ず聴感と併用して判断します。
まとめと実用的なアドバイス
- マスタリングチェーンは「修正→形成→色付け→最終化」の流れを意識する。
- ゲインステージングとヘッドルームを確保することが第一。
- コレクティブは減算EQで行い、色付けはわずかに。過剰は禁物。
- リミッターでのTrue Peak制御とLUFSターゲットに注力するが、音色やダイナミクスを犠牲にしない。
- 必ず複数再生環境で確認し、参考トラックと比較する。
実際の現場での応用例
ポップスやロックではビートとボーカルの一体感を優先し、低域の締まりと中域の明瞭性を重視します。クラシックやジャズではダイナミクスを保つためにラウドネスは控えめにし、過度なリミッティングは避けます。エレクトロニカやEDMではサチュレーションやクリッピングを使って音圧感を確保する一方、True Peak管理と歪み制御に注意します。
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参考文献
- EBU R128(放送向けラウドネス基準)
- Spotify for Artists(ラウドネス・ノーマライゼーション情報)
- YouTube ヘルプ(オーディオとノーマライゼーション関連)
- iZotope(マスタリングツールとガイド)
- Bob Katz, "Mastering Audio"(マスタリング理論の定番書)
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