ラウンジトラップとは何か：ラウンジの寛ぎとトラップのビートが織りなす新領域

2025年12月29日 最終更新日時 : 2025年12月29日 エバープレイ編集部

ラウンジトラップとは——定義と概観

ラウンジトラップは明確に一本の歴史を持つ正式なジャンル名というより、ラウンジ音楽（カクテルラウンジやイージーリスニング）的なムードや和声、ジャズ的なサウンドデザインと、トラップ由来のビート／サウンドデザイン（808ベース、ハイハットのロール、スネアのレイヤーなど）を組み合わせたひとつの音楽的アプローチを指す用語です。近年のジャンル横断的な音楽シーンのなかで、チルアウト／ローファイ／チルホップとトラップの要素が接近し、リスナーやクリエイターが便宜上「ラウンジトラップ」と呼ぶケースが増えています。

歴史的背景——ラウンジとトラップの系譜

ラウンジ音楽は1950〜60年代のイージーリスニング、カクテルラウンジ文化から派生したムード音楽で、弦楽器や管楽器、電気ピアノ、ビブラフォンなど温かいアコースティック／エレクトリック楽器が特徴です。一方、トラップはアメリカ南部（特にアトランタ）で2000年代初頭に生まれ、T.I.がアルバム名に用いた"Trap Muzik"（2003年）が語彙としての普及に寄与しました。現代のトラップは808の低域、細かく刻むハイハット、ダークなシンセや大胆なドロップが特徴で、EDM〜ポップ〜R&Bへも広く影響を与えています。

この二つの系譜が直接交差するのは2010年代以降で、ローファイ・ヒップホップやチルホップ、トラップのサブスタイル（トラップソウル、チルトラップなど）の台頭とともに、穏やかなラウンジ的テクスチャとトラップのリズム要素を融合する試みが増えました。

音楽的特徴の詳細

リズムとビート

ラウンジトラップのリズム面では、典型的なトラップの特徴（BPMは概ね60〜90（ダブルタイムで120〜180に相当）／808サブベース／スネアやクラップのスナッピーな音像／ハイハットの16分音符や32分音符のロール）を採用しつつ、全体のグルーヴはリラックス寄りに設計されます。アクセントを強めすぎず、スイングや遅めのテンポで"ラウンジ的なくつろぎ"を保つのがポイントです。

ハーモニーとメロディ

和声進行はジャズやボサノヴァ由来のテンションコード（maj7, m7, 9th, 11thなど）やモード・スケールを多用し、メロディは控えめでムード重視。過度に主張するメロディよりも、コードの色彩やサウンド・レイヤーで雰囲気を作る傾向があります。

音色と編成

主要な音色は以下のような組み合わせです。

  • アコースティック／電気ピアノ（Rhodes、Wurlitzer）
  • 弦楽アンサンブルやパッド系シンセで作る暖かいパッド
  • サックスやトランペットなどのブラス（生演奏サンプルを多用）
  • ビブラフォン、マリンバ、ギターのクリーントーン
  • トラップ由来の808サブベース、スネア、ハイハットのプログラミング

これらを組み合わせることで、"バーの夜"を想起させるムードと現代的なビート感が同居します。

制作テクニック（サウンドデザインとミックス）

サンプルとレコーディング

ラウンジ的な音色は生楽器録音や高品質のサンプルから得られます。ほんのわずかな演奏の揺らぎや膨らみが重要なので、テープエミュレーションやアナログ系のサチュレーションで温かさを付与するのが有効です。逆にトラップ由来の低域はクリーンで明確に保ち、マスクを避けるための側チェインやマルチバンド処理を行います。

ドラムの作り方

キックと808は位相やピッチを調整して干渉を避け、サブ域を強くしながらも他の楽器とぶつからないようにする必要があります。ハイハットは複数レイヤーで作り、スウィングやランダム化を加えて人間味を出します。スネアやクラップはリバーブを短めにかけ、"遠くで鳴るバーの拍手"のような距離感を演出するのが効果的です。

空間処理と定位

ラウンジ的な広がりはリバーブとディレイで作りますが、被写界深度のように楽器ごとに"近い/遠い"を整理することが重要です。中央にボーカルや主旋律、低域はモノで安定させ、パッドや弦はステレオに広げてムードを形成します。

アレンジと構成

ラウンジトラップはポップ／EDMのような大きなビルドとドロップを必ずしも必要としません。多くはイントロでムードを定め、ビートが入ることで雰囲気を引き締め、間奏やブレイクで再びラウンジ的な空間へ戻る構成が多いです。動的な起伏は繊細に扱い、"間"を生かすことで洗練された印象になります。

文化的文脈と受容

ラウンジトラップはナイトライフ（バー、ラウンジ）、カフェ、プレイリスト文化（SpotifyやYouTubeの"chill"系プレイリスト）で受け入れられやすいサウンドです。ローファイ・ヒップホップやチルホップ、トラップソウルなど近接ジャンルと相互作用し、ストリーミング時代の背景音楽需要とシームレスに結びついています。ライブではトラップ由来の弱音部の震え（808）をPAで再現することが課題となる一方、生演奏の要素が加わると差別化しやすく、ジャズ的な即興とトラップのリズムが融合する演奏も見られます。

聞くべき参考例（ジャンル横断的なものを含む）

「ラウンジトラップ」と明確に名付けられた代表作は少ないものの、以下のようなアーティストや領域は近しい要素を持ちます。これらはあくまで"近似例"です。

  • Masego：ジャズ／ソウル的な楽器編成とモダンなビートを併せ持つ。
  • FKJ、Tom Misch：ジャジーでラウンジ寄りのサウンドとエレクトロニックビートの接点。
  • Sango、Kaytranada：ビートメイキングにおけるグルーヴ感と色彩豊かな音色設計。
  • ローファイ・ヒップホップ／チルホップのプレイリスト：ジャズサンプルとヒップホップ由来のビートの融合が頻出。

ラウンジトラップを作るためのステップ・バイ・ステップ（実践ガイド）

  1. テンポ決定：ゆったりめのトラップ系テンポ（BPM60〜90）を基準にする。
  2. 和声の設計：7thや9thを多用したコード進行でムードベースに。
  3. メインパッド／Rhodesで空間を作る：広がりのあるパッドを薄く重ねる。
  4. ドラムの構築：808サブ、短いキック、スナッピーなスネア／クラップ、細かいハイハットロール。
  5. 生楽器やサンプルの差し込み：サックスやブラスのワンフレーズ、生ギターやマリンバなどで色付け。
  6. 空間処理：リバーブとディレイで遠近感を作る。テープサチュレーションで暖かさを加える。
  7. ミックス：低域はモノラルで固め、主要要素の帯域分離とダイナミクスを確保する。

ライブ演奏とDJでの扱い

ライブでは生楽器の即興がラウンジらしさを高める一方、トラップの低域は会場のサウンド特性に大きく左右されます。DJプレイでは、ラウンジトラップは同じテンポ帯のチル／R&Bトラックと混ぜやすく、イントロやアウトロでフィルターやEQを使って滑らかに繋ぐテクニックが有効です。

まとめ——ジャンルというより“ムードの設計”

ラウンジトラップは固定されたルールに縛られるよりも、ムードとリズムの間の"塩梅"を探る作業です。ジャズ的な和声美やアコースティックな質感を活かしつつ、現代的なビート感で引き締めることで、聴き手にほどよい緊張とリラックスを同時に提供できます。制作面では音色選びと空間設計、低域のコントロールが鍵となり、ライブでは生音の温度感とPE（PA）での低域再現が成功の分かれ目になります。

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