R507冷媒(R‑507A)の完全ガイド:特性・設計・施工・規制と代替技術

概要 — R507とは何か

R507(一般にはR‑507Aと表記)は、商業用・業務用冷凍空調分野で広く使われてきたフッ素系冷媒で、かつてのR502の代替として導入されました。主に定温・低温冷凍用途(冷凍食品の貯蔵、スーパーマーケットの低温ケース、輸送冷凍など)での用途が中心です。R502と近似した圧力特性を持ち、既存設備の改造・置換の際に選択されることが多かった冷媒です。

化学的・熱力学的特性

R‑507Aは主に二成分混合物で、代表的な組成は重量比で約50%ペンタフルオロエタン(R‑125)と50%1,1,1‑トリフルオロエタン(R‑143a)です。以下は主要な特性のポイントです。

  • 安全性分類(ASHRAE):A1(低毒性・非可燃)
  • オゾン破壊係数(ODP):0(オゾン破壊効果はない)
  • 地球温暖化係数(GWP):100年視点で約3985(AR4ベースの代表値。評価指標により若干差があります)
  • 沸点:おおむね約−47℃付近(低温冷媒に分類される)
  • 混合特性:ほぼアゼオトロープに近く、実務上は分留(フラクショネーション)による影響が小さいため充填時の取扱いは比較的容易です

主な用途と適用領域

R‑507は低温側の性能が要求される冷凍設備、特に以下のような用途で多く使われてきました。

  • 食品冷凍倉庫・貯蔵庫(低温レンジ)
  • スーパーマーケットの冷凍ケース・ショーケース
  • 冷凍輸送車両や海上コンテナの冷凍ユニット
  • 一部の医薬品冷凍保管設備

既存のR‑502設備のレトロフィット(改造)対象として選ばれることが多く、圧力レベルや冷凍能力がR‑502に類似している点がメリットでした。

設計・施工上のポイント

R‑507を用いる際に設計者・施工者が押さえるべき重要事項を挙げます。

  • 潤滑油:鉱物油との相溶性が低いため、ポリエステル系(POE)潤滑油の使用が基本です。既存システムをR‑507に対応させる場合は、徹底的な洗浄と潤滑油の完全交換が必要です。
  • 冷媒圧力:動作圧はR‑502に近く、圧縮機や配管・安全弁の設計上の許容圧力を満たしているか確認すること。既存装置の最高許容圧力を超えないかを必ずチェックしてください。
  • 膨張弁(サーモスタティック/電子式):蒸発過熱や過冷媒特性が若干異なるため、TXV等は調整または交換が必要な場合があります。メーカーのセットポイントガイドラインに従って調整してください。
  • 充填方法:アゼオトロープに近いため液体・蒸気いずれの充填が許容されますが、漏れや混入のリスクを避けるため製造者推奨の充填手順に従い、冷媒識別器を用いて誤充填を防ぐこと。
  • 配管・機器材の互換性:シール材やガスケット、Oリングなどに使用される材料の相溶性や耐性を確認。POEは一部材料への影響があるため留意が必要です。

施工・保守・点検の実務ガイド

現場での扱い方、保守上の注意点を実務的にまとめます。

  • 回収・再生:高GWP物質であるため、作業時は冷媒回収機で確実に回収し、適正に保管・再生または廃棄すること。多くの国で回収・再生が法令で義務付けられています。
  • 真空引き:改造時は500μm(0.5 Torr)以下のディープ真空が望ましい。水分や不純物を除去するために複数回の真空・バキュームブレイクを行うのが実務上のポイントです。
  • フィルター/ドライヤー交換:改造時や冷媒入れ替え時には必ずフィルター/ドライヤーを新品交換してください。POEは水と反応して酸生成につながるため除湿管理が重要です。
  • リーク検知と定期点検:高GWP冷媒は漏洩時の環境影響が大きいため、定期的なリーク検査(電子式リークディテクタや固定式検知器の設置)が推奨されます。検査頻度は設備容量や法令に従って決定します。
  • 安全対策:A1分類ですが、閉所での大量漏洩は窒息リスクや視界不良を生じるため、換気設備・個人用保護具(保護手袋・保護眼鏡)・適切な作業手順を遵守してください。

レトロフィット(既設R502→R507)の注意点

R502からR507への改造は比較的シンプルとされる場合が多いですが、以下は必ず確認すべき項目です。

  • 潤滑油の完全交換(鉱物油→POE)。油の混在は性能低下やコンプレッサー損傷の原因となります。
  • 配管内の洗浄(フラッシング)とフィルタ/ドライヤーの交換。
  • 圧縮機・熱交換器の運転条件の確認。メーカー承認があるか、過負荷や過熱にならないかを確認すること。
  • バルブ・制御設定の再調整(特に過熱・過冷制御)。
  • 冷媒ラベリングと使用記録の更新(法令順守のため)。

環境規制と将来動向

R‑507はGWPが高いため、国際的には段階的に使用削減の対象となっています。モントリオール議定書の改正(キガリ改正)や各国のF‑gas規制により、HFCの生産・消費量は削減目標が設定されています。欧州連合(EU)ではF‑gas規則に基づく段階的削減と新設機器での制限が進んでおり、各国でも代替冷媒への移行支援や規制が強化されています。

日本においてもフロン排出抑制法や回収・再生のルール、事業者の点検義務などが適用されます。将来的にはR‑507のような高GWP冷媒は新規導入での選択肢が狭まる見込みです。

代替冷媒の選択肢(現実的な代替案)

R‑507の代替としては下記のような選択肢があります。選定は用途、設備規模、運用条件、法規制、経済性、安全性(可燃性や毒性)を総合的に評価して行う必要があります。

  • HFOやHFO/HFCブレンド(例:R‑448A、R‑449Aなど)— GWPが大幅に低減され、レトロフィット向けの選定設計が進んでいますが、圧力・容量・油の相溶性などの差異に注意が必要。
  • CO2(二酸化炭素、R‑744)— GWPは1で環境負荷が小さい。トランジショナルコストやトランスクリティカル運転の設計上の考慮が必要で、主に新規大規模設備や特定用途で採用が増加。
  • 炭化水素(プロパン R‑290 等)— GWP極めて低いが可燃性のため安全上の制約(充填量制限)や設備設計が必要。
  • アンモニア(R‑717)— 業務用大規模冷凍で有効だが毒性・腐食性・可燃性(自己酸化)等、設備設計と安全対策が厳格。

いずれの代替案も「ドロップイン(単純置換)」が可能な場合と不可の場合があり、システムの全面的な見直し(コンプレッサー選定、熱交換器の再設計、制御系の変更など)が必要になることが多い点に注意してください。

実務者への提言(まとめ)

R‑507はかつて多くの低温冷凍系で標準となった冷媒ですが、高GWPのため今後は代替への移行が必須となります。現場での対応方針は次のとおりです。

  • 既存設備の短〜中期運用では、確実な保守管理(リーク防止、回収、適正充填)を徹底する。
  • 設備更新時や大規模改修時には低GWP冷媒(HFOブレンド、CO2等)を含む長期的視点での代替検討を行う。
  • レトロフィットを行う場合はメーカーガイドライン、法令、および潤滑油・部材互換性を厳守すること。安易なドロップインは避ける。
  • スタッフ教育と記録管理を徹底し、法令(回収・再生、点検義務など)に適合した運用体制を整備する。

参考文献