R744(CO2冷媒)の特性・設計・適用事例:建築・土木で知っておくべき技術と実務上の留意点
はじめに
近年、冷媒の環境負荷低減が世界的な課題となる中で、自然冷媒である二酸化炭素(R744、以下「CO2」)の採用が建築・土木分野の冷暖房・給湯・業務用冷凍冷蔵設備で急速に拡大しています。本稿ではCO2冷媒の基礎特性、冷凍サイクル上の特徴、設計上の利点と課題、システム構成・制御手法、実務上の安全・規格対応、代表的な適用例までを詳しく解説します。
R744(CO2)の基本特性
R744は化学的には二酸化炭素であり、冷媒としての主な特性は以下の通りです。
- 化学式/分子量:CO2/約44.01 g·mol−1
- 地球温暖化係数(GWP100):1(基準)
- オゾン破壊係数(ODP):0
- 臨界点:臨界温度約31.1℃、臨界圧力約7.38 MPa(73.8 bar)
- 常圧では固体(ドライアイス)になるため、実運転は高圧下または超臨界領域で行われる
- 安全性分類:ASHRAE規格でA1(低毒性・非可燃)に分類されるが、高濃度吸引による窒息リスクあり
熱力学的特徴と冷凍サイクルの分類
CO2冷媒は臨界温度が低いため、外気温が高いとガス状態で熱交換される「トランスクリティカル運転」になる一方、低温側では従来のサブクリティカル(液化・蒸発)運転も可能です。トランスクリティカルでは凝縮(condensation)が起こらないため「ガスクーラー(gas cooler)」で冷却し、圧力制御が効率に直結します。
CO2の利点としては比熱・熱伝達係数が高く、熱交換器の小型化や高い熱交換効率が期待できること、また冷媒の「容積冷凍能力」が大きいためコンパクトな機器設計が可能な点が挙げられます。反面、質量流量が大きくなるため配管・圧縮機の体積流量設計や油戻り、圧力損失対策が重要になります。
設計上の利点
- 環境負荷が極めて小さい(GWP=1, ODP=0):規制対応が容易で、長期的な運用コストの不確実性が低い。
- 高い熱伝達性能:熱交換器を小型化できるため、機器サイズと冷媒量の削減に寄与する場合がある。
- 広範な用途性:スーパー(店舗)冷凍、ヒートポンプ給湯(エコキュート)、工業冷却、集合冷暖房など多様な応用実績がある。
- 高温側での利用による効率性:ヒートポンプ用途では高温の熱源が得られるため給湯や床暖房など高温側需要への適用が容易。
実務上の課題と対策
CO2導入における代表的な課題と、現場で実施されている対策は次の通りです。
- 高圧設計の必要性:臨界圧力が約7.38 MPaであるため、トランスクリティカル運転ではガス側が80〜120 bar(8〜12 MPa)程度の高圧になることが多く、バルブ・配管・熱交換器・圧縮機は高圧設計が必須です。対策としては高圧対応部材の選定、溶接品質管理、強度設計(安全係数の確保)を徹底します。
- 圧縮機・容積流量の最適化:CO2は質量流量が大きくなるため、容積効率の高いスクロールやピストン圧縮機、あるいは多段圧縮やブースター方式などが用いられます。近年は並列圧縮、段圧縮(段付きブースター)やエジェクター併用により効率改善を図る技術が成熟しています。
- 油管理:CO2は一部の潤滑油と相溶性(miscibility)があり、油の挙動が冷凍サイクル効率やコンプレッサ寿命に影響します。専用の油種選定、油セパレータやオイルリターン制御(ドリップ・ポイント設計)を適切に行う必要があります。
- 制御の複雑さ:ガス圧による効率変動が大きいため、ガス圧制御(ガスバルブ)、バイパス、エジェクター、並列圧縮機制御など高度な制御アルゴリズムが必要です。近年はインバータ制御や高度な制御ロジックの導入が進んでいます。
- 安全対策:CO2は無色・無臭であり高濃度漏洩時に窒息の危険があるため、換気設計や冷媒漏洩検知器、避難基準の整備が必須です。居室に設置する場合は特に配慮が必要です。
代表的なシステム構成と技術
用途により採用されるシステムが異なりますが、主な構成と特徴は以下の通りです。
- ブースター方式(Booster):低温側を複数段に分けて効率化し、食品冷蔵・冷凍庫で多く用いられる。温度差の大きい用途で高効率を発揮。
- トランスクリティカルヒートポンプ:ガスクーラー圧力最適化により給湯など高温側の熱供給を行う。日本で普及している「エコキュート(CO2ヒートポンプ給湯機)」が代表例。
- カスケードシステム(NH3/CO2等):高温側にNH3(アンモニア)、低温側にCO2を用いることでそれぞれの利点を活かすハイブリッド構成。大型冷凍プラントや産業冷凍で採用例が多い。
- エジェクター併用:トランスクリティカル運転での圧力回収や膨張損失低減のためにエジェクターを用い、システム効率を向上させる手法。
- 並列圧縮と機械的サブクーリング:部分負荷時の効率低下を抑えるため、並列圧縮機や機械的なサブクーラー(外部冷媒との熱交換)を用いることがある。
施工・維持管理上の留意点
- 高圧配管の溶接・検査:高圧下での接合部は厳密な溶接品質管理と耐圧試験が必要。EN378や各国の圧力容器規格に準拠する。
- リーク検知と換気:二酸化炭素検知器の設置、非常時の強制換気や遮断手順の明確化を行う。特に地下室や機械室は換気設計を重視。
- メンテナンス頻度:圧縮機や油分離器、熱交換器の点検・清掃を定期的に実施し、油循環や冷媒充填量の管理を厳格化する。
- 技術者の教育:高圧冷媒特有の知識(圧力・安全弁選定、異常時挙動、緊急遮断手順など)についての訓練が不可欠。
法規制・安全基準
CO2冷媒の利用に当たっては国際・国内の規格や規制に従う必要があります。代表的なものは以下です。
- ASHRAE規格(安全分類や機器設計指針)
- EN 378(冷凍設備の安全規格)およびISO 5149(冷凍設備の安全要求)
- 各国の圧力容器規則や建築設備基準:高圧機器の設置場所や防護措置、非常用換気の要求など
- 国際的にはKigali修正(モントリオール議定書の修正)によるフロン系冷媒の段階的削減が進行中で、低GWP冷媒への移行が促進されている
代表的な適用事例
実用例としては以下のようなものがあります。
- スーパーマーケット冷凍冷蔵:ブースター方式による店舗全体の冷凍・冷蔵をCO2で賄う事例が欧州・日本で多数。熱回収を活用して給湯や暖房に利用。
- 家庭・業務用給湯(エコキュート):日本で普及したCO2ヒートポンプ給湯は高効率で温暖化対策に有効。
- 自動車空調:自動車のマックシステムではR1234yfの導入が進む一方、特定用途でのCO2検討もある(主に冷凍車など)。
- 産業用プロセス冷却・温度管理:薬品や食品工場などでの低温・中温帯冷却において高効率を発揮。
- 地域冷暖房・ヒートポンプシステム:高温側出力を活かした地区熱利用のプロジェクトも増加。
まとめと今後の展望
CO2(R744)は低GWPであり、環境規制が厳格化する中で重要な選択肢となっています。臨界点が低いことに伴うトランスクリティカル運転や高圧設計など独特の技術的課題はあるものの、エジェクターや並列圧縮、最適なガス圧制御といった技術の成熟により効率性は向上中です。建築・土木領域では、店舗冷凍、給湯、産業冷却のみならず、ヒートポンプを活用した地域熱利用など応用範囲の拡大が期待されます。
設計・施工段階での高圧配管・機器選定、保守点検の仕組み、緊急時の換気・検知体制を十分に整備することが安全で効果的な導入の鍵です。規格・法令の最新動向を踏まえ、設計者・施工者・施設管理者が連携して実運用性の高いシステムを構築することが重要です。
参考文献
- R-744 (Wikipedia)
- International Institute of Refrigeration (IIR) — CO2 resources
- ASHRAE (American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers)
- ISO 5149 — Refrigerating systems and heat pumps — Safety and environmental requirements
- European Commission — F-gas Regulations
- UNEP — Kigali Amendment and refrigerant policy
- Sanden — CO2 heat pump (EcoCute) product information (日本)
- J-STAGE(冷凍空調関連の学術論文・報告)
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