磁気ディスク(HDD)とは?仕組み・構成・記録方式からHAMR/MAMRなど最新技術まで徹底解説
磁気ディスクとは — 概要
磁気ディスク(じきディスク)は、磁性体でコーティングされた円盤(プラッタ)に磁化パターンを刻むことでデジタル情報を記録・保持する記憶媒体です。代表的な製品としてはハードディスクドライブ(HDD)やかつてのフロッピーディスク、ZIPディスクなどがあり、現代では主にHDDが大容量・低コストの二次記憶装置として広く使われています。
歴史的背景
磁気ディスクは商用としては1956年にIBMのRAMAC(IBM 350 Disk Storage Unit)で登場しました。初期の磁気ディスクは大型で容量は数メガバイトでしたが、その後の技術革新(磁性材料、ヘッド技術、空間記録方式、読み出しチャンネル、集積回路の進化)により記憶密度と信頼性が飛躍的に向上し、現代では数テラバイト(TB)級のディスクが一般化しています。
基本原理(磁性の基礎)
- 磁区(ドメイン):磁性体は多数の微小な磁区に分かれ、それぞれの磁化方向をビット情報として扱います。
- 残留磁化(remanence)と保磁力(coercivity):情報の保持能力は残留磁化と保磁力に依存します。高い保磁力は外乱に強く長期保存に有利ですが、書き込み時により強い磁界が必要になります。
- ヘッドによる書き込み・読み出し:書き込みは磁気ヘッドが局所的に磁化を反転させること、読み出しは磁化変化によって誘起される電圧(あるいは磁気抵抗の変化)を検出することによります。現代の読み出しには磁気抵抗効果(GMR/TMR: Giant/ Tunnel Magnetoresistance)を用いるのが一般的です。
磁気ディスクの構成要素
- プラッタ:データ記録面。アルミニウムやガラスなどの基材に磁性薄膜(合金)を蒸着し、保護コーティングや潤滑層が施される。
- スピンドル(回転軸)/スピンドルモータ:プラッタを回転させるモーター。回転数は主に5,400/7,200/10,000/15,000 rpmなどが製品により異なる。
- ヘッド(磁気ヘッド):データの読み書きを行う。飛行するヘッドはプラッタ表面から数ナノメートル〜数十ナノメートルの高さで「浮遊」し、微小な空気ベアリング(回転による空気流)で浮かぶ。
- アクチュエータ(ヘッド位置決め機構):ヘッドを半径方向に移動させ、トラックに合わせて位置決めする。ボイスコイルモータ(VCM)が一般的。
- コントローラ/読み出しチャンネル:信号処理(プリアンプ、PRML/読取検出、ECC)、インターフェース処理(SATA/SAS)を担う。
- キャッシュ(DRAM):一時的なデータ格納や書き込みの最適化に使用。
記録方式の進化
磁気ディスクの記録方式は大きく分けていくつかの世代があります。
- 縦磁気記録(Longitudinal):磁化が面内に配向する古い方式。高密度化の限界があり、2000年代に主流から退きました。
- 垂直磁気記録(Perpendicular Magnetic Recording:PMR):磁化が垂直方向に配向する方式で、2000年代に商用化され、同じ面積あたりの記録密度を大きく向上させました。
- シングルドメインと微細化:磁区の微細化はトラック幅の狭小化とビット密度の向上をもたらしますが、小さくしすぎると熱の影響でビットが壊れる(熱揺らぎ)問題が出ます。
- SMR(Shingled Magnetic Recording):トラックをわずかに重ねることでトラック幅を実質的に狭め、高密度化を図る方式。書き込み時に広い領域を書き換える必要があるためランダム書き込み性能にペナルティがあります。
- HAMR(Heat-Assisted Magnetic Recording)・MAMR(Microwave-Assisted Magnetic Recording):熱やマイクロ波で局所的に保磁力を下げて高い保磁力材料に書き込む先端技術。より高い記録密度(将来的な数Tb/in²)を狙う技術で、商用化が進められています。
データ配置と制御技術
- ゾーンビット記録(ZBR):外周ほど線速度が速いため、外側トラックにより多くのセクターを割り当てるゾーン方式で総容量を最大化します。
- 論理アドレス(LBA)と物理アドレス:OSが扱うLBAと磁気ディスクの物理トラック/セクターのマッピングはコントローラが管理します。物理配置は不均一で、寿命管理や不良セクタのリマップが行われます。
- サーボ制御:ヘッドの正確な位置決めにはサーボ信号(アイランドサーボや埋め込み式サーボ)が必要です。これによりトラック間をミクロ精度で往復します。
- エラーチェックと訂正:近年はLDPC(Low-Density Parity-Check)など高度な誤り訂正符号を採用し、物理的エラーの訂正能力を高めています。
性能指標
- シークタイム:ヘッドが目標トラックに移動する時間。平均シーク時間は数ミリ秒(ms)オーダー。
- 回転遅延(ローテーショナルレイテンシ):必要なセクタがヘッド下に来るまでの待ち時間。回転数に依存し、例えば7200 rpmでは平均約4.17 ms。
- スループット(転送速度):外周と内周で変化し、連続読み書き速度は数十〜数百MB/s程度(ドライブ世代に依存)。
- IOPS:ランダムアクセス性能はSSDに比べて低く、特にランダム小アクセスはHDDが弱い。
- MTBF/年間故障率:メーカー公称の信頼性指標があるが、実使用環境での故障モデルは複雑。SMART(Self-Monitoring, Analysis and Reporting Technology)で予兆検知を行うことが一般的。
信頼性と故障モード
磁気ディスクの主な故障原因には以下があります。
- ヘッドクラッシュ:ヘッドとプラッタが接触して磁性層を物理的に損傷する。現代のドライブはラッピング/ランプロード方式や高度な潤滑層で対策。
- 機械的摩耗・振動・衝撃:回転部品やベアリングの劣化、衝撃による読み書き不良。
- 電子系障害:コントローラ回路、ヘッドアンプなどの故障。
- 媒体劣化:長期保存で磁気信号が薄れる事例や表面の腐食・剥離。
運用面では温度、湿度、振動、電源品質が信頼性に影響します。RAIDやバックアップで冗長化を行うのが基本です。
製造と素材
プラッタはクリーンルームで基材(アルミ合金やガラス)にスパッタリングなどの物理蒸着法(PVD)で磁性合金(FePt など)や結合層、保護炭素膜(DLC)を積層し、潤滑剤を塗布します。ヘッドは磁気トンネル接合(TMR)など微細加工技術で作られ、アセンブリ後に厳格なテストと微調整が行われます。
現代の実装と使い分け(HDD vs SSD)
- 強み(HDD):コスト当たり容量が低廉で、大容量アーカイブやバックアップ、容量重視のサーバ/クラウドストレージに適する。
- 弱み(HDD):物理アクセスの制約により高いランダムIO性能が得られない。起動や小さなランダム書き込みでSSDより遅い。
- ハイブリッド運用:頻繁アクセスデータはSSD、コールドデータはHDDに置く階層化(tiering)が一般的。
最新技術と将来展望
- HAMR / MAMR の商用化:従来の垂直記録の限界を超えるため、熱やマイクロ波で局所的に磁気特性を変化させて書き込む技術が進展しており、大容量化を牽引しています。
- SMR の用途拡大:クラウドやコールドストレージで容量単価を下げるための選択肢として採用が広がる一方、書き込み特性の制約から用途の制限がある点に注意が必要です。
- 読み出しチャネルの高度化:PRML、Viterbi検出、LDPC 等の信号処理・誤り訂正技術の進歩は記録密度向上に不可欠です。
運用上の注意点
- バックアップと冗長化:物理的故障に備えたバックアップは必須。
- 温度管理:高温は劣化を早めるため、適切な冷却と環境管理を行う。
- 用途に応じた選択:ランダムIOが多いDBや仮想化環境はSSD/高速ドライブ、シーケンシャル大量保存はHDDが向く。
- ファームウェアと互換性:SMRドライブや特殊ファームウェアを持つ製品は用途に応じた確認が必要。
まとめ
磁気ディスクはその原理自体はシンプルながら、磁性材料、ヘッド・空間制御、信号処理、製造プロセスの総合技術により高度化した複合的な製品です。容量当たりのコスト優位や長期的なスケーリング技術(HAMR/MAMR、SMRなど)により、今後もしばらく大量データの保存手段として重要な地位を占め続けると見られます。一方で用途に応じた適材適所、冗長化とバックアップ運用は引き続き重要です。
参考文献
- ハードディスクドライブ - Wikipedia(日本語)
- Perpendicular recording - Wikipedia (英語)
- Shingled magnetic recording - Wikipedia (英語)
- Heat-assisted magnetic recording - Wikipedia (英語)
- Seagate Tech Insights(Seagate の技術紹介)
- Western Digital - Technology(技術情報)
- IBM Archives - The first commercial disk storage (RAMAC)
- SMART (Self-Monitoring, Analysis and Reporting Technology) - Wikipedia (英語)


