Fortranとは|歴史・言語特徴・主要コンパイラ・HPC活用までわかるモダンFortran入門
Fortranとは — 歴史と概要
Fortran(かつては大文字で FORTRAN と表記)は、数値計算や科学技術計算向けに設計された高水準プログラミング言語です。名前は「Formula Translation」の略で、1950年代半ばにIBMのジョン・バックカス(John Backus)率いるチームによって開発され、1957年に最初の実装が登場しました。Fortranは初期の高水準言語の一つであり、コンパイラの最適化や数値計算の生産性向上に大きく寄与してきました。
簡潔な年表(主なマイルストーン)
- 1957年:初期のFORTRAN(FORTRAN I)リリース。
- 1966年:最初の公式規格である FORTRAN 66(ISO規格の前身となる標準化作業)。
- 1978年:FORTRAN 77(広く普及したバージョン)。
- 1991年:Fortran 90(モジュール、配列操作、自由形式ソースなど大改良)。
- 1997年:Fortran 95(小改良、標準の洗練)。
- 2004年:Fortran 2003(オブジェクト指向、C連携の標準化など)。
- 2010年:Fortran 2008(コアレイ並列、DO CONCURRENT 等の導入)。
- 2018年:Fortran 2018(並列機能の改善と標準の整備)。
言語の特徴と設計思想
Fortranは、数値演算と配列操作を効率的に書けるように設計されています。コンパイラが有効な最適化を行いやすい言語仕様を持ち、特にループや連続メモリ上の配列アクセスに対して高速に動作することが期待されます。
- 配列計算の表現力:配列そのものを演算の第一級の対象として扱える(配列のスライス、要素毎演算など)。
- 豊富な数値型と精度管理:実数・複素数の精度指定や演算規則が整備されている。
- モジュールと名前空間:Fortran 90以降は module によるデータおよび手続きのカプセル化が可能。
- 動的メモリ管理:allocatable 配列やポインターにより可変長データ構造を扱える。
- モダン機能:オブジェクト指向(type と type-bound procedures)、手続きポインタ、ISO_C_BINDING による C 連携など(Fortran 2003以降)。
- 並列機能:Coarray Fortran(CAF)や DO CONCURRENT による並列・並行処理機能(Fortran 2008/2018 で整備)。
標準規格と互換性
Fortranは長年にわたり標準化が続けられており、各規格で後方互換性を保つ努力がなされています。ただし、旧来の固定形式(列位置に依存するソース)など過去の慣習も存在するため、古いコードを扱う場合はソース形式に注意が必要です。モダンなFortran(Fortran 90以降)のスタイルに移行することで可読性や保守性が大きく向上します。
実装(コンパイラ)とエコシステム
主要なFortranコンパイラには以下のようなものがあります。各コンパイラは最適化や標準サポート、ベンダー固有の拡張を提供しており、HPC(高性能計算)向けの最適化性能が重要視されています。
- GNU Fortran(gfortran) — GCCの一部でオープンソース、広く利用される。
- Intel Fortran(Intel oneAPI / ifort/ifx) — Intelの最適化を提供、CPU向け高速化が強み。
- NAG Fortran — 正確性重視の商用コンパイラ(診断機能が豊富)。
- IBM XL Fortran, NVIDIA(旧PGI)コンパイラなど — 大型計算機やGPU向けの最適化を提供。
- LLVM系(Flang、LFortranなど) — LLVM基盤での実装や対話的なREPLを目指す新興プロジェクト。
用途と強み・弱み
Fortranの強みは数値計算に特化した表現力と、コンパイラによる高い最適化効果です。そのため科学技術計算、流体力学(CFD)、気候・天気予報、計算物理、計算化学、数値線形代数ライブラリなど広範な分野で利用されています。多くの古典的かつ重要なライブラリ(BLAS、LAPACK、ScaLAPACK など)は Fortran で実装されています。
- 長所:高速な数値実行、配列操作の表現、豊富な既存コード資産、HPCにおける成熟した最適化。
- 短所:言語習得の古い慣習(固定形式など)、文字列処理や汎用アプリ開発での利便性は現代言語に劣る場合がある、しかしモダンFortranでは多くが改善されている。
現代のFortran(モダンFortran)
Fortran 90以降は大きな進化を遂げ、モジュール化、ユーザ定義型、再帰、動的配列、ポインタ、内蔵関数による配列演算などが導入されました。Fortran 2003でのオブジェクト指向と ISO_C_BINDING による C インターフェース標準化により、C/C++との連携が容易になり、既存のライブラリ資産を活用しつつ新しい開発が可能になっています。Fortran 2008/2018では並列実行に関する機能強化(coarrays、DO CONCURRENT、同期・チーム機能の整備など)も行われ、スーパーコンピュータ向けのコード開発がしやすくなりました。
実例:簡単なモダンFortranコード(配列演算とモジュール)
module math_utils
implicit none
contains
pure function norm2(vec) result(res)
real(kind=8), intent(in) :: vec(:)
real(kind=8) :: res
res = sqrt(sum(vec*vec))
end function norm2
end module math_utils
program demo
use math_utils
implicit none
real(kind=8), allocatable :: a(:)
integer :: n, i
n = 5
allocate(a(n))
a = [(real(i,8), i=1,n)] ! 1.0,2.0,... の配列
print *, 'vector:', a
print *, '2-norm:', norm2(a)
deallocate(a)
end program demo
このコードはモジュールを使った再利用可能な関数と配列の演算を示す、Fortran 90以降の書き方です。
C言語との連携(ISO_C_BINDING)
Fortran 2003で導入された ISO_C_BINDING を使うと、C の関数やデータ型と直接やり取りできます。これにより既存の C ライブラリを容易に呼び出したり、逆に Fortran コードを C/C++ から利用したりできます。例えば、C 側で定義した関数を Fortran から呼ぶ際のインターフェース指定などが標準により定義されています。
性能チューニングとコンパイラ最適化
Fortranコードの性能は言語仕様だけでなく、配列のメモリ配置(連続性)、ループ構造、副作用の少ない(pure)関数の利用などによって大きく影響されます。コンパイラはループのベクトル化、ループ交換(loop interchange)、ループ展開、並列化のヒューリスティクスなど高度な最適化を行うため、コードの書き方次第で大きな性能差が生まれます。プロファイリングとコンパイラの最適化オプション(例:-O3, -Ofast, -march 等)の組み合わせで性能改善を図ります。
コミュニティと今後の展望
Fortranは長年にわたり科学技術計算の基盤として根強い利用があり、活発なコミュニティや継続的な標準化活動があります。近年はLLVMベースの実装(Flang)、対話的な LFortran、モダンなパッケージ管理やモジュール共有を目指す fortran-lang プロジェクトなど、エコシステムの刷新も進んでいます。並列計算や異種アーキテクチャ(GPU等)対応も重要な課題で、ベンダーやコミュニティ双方での取り組みが続いています。
まとめ
Fortranは「古い言語」ではありますが、数値計算・HPC分野での強み(高速性、豊富な既存資産、標準化された機能群)により現在も広く使われています。モダンな標準は言語表現力と保守性を向上させており、C連携や並列機能の整備により新規開発や既存資産の活用が容易になっています。科学技術計算の分野で高性能を得たい場合、Fortranは依然として有力な選択肢です。
参考文献
- Fortran-lang(公式コミュニティリソース)
- Fortran — Wikipedia
- GNU Fortran (gfortran) — GCC
- Intel Fortran(Intel oneAPI)
- LFortran — Interactive Fortran interpreter/compiler
- Flang — LLVM Fortran front-end
- John Backus — Wikipedia(FORTRAN の開発者について)
- BLAS / LAPACK — 数値線形代数ライブラリの概要(多くが Fortran実装)


