力制御の基礎と実務:インピーダンス・アドミタンス・ハイブリッド制御と安全設計の実践ガイド
力制御とは何か — 定義と目的
力制御(りょくせいぎょ、force control)は、ロボットや機械システムが作業対象と接触・相互作用するときに「力(あるいは力とモーメント)を制御する」ための技術と手法の総称です。位置や姿勢を忠実に追従する「位置制御」と対比され、力制御は接触力を所望の値に維持したり、対象物の反力に応じて柔軟に動作を変えることを目的とします。
なぜ力制御が必要か(利点・適用シーン)
- 不確定な接触環境:対象物の位置・形状・剛性が厳密にわからない組立や挿入作業で、過大な力を加えず確実に接触を完了させるため。
- 表面加工や仕上げ:研磨・塗布・研削などで一定の接触力を保つことで品質を確保。
- ヒューマンロボットインタラクション:人との安全な共働作業で衝撃や過負荷を防ぐためのコンプライアンス(柔らかさ)実現。
- 医療・触覚フィードバック・遠隔操作:力情報を使って繊細な操作や触感の再現を行う。
力制御と位置制御の違い
位置制御はエンドエフェクタの位置・姿勢を目標値に追従させることを重視します。接触が発生すると環境からの反力で目標追従が困難になり、力が大きく発生する危険があります。一方、力制御は接触による力(または力の成分)を目標化し、位置は力目標に従うか、あるいは力と位置を同時に扱うハイブリッドな方式で制御します。
主な力制御手法
- ハイブリッド力/位置制御
代表的な初期手法で、作業空間を「力を制御する方向」と「位置を制御する方向」に明確に分割して、それぞれ独立に制御する。Raibert & Craig(1981)らの提案に由来する考え方で、面に沿って位置を制御し法線方向は力を制御する、などの使い方が典型。 - インピーダンス制御(Impedance Control)
Hogan(1985)が提唱。ロボットのエンドエフェクタ挙動を仮想的な質量・ダンパ・ばね(インピーダンス)で記述し、外力に対する運動応答を設計する。力を直接追従するのではなく力-変位関係を指定するため、接触環境に対して「柔らかさ」を持たせられる。 - アドミタンス制御(Admittance Control)
インピーダンスの双対概念で、外力を入力として目標運動(速度や位置)を生成する方式。力センサからの力信号を受けてロボット側の参照位置を調整する場合などに使われる。 - モデルベース制御・適応制御・ロバスト制御
接触ダイナミクスや摩擦などの不確かさに対してモデル化や適応則、ロバスト設計を組み合わせて安定性と性能を両立させる手法群。 - 学習ベース手法
深層学習や強化学習を用いて、力制御のポリシーやパラメータをデータから獲得する研究が活発。特に複雑な接触・摩擦特性の下で有効。
センサとアクチュエータ(ハードウェア面)
- 力/トルクセンサ(6軸F/Tセンサ)
エンドエフェクタ直前に取り付けることで接触力を高精度に計測。ATIなどの製品が広く使われる。ダイナミクス補正やオフセットキャリブレーションが重要。 - 触覚・圧力センサ
触覚センサやタクタイルセンサは、接触位置・面積・圧力分布を取得でき、精密な操作に有効。 - トルク制御・コンプライアントアクチュエータ
トルク制御可能なモータやシリーズエラスティックアクチュエータ(SEA)は、直接トルク(力の源)を制御できるため高性能な力制御が可能。
設計上の重要概念:剛性、インピーダンス、安定性
力制御では「剛性(stiffness)」「減衰(damping)」「質量(inertia)」などの概念が設計パラメータになります。高剛性は精密な位置追従を可能にしますが、接触時の過大な衝撃を生じやすく安定性を損なう場合があります。適切な減衰やインピーダンス設計、パッシビティ(外部エネルギー吸収性)を意識した制御設計が安全で安定した挙動につながります。
実装上の注意点(IT/ソフトウェア面)
- リアルタイム性
力制御は高速なループ(数百Hz〜数kHz)を必要とする場合が多く、リアルタイムOSやハードリアルタイム環境、低遅延通信(EtherCATなど)が重要。 - フィルタリングと信号処理
力センサのノイズや慣性力成分を除去するためのローパスフィルタ、コプラド(慣性補償)、カルマンフィルタやウィンドウ平均などの活用が必須。 - キャリブレーションと重力補償
エンドエフェクタやツールの重みは力センサに影響するため、ツールオフセットの校正とロボットの姿勢に応じた重力補償が必要。 - ミドルウェアとライブラリ
ROS/ROS2(ros_control / ros2_control)、シミュレータ(Gazebo、PyBullet)やハードウェアドライバを組み合わせて試験・開発するのが一般的。
安全性と規格
産業用・協働ロボットの力制御では安全規格が重要です。代表的にはISO 10218(産業用ロボットの安全要件)やISO/TS 15066(協働ロボットの安全性、接触力の限界など)が参照されます。力制御の設計はこれらの基準を踏まえ、過大力発生時のフェイルセーフや監視機構を組み込むことが必須です。
代表的な応用例
- 精密組立・挿入(コネクタ挿入、ネジ締め前の位置合わせ)
- 表面処理(ポリッシング、塗布、研削)で一定力を維持
- ハンドリングでの衝撃吸収や物体把持の力最適化
- 協働作業(人とロボットの安全な接触)
- 遠隔操作・ティレプレゼンス(力フィードバックによる触感再現)
実装手順の概略(現場向けチェックリスト)
- 目的と制御対象(力成分・方向)を定義する
- 使用するセンサ・アクチュエータを選定・取り付ける(F/Tセンサの位置は重要)
- 重力・慣性補償のモデル化とキャリブレーションを行う
- 適切な制御方式(インピーダンス/アドミタンス/ハイブリッド等)を選ぶ
- フィルタリング・遅延対策を施し、実機で低速から段階的にチューニングする
- 安全監視(閾値超過時の停止、イマージェンシー措置)を実装する
- シミュレーションで事前検証(Gazebo等)を行い、実機で最終確認
現在の研究トピックと今後の方向性
- 触覚センサと視覚の高次融合による高精度な接触推定
- 学習ベースの適応力制御(少データでの迅速適応、転移学習)
- ソフトロボティクスと組み合わせた安全かつ高性能な力制御
- 人間と協調するための予測的力制御・意思推定
まとめ
力制御は接触を伴うロボット作業を安全かつ高品質に行うための重要な技術で、インピーダンス制御やハイブリッド力/位置制御など複数の手法が存在します。実装には高いリアルタイム性、適切なセンサ配置とキャリブレーション、そして安全設計が不可欠です。近年は学習ベースや触覚センサの進展に伴い、より高度で柔軟な力制御システムが実用化されつつあります。
参考文献
- Impedance control — Wikipedia(Hogan のインピーダンス制御の概説)
- Force control (robotics) — Wikipedia(力制御の概説と歴史)
- Series elastic actuator — Wikipedia(力制御に有利なアクチュエータ種)
- ros_control — ROS Wiki(実装ミドルウェアの情報)
- ros2_control — GitHub(ROS2用コントロールフレームワーク)
- Gazebo — Robot Simulation(シミュレーション環境)
- PyBullet — Physics Simulation(シミュレーションおよび学習との連携)
- ISO 10218 — Robots and robotic devices — Safety requirements for industrial robots
- ISO/TS 15066 — Collaborative robots — Safety requirements
- ATI Industrial Automation — Force/Torque Sensors(産業用F/Tセンサの代表例)


