トルク制御の基礎から実務まで:FOC・DTC・SEAで実現する高精度モータ制御

トルク制御とは—定義と重要性

トルク制御とは、モータやアクチュエータが出力する回転トルク(回転力)を直接的に目標値へ追従させる制御方式の総称です。位置制御や速度制御と対比されることが多く、外力と協調した「力制御」や、コンプライアンス(柔らかさ)を求められるロボット・協働機器、トルクを厳密に管理する締付けや試験装置、電気自動車のトルクベクタリングなどで不可欠な技術です。

基礎物理と数式

電気モータでは一般に電気入力(電流)がトルクに変換される。代表的な単純モデルは次の通りです。

  • 直流・ブラシレス・PMSM(表面磁石)等の簡易モデル:τ = Kt × I(τ:トルク、Kt:トルク定数、I:電機子・q軸電流)
  • PMSMのd–q座標でのより一般的な式:Te = (3/2)·p·(ψm·iq + (Ld − Lq)·id·iq)、表面磁石(非顕著極)では id=0 として Te ≃ (3/2)·p·ψm·iq が成り立つ。
  • 機械側の運動方程式:J·θ̈ + B·θ̇ + τ_load = τ_motor(J:慣性、B:粘性摩擦、τ_load:外力トルク)

トルク制御は上記の関係を利用し、必要な電流(特にq軸電流iq)を発生させる制御入力を作ることに帰着します。

主なトルク制御方式

  • 電流ループによるトルク制御(FOCベース)
    フィールド・オリエンテッド・コントロール(FOC/ベクトル制御)では回転座標(d–q座標)に座標変換して磁束成分(d軸)とトルク成分(q軸)を分離します。トルク指令は主にq軸電流iqの指令値として与え、内側に高速な電流制御ループ(PIなど)を入れて追従させます。利点は滑らかなトルク特性と高い制御精度。

  • ダイレクト・トルク制御(DTC)
    DTCは磁束とトルクを直接推定し、インバータのスイッチング状態を選択してトルク・磁束を制御する方式です。応答が非常に速い一方で、トルクリップル(リップル)やスイッチング周波数の変動などの課題があり、改良版やフィルタで対処します。

  • 関節トルク制御(ロボット)
    ロボットでは各関節におけるトルクを直接制御し、外力に対するコンプライアンス/インピーダンス(あるいはアドミタンス)を実現します。これにより、人と協働する際の安全性や接触作業での追従性が向上します。

  • シリーズエラスティックアクチュエータ(SEA)による力推定制御
    アクチュエータと出力の間に柔らかい弾性要素(スプリング)を入れ、その変位を測ることで力/トルクを高精度に測定・制御する方式。バネにより衝撃吸収と安定した力制御が得られます。

  • センサレス・トルク推定
    トルクセンサを使わず、電流・回転速度・電圧や電機子モデルからトルクを推定する方法。コスト低減が可能だが、精度はモデル誤差や磁化飽和などに依存します。

センサと推定技術

正確なトルク制御にはトルクのフィードバックが重要です。主な手段は次の通りです。

  • 直接トルクセンサ(ひずみゲージ式、光学式、磁気式など)— 高精度だがコストと設置スペースが必要。
  • 電流センサ(シャント抵抗、ホールセンサ)— モータ電流からトルクを間接推定。既に多くのドライブで採用。
  • 位置・速度センサ(エンコーダ、エンコーダ+観測器)— モデルと組み合わせることで外力/トルクを推定。
  • トルク推定器(カルマンフィルタ、状態オブザーバ、拡張カルマンなど)— ノイズや遅延に強く設計可能。

制御アーキテクチャと実装上の注意点

  • ループ構造:一般的に外側に低速のトルク/位置ループ、内側に高速の電流ループを配置するカスケード制御が採られます。内側電流ループはハードウェア(ドライブ)で実装されることが多く、ユーザは上位でトルク指令を与えます。
  • サンプリング周波数と帯域:トルクループの要求帯域に合わせて、電流制御は数kHz〜数十kHzのサンプリングが必要になる場合があります。センサノイズやA/D分解能も設計に影響します。
  • フィルタリングと遅延:電流測定や速度測定のノイズ対策でフィルタを入れると遅延が発生し、安定性や速度応答に影響します。位相遅れを考慮したチューニングが必要です。
  • アンチワインドアップ/飽和処理:積分器の飽和や電流制限時の挙動を適切に処理しないと、応答が破綻します。
  • バックラッシ・摩擦・非線形性:機械的なギア・バックラッシや静摩擦は低速や接触時のトルク制御精度を大きく損ないます。逆モデル、フリクション補償、デッドバンド処理などが有効です。

応用例

  • 協働ロボット(コボット):人と触れる可能性があるため柔らかいトルク制御で接触検知や力制御を行い、安全性を確保します。ISO/TS 15066 に基づく力閾値運用も関連します。
  • 産業用トルク管理(締付け機、トルクレンチ):ボルト締めなどで正確なトルク制御が品質に直結します。
  • 電気自動車(EV)のトルクベクタリング:各輪のトルクを独立制御し、走行性能や安定性を改善します。ドライブごとの高速で安定したトルク制御が必要です。
  • ハプティクス・力覚デバイス:人に力を返す用途では正確で低遅延のトルク制御が要求されます。
  • 試験装置・疲労試験:負荷トルクを時間波形で正確に再現する必要があるためハイレンジのトルク制御が用いられます。

課題と対策

  • トルクリップル:DTCなど高速応答法で発生しやすい。高周波スイッチング、フィルタ、最適スイッチング法で低減。
  • モデル誤差・温度変動:Ktや抵抗は温度で変化するため、補償(温度センサ、自己同定)や適応制御が有効。
  • 観測精度と遅延のトレードオフ:高精度を求めるとフィルタ遅延が増える。遅延補償や予測フィードフォワードで改善。
  • 安全性:力制御は人や設備に対する安全リスクを伴うため、ソフトウェア・ハードウェア両面でのフェイルセーフや規格準拠が必要。

実務的な設計のステップ

  • 要求仕様の明確化(トルク最大値、精度、帯域、セーフティ要件)
  • モータ・ドライブ・センサ選定(Kt、ローター慣性、電流制御性能)
  • 制御構成の決定(FOC+電流ループ、DTC、SEA 等)
  • モデル化とシミュレーション(伝達関数、状態空間、負荷モデル)
  • ハードウェアインザループ(HIL)や試作でのチューニング(ゲイン調整、フィルタ設計)
  • バリデーション(安全試験、過負荷/外乱試験)

まとめ

トルク制御は、電気・機械・制御理論が融合する重要な技術分野で、ロボット、産業機器、輸送機器など幅広い応用を持ちます。単に電流を制御するだけでなく、機械的非線形や安全性、センサ信頼性、実装上の制約を含めた総合設計が求められます。適切な制御方法(FOC、DTC、SEA、インピーダンス制御など)を選び、センサやオブザーバを組み合わせることで高精度かつ安全なトルク制御を実現できます。

参考文献