Bluetooth徹底解説:概要・歴史・技術・プロファイル・LE AudioとMeshの最新動向と実務ガイド

Bluetoothとは:概要と歴史

Bluetoothは、短距離無線通信のための規格(無線プロファイルとプロトコル群)で、携帯機器やパソコン、ヘッドセット、家電、IoT機器などの機器同士を低消費電力で接続するために広く使われています。2.4GHz帯のISM周波数帯を使い、近距離のデータ伝送や音声伝送、制御用途に適しています。規格の策定や普及推進はBluetooth SIG(Special Interest Group)が行っており、主要なメンバーにはEricsson、Nokia、Intel、IBM、Toshibaなどが名を連ねます。

Bluetoothの歴史は1998年に遡り、1999年に最初の仕様が公開されました。その後、BR/EDR(Classic Bluetooth)で音声や高スループット伝送を重視して進化し、2010年ごろからはBLE(Bluetooth Low Energy、低消費電力Bluetooth)が導入されIoT機器向けに急速に普及しました。主なバージョンの流れはおおむね次の通りです(年は規格公開の目安):1.0(1999)、1.2(2003)、2.0+EDR(2004)、2.1+EDR(2007, SSP導入)、3.0+HS(2009)、4.0(2010, BLE導入)、4.1(2013)、4.2(2014)、5.0(2016)、5.1(2019, 方向探知)、5.2(2020, LE Audio / Isochronous Channels)、5.3(2021)、5.4(2023)。

技術的な仕組み:周波数・チャネル・変調

Bluetoothは2.4GHzのISM帯(2400–2483.5MHz)を利用します。Classic(BR/EDR)とBLEではチャネル数や変調方式が異なります。

  • Classic(BR/EDR):79チャネル(各1MHz)。周波数ホッピング(FHSS)を行い、干渉耐性を確保。基本的な変調はGFSK(1Mbps)、EDRではπ/4-DQPSK(2Mbps)や8DPSK(3Mbps)などを使用してスループットを高めます。
  • BLE(Low Energy):40チャネル(各2MHz)、広告チャネル(3チャネル)とデータチャネル(37チャネル)に分かれます。初期はLE 1M PHY(1Mbps)でしたが、後の仕様でLE 2M(2Mbps)やLE Coded(長距離向け、S=2/8)などが導入されました。

プロトコルスタックとサービス

Bluetoothは大きく「コントローラ」(無線送受信や低レベルのタイミングを管理)と「ホスト」(プロファイルやアプリケーションロジック)に分かれます。間のインターフェースがHCI(Host Controller Interface)です。

  • L2CAP(Logical Link Control and Adaptation Protocol):データの多重化、MTU管理、QoSなど。
  • RFCOMM:シリアルポートエミュレーション(Classic)。
  • SDP(Service Discovery Protocol):Classicでのサービス発見。
  • ATT / GATT(Attribute Protocol / Generic Attribute Profile):BLEでのサービス/キャラクタリスティックモデル。センサー値や設定などを「属性」として読み書きする。
  • GAP(Generic Access Profile):接続やアドバタイズ、スキャン、ペアリングの振る舞いを定義。

Classic(BR/EDR)とBLE(Bluetooth Low Energy)の違い

両者は用途と設計思想が異なります。

  • Classic(BR/EDR):音声(HFP/HSP)や高スループット(A2DPなど)のアプリケーションに適する。常時接続や継続的なデータストリーム向け。
  • BLE:低消費電力を重視し、短い周期でのアドバタイズ+接続でセンサーやビーコン、スマートウォッチなどに最適。プロファイルもGATT中心で、接続のオーバーヘッドを小さくする工夫が多い。

主要プロファイルと用途

Bluetoothには用途別の「プロファイル」が規定されており、互換性確保に重要です。代表的なもの:

  • A2DP:ステレオオーディオ伝送(Classic)。
  • AVRCP:リモートコントロール(音楽再生の操作)。
  • HFP/HSP:ハンズフリー通話用プロファイル。
  • SPP:仮想シリアル通信(Classic、互換的用途)。
  • BLEのGATTプロファイル群:Heart Rate、Battery Service、Device Informationなどの標準サービス。
  • LE Audio関連:LC3コーデック、Broadcast Audio(Auracast)によるマルチストリーム/ブロードキャスト型音声配信(5.2以降)。

位置測位と方向検出(Direction Finding)

Bluetooth 5.1で導入された方向検出機能は、受信アンテナアレイを用いたAoA(Angle of Arrival)や送信の位相情報を利用したAoD(Angle of Departure)を用いて屋内測位の精度を高めます。これによりビーコンベースの単純距離推定よりも高精度な角度測定が可能になり、屋内ナビゲーションや資産追跡の精度向上に寄与します。

セキュリティ:ペアリングと暗号化

Bluetoothは複数のペアリング方式を持ち、世代によって安全性が改善されてきました。主なポイント:

  • 古いClassicのPINコード方式は弱点が多く、後のバージョンでSecure Simple Pairing(SSP、2.1+)によりECDH(楕円曲線暗号)を導入しました。
  • BLEでは「LE Secure Connections」によりECDH P-256を使った鍵交換が標準化され、AES-CCMによるリンク暗号化が用いられます。ペアリング方法には「Just Works」「Passkey Entry」「Numeric Comparison」「Out-of-Band(OOB)」などがあり、比較的安全な方法を選ぶことが推奨されます。
  • ただしユーザーインタフェースが限定されるデバイス(ボタンしかない等)では、容易に脆弱なペアリング方式が使われがちで、セキュリティリスクとなります。
  • 過去の著名な脆弱性には、BlueBorne(2017, 複数プラットフォームでのリモートコード実行)やKNOB(2019, 暗号鍵長交渉の弱点)などがあり、OSやファームウェアの更新が重要です。

実効スループットとレイテンシ

理論上の最大速度と実際のスループットは異なります。Classic EDRの理論速度は最大3Mbps(8DPSK)ですが、実効はヘッダやプロトコルオーバーヘッド、エラーレートにより低下します。BLEのLE 2M PHYは2Mbpsが理論値で、LE Codedは冗長性を増してレンジを伸ばす代わりに実効スループットを下げます。接続パラメータ(connection interval、MTUサイズ、PHY)や応答の設計によってレイテンシとスループットは大きく変わります。設計時はMTU調整、複数パケットのプレイバック、適切な接続間隔などを見直す必要があります。

実用上の考慮点(干渉・電力・範囲)

  • 2.4GHz帯はWi‑Fiや電子レンジ等と共用のため干渉が発生しやすい。BLEの周波数ホッピングや広告チャネル設計、Wi‑Fi帯域との調整が重要。
  • 電力消費はプロファイルと接続モデルに依存。BLEはスリープ→短時間活動のパターンが省電力に有利。接続間隔を長くするとバッテリ寿命が伸びるがレイテンシが増える。
  • 射程はPHYと環境に依存。LE Codedや高利得アンテナにより数百メートルまで到達する設計も可能だが、障害物や環境ノイズで大きく低下する。

新しい潮流:LE Audio・Auracast・Bluetooth Mesh

近年の注目点:

  • LE Audio(Bluetooth 5.2以降の機能):低ビットレートで高音質な新コーデックLC3、マルチストリーム、同時複数受信、そしてAuracastと呼ばれるブロードキャスト配信による公共場での音声配信(複数受信者への一斉配信)が注目されています。
  • Bluetooth Mesh:2017年に仕様化されたメッシュネットワーク規格で、特に照明制御やビルディングオートメーション、センサー網など大量デバイスを通信網で繋ぐ用途に適合します(メッシュは主にBLE上で動作)。

開発者向け実務アドバイス

  • 目的に応じてClassicとBLEを使い分ける。音声ストリーミングはClassic/A2DPかLE Audioを検討、センサーはBLEでのGATT設計が一般的。
  • 接続設定(connection interval、slave latency、MTUサイズ)を適切に設計して、電力とレイテンシのトレードオフを最適化する。
  • セキュリティは設計段階で要件化する。LE Secure Connectionsの採用、適切なペアリング方式、定期的な鍵管理、ファームウェア更新機能を実装する。
  • アドバタイズ/スキャンの間隔はバッテリ消費に直結するため、用途に応じた最適化が必要。ビーコン用途なら遷移時の省電力制御を検討する。
  • 周波数干渉と互換性テストを実施する。屋内環境でのWi‑Fiとの共存や実効スループット測定を行う。

課題と今後の展望

Bluetoothは多岐にわたるデバイスで広く利用される一方で、以下のような課題があります。

  • セキュリティの運用面(古い機器や更新されないファームウェア)が脆弱性を生む。
  • 2.4GHz帯の干渉問題は依然として存在し、特に高密度環境での品質確保が課題。
  • 複数プロファイル・複数ストリームを同時扱いする際の実装の複雑さ。

一方で、LE Audioや方向検出の進展、Meshの普及により、Bluetoothは今後さらにIoTや公共空間での音声配信、位置情報サービスといった領域で重要性を増すと考えられます。

まとめ

Bluetoothは短距離無線通信における成熟した技術群であり、ClassicとBLEという二つの流れを持ちながら進化を続けています。用途に応じたプロファイル選択、接続パラメータやセキュリティ設計の最適化、干渉対策が実務上の鍵です。最近はLE Audioや方向検出、Meshといった新機能が加わり、単なるワイヤレスヘッドセット以上の役割でIoT時代の核となる存在へと広がっています。

参考文献