バーデー・グラム・アリー・カーンのレコード完全ガイド:入門から深掘りまでの聴き方と盤の選び方
はじめに — ウスタッド・バーデー・グラム・アリー・カーンとは
ウスタッド・バーデー・グラム・アリー・カーン(Ustad Bade Ghulam Ali Khan、1902–1968)は、ヒンドゥスターニー古典音楽の中でもパティアーラー(Patiala)流派を代表する声楽家です。透明感のある艶やかな声、流麗なメロディライン、自由で豪快なターン(taans)と繊細な装飾(gamak, meend)を兼ね備えた芸風で知られ、20世紀インド声楽の金字塔的存在と評価されています。
このコラムの狙い
ここでは「レコード(主に入手可能なLP/復刻盤)」を中心に、彼の代表的な演目・盤の聴きどころ、どの盤をどう探すと良いか、そして鑑賞上の注目点を深掘りして解説します。盤の貴重性や音質の違い、演奏年代ごとの特色なども触れます(盤そのものの再生・保管・メンテナンスの技術的解説は含めません)。
まず押さえるべき“バーデー・カーン”の特徴
- 声質:澄んだ高域と柔らかな低域を併せ持つ豊かな声。
- 装飾:長く伸びやかな gamak や meend、美しい秒音(murki)や緩急の効いた taan。
- 表現幅:厳格なラガ(khayal)から、情感豊かな軽音楽(thumri/dadra)まで自在に歌い分ける。
- リズム感:layakari(リズム遊び)と詩節(laya)に対する敏捷な対応。
おすすめレコード(ジャンル別・盤探しの目安)
1) khayal(渾身のラガ録音) — 基礎にして核心
聴きどころ:導入部のalap(奏法の自由即興)での語り、バンドゥシュ(bandish=歌詞付き主題)の提示から発展するtaansの対比、最後の結びに向けてのダイナミクス。
- 探すべき演目例:Raga Yaman、Raga Bhairavi、Raga Pilu、Raga Desh。これらは彼の表現力が如実に分かる典型曲です。
- 盤の目安:1950s〜60sにかけてのHMV/EMI系のLP、あるいはそれらをまとめた「Greatest/Essential」的なリイシュー盤。オリジナルの78回転/EP音源をLP化したものやAll India Radioの録音を集めた編集盤が多く出回っています。
- 鑑賞ポイント:alapでの微分音的処理、taansの構築(短いtaansから高速taansへの遷移)、バンドゥシュのリズム処理。
2) thumri / dadra(抒情性に富む軽音楽) — 感情の深さを示す領域
聴きどころ:台詞的なフレージング、即興における抑揚、詩(bol)の表現力。バーデー・カーンはkhayal同様にthumriでも高い評価を受けています。
- 探すべき演目例:有名なthumri群(しばしばアルバムのサイドBに収録されることが多い)。
- 盤の目安:当時のHMV 78回転やLP収録、もしくは「Thumri Collection」的編集盤。音質はリイシューごとに差があるため、解説やライナーノーツの有無をチェック。
- 鑑賞ポイント:ボーカルのニュアンス、語り部分の間(ま)と句読点的なアプローチ、シンプルな伴奏との対話。
3) All India Radio(AIR)やライブ音源 — 自由な即興、リアルな息づかい
聴きどころ:ライブやラジオ収録では studio 録音よりも即興性が高く、リスクと息遣いがそのまま残ります。技巧だけでなく感情の刺さり方が違うのが魅力です。
- 盤の目安:AIR録音のアーカイヴを編集したLPやCDがコレクター市場に流通。音質は当時の放送録音のため録音環境に左右されますが、演奏のリアリティは格別。
- 鑑賞ポイント:セッション内での即興の跳躍、伴奏(tabla, harmonium/sarod等)との応答、拍節の運び。
4) 初期78回転録音・歴史的録音集 — 歴史的価値重視の選択
聴きどころ:初期録音は演奏スタイルの原像を伝え、古い伴奏法や歌い回しを感じ取れます。音色は古風ですが、歴史学的価値が高いです。
- 盤の目安:HMV(His Master’s Voice)時代の78rpmやそれらをLP/CD化した歴史的編集盤。コレクターズ・アイテムです。
- 鑑賞ポイント:時代性を意識して聞くと、彼の芸風の変遷や当時の演奏慣習が見えてきます。
盤ごとの選び方と注意点(音質・年代・編集)
- オリジナルLP vs リイシュー:オリジナルは演奏当時の空気を残すが、ノイズや限られた周波数特性がある。良質なリマスター/リイシューは聴感上の快適さが増す反面、過度なEQやノイズ除去で微妙なニュアンスが失われることも。
- 録音年代:1950年代以降の録音はマイクやマスタリングの進歩で音像が明瞭。だが芸術的な価値は年代だけで決まらない(若い録音でも傑作あり)。
- 編集盤の盲点:コンピレーションでは曲順やカット、時間短縮が行われることがあるため、「完全版」が欲しい場合は収録時間や表記を確認する。
- ライナーノート:解説がしっかりしている盤は演目や録音情報が確認しやすく、鑑賞の助けになる。
聴くときの具体的なチェックポイント(リスニング・ガイド)
- 冒頭のalap(あるいは手綱取り)の語り口:音のターンや微妙なピッチの揺れに注目。
- taansの構築:短いtaans→長いtaans→高速taansへの展開を追い、フレージングの組み立て方を見る。
- ボキャブラリー:特定のmotif(動機)をどのように変奏しているかを追うと、演者の語法が見える。
- 詩(bandish/thumriの歌詞)の扱い:意味の強調、語尾の処理、抑揚の付け方。
- 伴奏との関係:tablaやharmoniumのフィル、応答(call-and-response)の場面。
どの盤から手を付けるべきか(入門→深掘りの順)
- 入門:よく編集された「Best of / Essential」的なコンピレーションで代表曲を掴む(音質の良いリマスター盤が望ましい)。
- 中級:個別の長尺ラガ(YamanやBhairaviなど)を収めたLPやCDで、alapから結尾まで通して聴いて演奏構造を理解する。
- 上級:初期録音やAIRのライブ、78回転音源などで「その人の息づかい」を理解する。演奏年代によるスタイル変化も比べる。
入手先のヒント
- レコードショップ/ネットオークション(Discogs、eBayなど)で「HMV」「EMI India」「Saregama」表記を探すと良い盤が見つかることが多いです。リイシュー盤や海外レーベルの編集盤も市場にあります。
- 図書館や大学の音楽コレクション、民族音楽アーカイブ(All India Radioのアーカイブ等)が役に立つ場合があります。
- ライナーノーツや収録年の記載がある盤を優先すると、楽曲の背景や演奏状況の理解が深まります。
最後に — なぜ彼のレコードを聴くのか
バーデー・グラム・アリー・カーンのレコードは、単なる「上手い歌」の記録を超えて、20世紀におけるヒンドゥスターニー声楽の美学を伝えます。技巧と感情、伝統と個性のバランスを耳で辿ることで、声楽の深層に触れることができます。良い盤を一枚選び、繰り返し聴き込むことを強くおすすめします。
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参考文献
- Bade Ghulam Ali Khan — Wikipedia (English)
- Discogs 検索結果:Bade Ghulam Ali Khan(盤情報の参照に便利)
- AllMusic 検索:Bade Ghulam Ali Khan(ディスコグラフィや解説の確認に)
- Saregama(旧HMV/EMIインドのカタログ検索)


