垂直走査線の基礎と現代ディスプレイの解像度・同期技術を徹底解説
垂直走査線とは — 概要
「垂直走査線(すいちょくそうさせん)」という言葉は文脈によって若干意味合いが変わりますが、映像・ディスプレイの分野では一般に「ラスタ走査で積み重ねられる横一列の走査線(scanline)の集合/総数」を指すことが多く、その数が画面の垂直方向の解像度(垂直画素数)を決めます。歴史的にはブラウン管(CRT)ディスプレイの電子ビームの垂直向きの掃引(垂直走査)/垂直帰線に由来する用語です。以下で原理、歴史、現代システムでの扱い、開発者に関わる注意点やよくある誤解・障害まで詳しく掘り下げます。
歴史的背景:CRT と走査線の原理
CRT(陰極線管)では、電子ビームが画面の左上から右へ走り(水平走査)、行末で横戻し(水平帰線)して次の行へ移動するという動作を繰り返します。画面の一列を描く単位が「走査線(scanline)」であり、これを上から下へ積み重ねて1フレームが形成されます。
- 1フレームに含まれる走査線の総数(全走査線数)は、たとえばアナログNTSC方式で525本、PAL方式で625本と決められていました(そのうち表示領域はそれぞれ約480本・576本)。
- 表示可能な走査線(有効走査線数)が実際の「垂直解像度」に相当します。例:1080pなら垂直に1080本の画素行がある、という意味です。
- フレームの底から再び上へ戻る時間を垂直帰線(vertical retrace/vertical blanking interval)と呼び、この期間に次フレームの準備や信号同期が行われます。
インターレースとプログレッシブ(走査方式の違い)
従来のテレビ放送では帯域節約のためインターレース方式が使われました。インターレースでは1フレームを偶数行と奇数行の「2つのフィールド」に分けて順に送るため、垂直方向の更新はフィールド単位で行われます。
- 1080i(インターレース)の場合、1フレームで1080本の走査線が存在するが、1フィールドでは540本ずつ表示されます。
- プログレッシブ(例:1080p)では毎フレーム全ての走査線が逐次描画されるため、動きの表現やデジタル処理がシンプルになります。
現代ディスプレイと「垂直走査線」の意味の変化
LCD/OLED等のフラットパネルでは、従来の電子ビームは存在しませんが、映像は内部のタイミングコントローラ(TCON)が水平・垂直の走査タイミングに従ってピクセルデータを順次供給することで表示されます。したがって「走査線」という概念は物理的な線ではなく論理的(タイミング)な概念として残っています。
- 「垂直走査線数 = 垂直解像度」は今でも有効な記述です(例:1920×1080での1080)。
- リフレッシュレート(垂直周波数、Hz)は垂直方向に何回/秒フレーム全体が更新されるかを示します(例:60Hz, 144Hzなど)。
- 垂直帰線(VBI)や垂直同期(VSync)といった概念も映像転送・GPUとディスプレイの同期で重要です。
技術的要点:垂直同期・垂直空白(VBI)・ティアリング
垂直同期(VSync)は、フレームバッファの切り替えや描画タイミングを垂直帰線(画面の上から下へ描き終え、次に戻るタイミング)に合わせる手法です。これを無視すると、GPUから新しいフレーム画像が途中で出力され、画面の上下で別々のフレームが混ざって「ティアリング(画面の断裂)」が生じます。
- VSyncを有効にするとティアリングは防げますが、描画が間に合わないとフレーム遅延(ラグ)やスタッタリングを招くことがあります。
- 近年はNVIDIA G-SyncやAMD FreeSyncなどディスプレイとGPUが可変リフレッシュレートで同期する技術が普及し、垂直同期に伴うトレードオフを軽減しています。
- 垂直空白(VBI)はかつてテレテキストや字幕データの埋め込み領域としても利用されていました(アナログ放送時代の事情)。
撮像センサと「垂直走査」:ローリングシャッター
カメラのCMOSセンサでは画素列を行ごとに逐次読み出すことが多く、これも広義の「垂直走査」に相当します。ローリングシャッター(rolling shutter)では画面上部と下部で撮影時刻がずれるため、被写体の高速動作やカメラの高速パンで歪み(傾き・波打ち)が発生します。
- この現象はビデオ撮影・ドローン撮影・高速カメラ計測で問題になるため、センサ読み出し順序やシャッタ方式(グローバルシャッター)を考慮する必要があります。
グラフィックス処理(ラスタライズ)における走査線
古典的なラスタライズ型レンダラでは「スキャンライン・アルゴリズム」が使われ、ポリゴンを画面の横一列(スキャンライン)毎に処理してピクセルを塗りつぶす実装が効率的でした。現代GPUではピクセルシェーダやタイルベースのレンダリングなど様々な手法がありますが、「行/列単位で処理する」という発想は今も基礎概念として存在します。
表示障害と「走査線」に関するトラブル例
「画面に縦の線(vertical stripe)が出る」といった症状は、必ずしも走査タイミングの問題ではなくハードウェア故障であることが多いです。代表的な原因:
- 液晶の列ドライバ(コラムドライバ)故障 → 垂直方向に1列または複数列が常時暗い/明るい。
- 映像ケーブルやコネクタの接触不良 → 干渉によるノイズや線状アーチファクト。
- 不適切なリフレッシュレート/解像度設定 → 歪みやちらつき(主にソフトウェア側のタイミング不整合)。
- インタレース映像をプログレッシブに誤って扱う → 縞模様やノイズが目立つことがある(デインタレースの問題)。
開発者・映像処理に携わる人が注意すべき点
- 解像度指定(特に垂直ピクセル数)とリフレッシュレートはディスプレイ仕様に合わせる。VGA/HDMI/DisplayPortのタイミングに注意。
- ビデオキャプチャや放送ではインターレースとプログレッシブの違いを理解し、必要に応じて適切なデインタレース処理を行う。
- リアルタイム描画では垂直同期の有無(および可変リフレッシュ対応)の影響をユーザ体験(入力遅延・ティアリング)とのトレードオフで評価する。
- カメラやセンサからのデータを扱う際は読み出し順(ローリングシャッター)を考慮した補正やアルゴリズム設計が必要。
文化的・演出的側面:走査線エフェクト
近年はレトロな見た目を出すために「走査線エフェクト(CRT風の横線)を意図的に再現する」ケースが増えています。ゲームの演出や動画フィルタで水平の黒帯を挿入して昔のブラウン管表示を再現します。技術的には単純な垂直方向の帯(1行おきに暗くする等)を重ねるだけで表現できますが、実際のCRT特有のブロッキング、ガンスポット、グロー特性を模倣するにはガンの特性・ガウス状の滲み等の調整が必要です。
まとめ
「垂直走査線」は、もともとCRTの電子ビーム走査に由来する概念で、現在は画面の垂直方向の走査単位(=垂直解像度)や垂直方向の走査タイミング(垂直同期/垂直帰線)を表す用語として用いられます。映像の取り扱い・表示・撮影の各分野で重要な意味を持ち、インターレース/プログレッシブの選択、VSyncや可変リフレッシュの採用、ローリングシャッターの補正など実務上の判断にも直結します。開発者や映像技術者はこの概念を正しく理解し、ハードウェア仕様や入力ソースに合わせた処理を行うことが重要です。


