ピクチャーインピクチャー(PiP)完全ガイド:Web APIからネイティブ実装まで、UX設計の実践ポイント
ピクチャーインピクチャー(Picture-in-Picture)とは
ピクチャーインピクチャー(PiP)は、主にビデオ再生に使われるUI機能で、画面上に小さな独立ウィンドウ(オーバーレイ)で動画を表示しつつ、ユーザーが他のアプリやウェブページ操作を続けられるようにする仕組みです。デスクトップ/モバイルともにマルチタスク体験を向上させるために広く採用されています。例えば、会議のビデオを小さく表示しながらメールを書く、ニュース番組を見ながら別のウェブページを読むといった使い方が典型です。
歴史とプラットフォーム対応状況の概観
ネイティブ環境:モバイルOSではAndroidがAndroid 8.0(Oreo)でアプリ向けPiPを導入、AppleはiPad向けに早期から、iPhone向けにはiOS 14で対応を拡大しました。ネイティブAPI(AndroidのPicture-in-Picture、iOSのAVPictureInPictureController)によりアプリがOS管理の小窓を生成します。
ウェブ環境:HTML5ビデオを対象にしたPicture-in-Picture Web API(例:HTMLVideoElement.requestPictureInPicture())が標準化され、Chromium系ブラウザやFirefoxでサポートが進み、Safariでも独自実装や標準APIのサポートが追加されてきました。ただしブラウザやバージョンにより差があります。
ストリーミングサービス:YouTubeや一部の動画配信サービスはPiPを提供しますが、DRM(Widevine/FairPlayなど)保護されたコンテンツやプラットフォームポリシーによってはPiPが制限される場合があります。
Web向け技術(開発者向けの実装ポイント)
ウェブでPiPを実装する際の主なAPIと注意点は以下のとおりです。
基本API: HTMLVideoElement.requestPictureInPicture() を呼び出すと、ブラウザ側で小窓表示を要求します。戻り値はPromiseで、成功/失敗をハンドリングします。document.exitPictureInPicture() で終了できます。
イベント: enterpictureinpicture / leavepictureinpicture といったイベントで状態変化を検知し、UIの同期(再生ボタンの切り替えなど)を行います。
ユーザー操作やポリシー: 多くのブラウザはユーザージェスチャー(ボタンクリック等)による呼び出しや、ビデオが再生中であることを要求します。自動再生制限(autoplayポリシー)も影響します。
iframeからの呼び出しと許可: 埋め込みコンテンツ(iframe)からPiPを使うには iframe の allow 属性に "picture-in-picture" を含める必要がある場合があります(Permissions Policy / Feature Policy)。YouTube埋め込みなどもこの指定が推奨されます。
DRMとセキュリティ: 暗号化されたDRMコンテンツはPiPが制限されることがあります。これはライセンス/ブラウザ実装の制約です。
サンプル(シンプルなWeb実装)
典型的な実装例(概念):
const video = document.querySelector('video');
const btn = document.querySelector('#pipBtn');
btn.addEventListener('click', async () => {
try {
if (document.pictureInPictureElement) {
await document.exitPictureInPicture();
} else {
await video.requestPictureInPicture();
}
} catch (err) {
console.error('PiP エラー:', err);
}
});注:ブラウザ互換やエラーハンドリング(許可拒否、ポリシー違反など)を必ず考慮してください。
ネイティブアプリでの実装(ポイント)
Android: Activity.enterPictureInPictureMode() や PictureInPictureParams.Builder でピクチャーインピクチャーを開始します。Androidはウィンドウ比率やアクションボタン(リモートコントロール)を指定できます。
iOS: AVPictureInPictureController を用いて動画レイヤー(AVPlayerLayerなど)からPiPを制御します。iPadでは早期からサポート、iPhoneではiOS 14以降で広く利用可能になりました(アプリのInfo.plistでの設定なども必要)。
ユーザー体験(UX)の考慮点
UI同期: PiP開始・終了時にプレイヤーのUI状態(再生/一時停止、シークバーなど)を正しく反映させる。PiPウィンドウにはブラウザ/OS独自の最小限コントロールしか出ないことが多いので、ページ側に代替UIを用意する。
字幕と音声: PiPではブラウザやOSの実装により字幕(テキストトラック)が表示されないことがある。必須のアクセシビリティ要件がある場合は、独自に字幕表示の手段を用意する必要があります。
サイズと位置: PiPウィンドウの最終的なサイズや位置はブラウザ/OSが管理します。開発者は小窓内での操作を前提にUIを簡潔にすること。
バッテリーとパフォーマンス: モバイルではPiPを継続するとバッテリー消費やCPU使用が増える場合がある。省電力を意識したデコード設定やハードウェアデコーダの利用を検討する。
制限・注意点
ブラウザ間差: Web標準は整備されつつありますが、細かい挙動(イベントのタイミング、テキストトラックの扱い、ユーザージェスチャー要件など)はブラウザごとに差があります。
DRMとコピープロテクト: 暗号化ストリームではPiPが禁止される場面があるため、配信サービスは別途対応が必要です。
セキュリティ/フィッシングの懸念: 常に画面上に浮かぶ小窓は、悪意のあるUIを恒常的に重ねる用途に悪用され得ます。OS/ブラウザ側でUI要素(閉じるボタンなど)や制限を設けていますが、開発者は不正利用の防止に配慮してください。
アクセシビリティ: PiPではキーボード操作やスクリーンリーダーのサポートが限定的になることがあるため、代替手段や設定を提供することが望まれます。
実務での活用ケース
動画チュートリアルを見ながら別ページで手順を実行する学習アプリ。
会議ツールで発表を小窓にして、メモやチャットに集中するコラボレーション体験。
ニュース・スポーツ速報を小窓で追いながらSNSやメールを確認するユースケース。
ライブストリーミング配信のコメントや投げ銭機能と組み合わせたUX。
開発のベストプラクティス(チェックリスト)
ブラウザ互換を確認し、フォールバック実装を用意する(Safariやモバイルブラウザでの差分対応)。
ユーザージェスチャーが必要な場合は明確な操作フローを設計する。
字幕や重要情報がPiPで消えないように代替表示を検討する。
DRMコンテンツを扱う場合はPiPの可否を検証し、利用規約やライセンス条件に合わせる。
セキュリティとプライバシーに配慮し、不要な権限や情報公開を避ける。
まとめ
ピクチャーインピクチャーは、ユーザーのマルチタスク体験を大きく向上させる強力な機能です。ネイティブOSレベルのサポートとWeb向けAPIの普及により、多様な場面で利用が広がっています。一方でブラウザ差分、DRM、字幕やアクセシビリティの扱いなど、実装時には複数の注意点があります。開発者はAPIの仕様や各プラットフォームの挙動を把握し、安全かつ使いやすいユーザー体験を設計することが重要です。
参考文献
- MDN: Picture-in-Picture API(日本語)
- Chromium Developers: Picture-in-Picture(Chrome Blog)
- Apple Developer: Adopting Picture in Picture
- Android Developers: Picture-in-picture
- MDN: Permissions Policy(旧 Feature Policy)
- YouTube ヘルプ: ピクチャーインピクチャーの使い方
- WICG: Picture-in-Picture(仕様案/議論)


