Cornelius Cardewとは誰か?生涯・グラフィック・スコア・Scratch Orchestra・政治と音楽の交差点
プロフィール — Cornelius Cardewとは
Cornelius Cardew(1936–1981)は、イギリスの前衛作曲家、即興演奏家、教育者、政治活動家です。20世紀後半の実験音楽シーンにおいて、記譜法や演奏共同体のあり方を問い直した重要な人物であり、グラフィック・スコアや参加型の合奏団(Scratch Orchestra)などを通じて、現代音楽の境界を押し広げました。晩年には急進的な政治思想に同調して音楽実践を変化させ、音楽と政治の関係についての議論を喚起しました。
経歴の概略
- 1936年生まれ。クラシック教育を受けつつ、1960年代にヨーロッパの前衛音楽(セリエル、電子音楽、即興など)の影響を受ける。
- 1960年代初頭から中盤にかけて、従来の音楽表現から離れた新しい記譜法・演奏方法を模索。代表作「Treatise」(1963–67)は楽譜が抽象図形で構成される壮大なグラフィック・スコアで知られる。
- 1969年、Michael Parsons、Howard Skemptonらと共にScratch Orchestraを創設。専門演奏家と非専門家が混在する実験的合奏団として、英国内外で大きな注目を集めた。
- 1970年代に入ると政治化が顕著になり、マルクス主義(特に毛沢東思想的要素)に傾倒。音楽を大衆的・政治的実践に結び付けようとし、プロレタリア文化運動的な活動を行った。
- 1981年に不慮の事故で没。彼の死後も、その作品と実践は実験音楽、コミュニティ音楽、音楽社会学に影響を与え続けている。
音楽的特徴と手法
Cardewの魅力は、単に「音が面白い」というだけでなく、音楽そのものの「作り方」や「聴き方」を再定義した点にあります。主な特徴を挙げます。
- グラフィック・スコアの活用:Treatiseのように、伝統的な音符ではなく図形や線、余白を用いた記譜により、演奏者の解釈と創造性を前面に出す。これにより「作者の意図」よりも「演奏状況」が作品の成立に関わる。
- テキストと構造の実験:The Great Learningでは儒教の教え(『大学』)に触発されたテキストと時間管理の方法を用い、大規模な集団演奏で段階的に展開する構造を作った。
- 共同体的/教育的アプローチ:Scratch Orchestraに代表されるように、専門家・非専門家を問わずに参加できる音楽活動を推進。演奏はしばしばワークショップ的で、即興や身体表現を含む。
- 政治と音楽の結びつけ:70年代以降はプロレタリア・音楽の創出や政治的歌唱を重視し、音楽が社会変革に資するべきだという立場を明確にした。
代表作とその魅力(入門ガイド)
- Treatise(1963–1967)
193ページに及ぶ大判のグラフィック・スコア。音符や拍子、和声の指示はほとんどなく、線や点、図形、空白によって演奏の素材が示されます。楽譜を「視覚的な作品」として鑑賞することもでき、演奏ごとにまったく異なる展開が生まれる点が魅力です。
- The Great Learning(1968–1971)
儒教の『大学』から着想を得た長大な作品群で、テキスト・指示・時間管理法を組み合わせて合唱的/集団的に演奏されます。繰り返しと変化、合奏のダイナミクスを通じて、聴衆と演奏者の関係を揺さぶります。
- Scratch Orchestraに関連する作品群
シンプルな指示から成る作品、体や声を用いる即興的な演奏、行動的なスコアなど、多彩な実験を含みます。合奏団そのものが「作品」であるという考え方が体現されています。
- 政治的な歌・曲(1970年代)
「人民のための音楽」を目指した活動から生まれた短い歌や行進曲風の曲など。前衛的手法から一転して、分かりやすいメロディーとメッセージを重視した作品も多く、Cardewの思想変遷を知るうえで重要です。
名盤・おすすめ録音(入手・聴取の指針)
Cardewの作品は「楽譜を読む」ことと「録音で聴く」ことの体験が大きく異なりますが、以下は具体的に聴いてみる価値のある音源です(複数の版や再録があるため、手に入るバージョンで問題ありません)。
- Scratch OrchestraによるThe Great Learningの録音ドキュメント(いくつかのライブ録音・編集盤が流通)
- Treatiseのさまざまな解釈録音や、ソロ/アンサンブルによる断章の演奏記録(解釈の多様性を確認するのに最適)
- 1970年代の政治的作品を集めたコンピレーションや、People’s Liberation Music関連の録音(Cardewの思想的転向を知る資料)
- 近年の再評価盤やドキュメンタリー的編集盤(解説や証言を伴うものは背景理解に有用)
Scratch Orchestra — 共同体としての実験
Scratch Orchestraは、専門的訓練を受けた演奏家と音楽の初心者が混在する合奏団で、1970年前後のロンドンで大きな話題となりました。特徴は以下です。
- 参加の敷居が低く、楽器の巧拙よりも意志と参加そのものを重視。
- スコアはしばしば行為を指示するテキストや図像で成り立ち、見る者・聴く者を巻き込むパフォーマティブな性格を持つ。
- 音響的な実験だけでなく、社会的・教育的な意図が強く、地域コミュニティやワークショップ型の実践へと影響を与えた。
政治化とその議論点
1970年代のCardewは、音楽を単なる美的行為ではなく政治的実践と見なす立場をはっきりさせました。これにより彼は賛否両論を招きます。
- 賛同者からは、音楽が社会変革の道具になり得るという実践的視座が評価される。
- 批判者からは、芸術的な自由や前衛芸術の価値を切り捨てる危険性、あるいはプロパガンダ化の懸念が示される。
- この論争自体が、音楽の社会的役割を再考させる契機となり、以後のコミュニティ音楽や政治的アートの議論に影響を残した。
なぜ今日も注目されるのか — Cornelius Cardewの魅力
- 記譜と演奏の境界を曖昧にし、演奏者の解釈を作品成立の中心に据えた点は、現代の多くの実験音楽・即興音楽に直結している。
- 音楽を教育・共同体づくりの手段と見なす実践は、今日のワークショップ型音楽活動や参加型アートの先駆けとなった。
- 芸術と政治を真正面から結びつけた姿勢は、今日のアクティヴィズム音楽や社会的芸術実践にとって示唆に富む。
- Treatiseのように「スコアを視覚的に読む」体験は、音楽と他ジャンル(視覚芸術、パフォーマンス)の境界を超える創造的ヒントを与える。
聴き方・楽しみ方のヒント
- Treatiseのような作品は「答えを求める」聴き方ではなく、図像を見て連想する・演奏者の選択を想像するなど能動的に関わると面白い。
- The Great LearningやScratch Orchestraの演奏は「完成された作品」を期待するより、その場の空気や人の動きを含めた「出来事」として受け取ると理解が深まる。
- 政治的な曲は、歌詞やコンテクスト(いつ、誰と、どのように演奏されたか)を合わせて聴くことで、その意図や効果が見えてくる。
- 複数の録音や演奏を比較することで、Cardew作品の多様な顔が浮かび上がる。演奏ごとの差異こそが彼の作品の重要な側面である。
結び
Cornelius Cardewは、20世紀後半の音楽に「どのように作り、どのように演奏し、どのように社会と結びつけるか」を問う強烈な挑戦を投げかけました。彼の音楽は一筋縄では聴き切れませんが、その不確定さ、参加性、そして時に物議を醸す政治性が、今なお多くの創造的実践にインスピレーションを与え続けています。まずはTreatiseやThe Great Learningの断章を、固定観念を外して「体験」してみてください。
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参考文献
- Cornelius Cardew — Wikipedia
- Cornelius Cardew — Encyclopaedia Britannica
- Cornelius Cardew — AllMusic
- Treatise by Cornelius Cardew — UbuWeb (資料・スコアの紹介)
- Scratch Orchestra — Wikipedia


