Casperとは何か? EthereumのPoS移行と最終化をFFGの視点で解説

Casperとは — 概要と「複数のCasper」

「Casper(キャスパー)」という名前は IT/ブロックチェーン分野で複数の文脈で使われています。もっとも技術的に注目されるのは Ethereum に関するコンセンサス提案(Proof‑of‑Stake に向けた Casper)ですが、同じ名前は別のツールや製品(例:CasperJS、旧称 Casper Suite/現 JAMF Pro、そして Casper Network という別ブロックチェーン)にも使われています。本稿ではまず全体像を整理し、次に最も注目度の高い「Ethereum における Casper(Casper FFG / Casper CBC)」を中心に深掘りします。その後、関連する別の「Casper」たちを簡潔に紹介します。

なぜ Casper が重要か(背景)

ブロックチェーン実装でのコンセンサスは、ネットワークの安全性、スループット、確定性(finality)、消費電力などに直接影響します。Ethereum は当初 Proof‑of‑Work(PoW)を採用していましたが、スケーラビリティやエネルギー効率、最終確定(finality)の改善を目的に Proof‑of‑Stake(PoS)への移行を長年検討してきました。Casper はその PoS へのアプローチ群の総称であり、特に「ブロックの最終確定」を実現するための考え方やプロトコル設計を指します。

Ethereum における Casper:FFG と CBC の違い

Casper の研究は大きく二つのファミリーに分かれます。

  • Casper FFG(Friendly Finality Gadget):チェーン・フォーク選択ロジック(例:GHOST 系)とは別に「ファイナライゼーション(最終確定)」を付与する“ガジェット”として設計された方式。従来のブロック承認(例:プルーフ)にオーバーレイで動作し、定期的なチェックポイントに対するバリデータの投票によって「最終確定」を達成します。
  • Casper CBC(Correct‑by‑Construction):より根本的・モジュール的な再設計アプローチで、「正しく設計すれば安全性が保証される」という設計原理に基づくPoSプロトコル群。柔軟性と一般性が特徴であり、様々なパラメータやフォーク選択ルールに適用できることを目標としています。

Casper FFG の仕組み(要点)

Casper FFG は「ハイブリッド設計」で、既存のフォーク選択ルール(例:GHOST)でブロック提案・フォーク解決を行い、その上にファイナリティ(不可逆の確定性)を与えます。主要要素は次の通りです。

  • チェックポイントとエポック:ブロック列を一定間隔で区切り、各チェックポイント(epoch boundary)に対してバリデータが投票します。
  • 投票と妥当性:一定割合(通常は投票の2/3超)でチェックポイントが「正当化(justified)」され、さらにその連鎖が形成されると「最終化(finalized)」されます。
  • バリデータとステーク:ブロック作成や投票はステーク(担保)を預けたバリデータが行い、不正行為が検出されると預けたステークの一部が没収される(スラッシング)ことで安全性を担保します。
  • スラッシング条件:同一エポックでの二重投票や「surround voting(囲い込み投票)」といった重大な違反を検出して罰するルールが定義されています。

つまり、Casper FFG は「高速に承認されるが一時的に巻き戻る可能性のあるブロック(最終的にはフォーク選択で決まる)」と「投票で確定して以降は巻き戻せないブロック(finalized)」の二層の考えを導入します。

Casper CBC の考え方(要点)

CBC はより理論志向で、プロトコルの安全性を構造的に保証する(correct‑by‑construction)ことを目標とします。CBC 系のアプローチは、ノードが互いのメッセージを受け取る順序や遅延、分断(ネットワークパーティション)などの環境を前提に、どの条件で合意が得られるかを数学的に示すことを試みます。

実運用では CBC の柔軟性は魅力的ですが、実装の複雑さやパラメータ調整が課題となるため、Ethereum の実装ロードマップでは実際に採用されたのは FFG のアイデアを取り入れた形(Beacon Chain + LMD GHOST + FFG finality)でした。

Beacon Chain と The Merge — Casper の実装例

Ethereum の PoS 移行では、Casper のアイデアが実際のシステムでどのように使われたかが重要です。主要なマイルストーンは次の通りです。

  • Beacon Chain(2020年12月ローンチ):PoS ベースのバリデータ管理とスラッシング、エポック/チェックポイントの概念などを提供。ここでのファイナリティ機構は FFG によく似た設計です。
  • The Merge(2022年9月):メインネットの PoW レイヤーが Beacon Chain のコンセンサスに切り替えられ、最終的に Ethereum のコンセンサスは PoS へ移行しました。最終化(finality)は Beacon Chain の FFG 系によって提供されています。

実装上は LMD‑GHOST(Latest Message Driven GHOST)というフォーク選択ルールと、FFG による定期的な最終化が組み合わされています。これにより、以前の PoW より大幅にエネルギー効率が改善されると同時に、最終化を根拠にした高速な確定性が得られるようになりました。

セキュリティ上のポイントと運用上の留意点

  • スラッシング:不正や故意の二重署名などに対して経済的ペナルティを課すことで、セキュリティを担保。バリデータを運用するエンティティはソフトウェア/鍵管理の堅牢性が必須。
  • ネットワーク分断時の挙動:分断が長引くと最終化が遅延・停止する可能性があるため、運用者は最適化されたネットワーク接続と十分な監視が必要。
  • 最終化の UX:最終確定されたブロックは巻き戻せない一方、最終化直前の状態は一時的に変動するため、アプリケーション側で「何をもって取引確定と見なすか」を設計する必要があります。

その他の「Casper」たち(簡潔紹介)

IT の現場で目にする「Casper」は他にもあります。用途が異なるため混同しないように注意してください。

  • CasperJS:PhantomJS や SlimerJS を利用したヘッドレスブラウザの自動操作/テスト用スクリプトツール。かつてはブラウザ自動化の代表的ツールの一つでしたが、PhantomJS の衰退とともにメンテナンスが停滞しています(用途に応じて Puppeteer や Playwright の利用が推奨されることが多い)。
  • Casper Suite(旧製品名) / JAMF Pro:Apple デバイス管理(MDM)ベンダー Jamf の代表製品は以前「Casper Suite」と呼ばれていました。現在は Jamf Pro として macOS/iOS 管理ソリューションを提供しています。
  • Casper Network / CasperLabs:Casper という名前を冠した独立系ブロックチェーン(CSPR)や、その開発組織があります。これらは Ethereum の Casper 提案とは別に設計されたネットワークで、独自の PoS ベースのメカニズムを採用しています。名前が似ているため混同しないようにする必要があります。

導入上の判断(どのケースで「Casper」を意識すべきか)

用途別の判断指針:

  • Ethereum やスマートコントラクトのプラットフォームに関心がある開発者・運用者:Casper(特に FFG の概念)を理解することで最終化やスラッシング、バリデータ運用の概念が明確になり、アプリケーション設計やノード運用に役立ちます。
  • ブラウザ自動化・E2E テストを行うエンジニア:CasperJS の存在は知っておいてよいものの、現状は Puppeteer や Playwright の利用を検討するのが現実的です。
  • 企業の Apple デバイス管理担当者:Casper Suite(旧称)ではなく JAMF Pro の機能やライセンスモデルを確認してください。
  • 別ブロックチェーンの検討者:Casper Network(CSPR)など別組織の製品は、Ethereum の Casper とは別物なので各プロジェクトの仕様・経済モデルを個別に評価してください。

まとめ

「Casper」は単一の製品名ではなく、特にコンセンサス設計の文脈では Ethereum の PoS 移行に関する重要な概念群(FFG と CBC)を指す用語です。Ethereum の実装では FFG 系の考え方が Beacon Chain や The Merge の設計に活かされ、現在は PoS に基づく最終化メカニズムが稼働しています。同時に、Casper という名前は他分野のツールや製品にも使われているため、文脈を見て正しく理解することが重要です。

参考文献