Anner Bylsma の HIP演奏を聴く意味と厳選録音ガイド—バッハ組曲から協奏曲まで

イントロダクション — Anner Bylsma を聴く意味

Anner Bylsma(アンナー・ビルスマ、1934–2019)は、20世紀後半のチェロ演奏と「歴史的演奏様式(HIP: Historically Informed Performance)」の橋渡しをした重要人物です。モダン・チェロ奏法の伝統を持ちながら、バロック/古典作品を当時の資料や演奏習慣に基づいて再検討し、実践的に示したことで知られます。本コラムでは、レコード(アルバム)単位で彼の代表的・推薦盤を深掘りし、それぞれの聴きどころや背景、コレクション上の価値判断の着眼点を解説します。

Bylsma を知るための基本的な視点

  • 歴史的文脈の重視:楽譜のテクストだけでなく、アーティキュレーション、フレージング、舞曲的要素、音程や調律(平均律と低めのチューニング)などを聴き取る演奏が多い。

  • バロック楽器へのアプローチ:古典・バロック音楽において、ガット弦や軽いボウイング、あえて控えめなヴィブラートといった選択を取り入れ、和声の輪郭をはっきりさせる。

  • 協演・室内楽の重視:単独リサイタル的な演奏だけでなく、通奏低音や古楽アンサンブルと組んだ録音で示される音楽的対話が魅力。

おすすめレコード(アルバム)と深掘り解説

  • Bach: The Six Cello Suites(Bylsma のバッハ無伴奏チェロ組曲)

    なによりもまず聴くべきは、Bylsma のバッハ無伴奏チェロ組曲(いわゆる“6組曲”)の録音です。彼の演奏は「HIP のチェロ版」を世に示した代表例の一つで、ガット弦寄りの音色、歌詞的でありながら舞曲性を失わないテンポ感、フレージングにおける語り口が特徴です。とくに舞曲(プレリュードやジーグなど)のリズム感や、バロック語法に基づく装飾の扱い、ヴィブラートの節度ある使用が聴きどころ。演奏中に現れる細かな呼吸やフレーズの再解釈は、従来のロマン派的解釈とは一線を画します。

    聴きどころ:

    • プレリュード群の「呼吸」とテンポの柔軟性。極端な揺らぎではなく、舞曲的律動の中の自然な流れ。

    • バッハの対位法をチェロ一挺で「語らせる」ためのフレージング(重音や分散和音の処理)。

    • 装飾やスラーの取り扱いから読み取れる18世紀の実践的解釈。

  • Haydn / Boccherini: Cello Concertos(古典派の協奏曲録音)

    Bylsma は古典派の協奏曲(ハイドン、ボッケリーニなど)でも重要な役割を果たしました。モダンな厚塗りの音色ではなく、古典的な均整と明瞭なアーティキュレーションを重んじる演奏を聴かせます。古楽系の指揮者や古楽アンサンブルと組んだ録音では、オーケストラとソロの対話がクリアで、チェロの旋律線が室内楽的に浮かび上がります。

    聴きどころ:

    • ソロと伴奏群のバランス感覚—伴奏が厚すぎず、チェロのラインが自然に前に出る。

    • 古典様式に忠実な発想(短いフレーズを生かした構成、装飾の節度)。

  • バロック/室内楽コラボレーション録音(フランス・イタリア物、通奏低音と共演した作品)

    Bylsma の室内楽録音は、通奏低音やチェンバロ、ヴァイオリンとの掛け合いにおける“語り合い”の妙が光ります。例えばソナタ類やデュオ作品では、旋律のリレー、和声の支え、装飾のタイミングといった“人間的な会話”が聴き取れます。アンサンブルの中でチェロがどのように「歌」を作るかを学ぶのに最適です。

    聴きどころ:

    • 曲の構造を見せるためのダイナミクスの微妙な操作。

    • 通奏低音との呼吸—押し引きのタイミングが演奏全体の説得力を高める。

  • 20世紀または近現代作品との折衷的録音(選曲による)

    Bylsma は古楽一辺倒というわけではなく、時に近現代作品や編曲物に取り組んでいます。彼のアプローチは常に「作曲家の語法を尊重すること」に立ち返るため、近代作品でも構造の把握と音色選択が明晰です。古典派・バロックとの対比で聴くことで、彼の表現の幅が見えてきます。

各アルバムを聴く際の具体的なチェックポイント

  • イントロや短い前置き(プレリュード)が「曲の全体像」を示しているか。ここが納得できれば、解釈の方向性がつかめる。

  • 重音・分散和音でのテンポの扱い。重音を“和声のハイライト”としてどう処理しているかで解釈の堅牢性が分かる。

  • 装飾音(トリルや短い装飾)のつけ方と位置。装飾は装飾としての機能を超えて、フレーズの意味づけに用いられているか。

  • 協奏曲や室内楽では他の奏者との“会話”に注目。応答の間合い、重なり、切れ目が自然か。

どの版(LP/CD/デジタル)を選ぶか——音質や選択の視点(一般論)

Bylsma の重要録音は多くがアナログ期に録られたため、オリジナルLPの温かみを支持する声もあります。一方で、リマスターやデジタル再発によって細部が明瞭になり、伴奏や内声の輪郭が聞き取りやすくなる利点もあります。音質の好みは個人差が大きいため、可能であればストリーミングやCDでまず試聴し、気に入ればオリジナル盤や高品質リマスターを探す、という流れが現実的です。

入門〜上級者への聴き方の提案

  • 入門者:まずは Bach の組曲を集中して聴いてみてください。旋律の自然な流れ、舞曲感覚の提示が理解しやすく、Bylsma のテーマ的な特徴がつかめます。

  • 中級リスナー:ハイドンやボッケリーニなど古典派の協奏曲を通して、古楽アンサンブルとチェロのバランス感覚を比較検討してみましょう。

  • 上級者/専門家:同じ曲をCasals、Rostropovich、Yo-Yo Ma といった異なる系譜の録音と比較し、装飾・ヴィブラート・ポルタメント・アーティキュレーションの差を精密に聴き分けることで、Bylsma の解釈上の選択がより深く理解できます。

コレクション的価値とリイシュー動向

Bylsma の主要録音はクラシックの定番として再発や廉価BOXにも収録されることが多く、手に入りやすい一方で、オリジナル・アナログ盤はコレクターズアイテムとしての魅力があります。重要なのは「どの時点の解釈を聴きたいか」。初期の録音と晩年の演奏では解釈上の成熟や変化が生じるため、複数時期の録音を聴き比べるのが面白いでしょう。

まとめ:Bylsma を聴く楽しみ方

Anner Bylsma の録音は、単なる過去の復元ではなく「今日のリスナーに語りかける解釈」を含んでいます。バッハの組曲で示された舞曲感や呼吸感、古典協奏曲で見せるアンサンブル感覚、室内楽での対話性──これらを手がかりに、彼の録音を順にたどれば、チェロ奏法史と演奏解釈史の両面で豊かな発見があるはずです。

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参考文献