モルトの基礎から応用まで:原料・製造工程・色・香味・用途をビールとウイスキーの視点で詳解

モルトとは何か — 基本の定義

モルト(malt)は、穀物(主に大麦)を「発芽」させた後、乾燥・加熱処理して得られる原料で、ビールやウイスキーなどの醸造、さらに食品(マルトエキス、モルトパウダー、モルトビネガー等)や製パン用途でも広く使われます。モルト化によりデンプンが分解されやすくなり、酵素(アミラーゼなど)の活性が高まって発酵に適した糖が得られるのが最大の特徴です。

原料 — どんな穀物が使われるか

伝統的かつ最も一般的なのは大麦(barley)。しかし用途により小麦、ライ麦、オート麦、トウモロコシ(コーン)などもモルト化されることがあります。ビールの多くは「大麦麦芽(バーリーモルト)」を主体とし、ウイスキーでは特に大麦モルト(シングルモルトやピーテッドモルト)が重要視されます。

モルトの製造工程(浸漬・発芽・乾燥/キルニング)

  • 浸漬(Steeping):大麦を一定時間水に浸して含水率を高め、発芽を誘導します。
  • 発芽(Germination):芽が出る過程で、アミラーゼやプロテアーゼなどの酵素が生成され、デンプンやタンパク質の分解準備が進みます。発芽を制御することで「修飾(modification)」の度合いが決まります。
  • 乾燥・キルニング(Kilning):発芽を止めるために乾燥し、温度と時間を調整して香味や色を付与します。低温で短時間なら淡色で酵素活性が残る「ピルスナーモルト」的な性質、高温で長時間なら香ばしさやロースト香の強い「ローストモルト」になります。

モルトの種類と特徴

用途や工程の違いにより、多くの種類があります。主要な分類を示します。

  • ベースモルト(Base malts):大部分の糖化を担う基礎的モルト。Pilsner、Pale、Maris Otterなど。酵素活性(ジアスタティックパワー)が高く、デンプンを糖に変える能力がある。
  • クリスタル/カラメルモルト(Crystal/Caramel):発芽後に蒸して内部でデンプンを糖化させた後に乾燥・焙煎。甘み、キャラメル香、色付けに用いられる。糖化酵素はほとんど残らない。
  • ローストモルト(Roasted/Chocolate/Black):高温で焙煎・焼成されたモルトで、コーヒー様、チョコレート様の香味や黒色を与える。ビールの色や苦味、香りの構成要素となる。
  • ピーテッドモルト(Peated):乾燥工程で泥炭(ピート)を燃やした煙でスモークしたモルト。フェノール類(グアイアコール等)を付与し、スモーキーな香りを生む。スコッチの個性付けによく使われる。
  • 特殊モルト(Specialty malts):ウィーンモルト、ミュンヘナーモルト、ダーククリスタルなど、独自工程で色・香味・糖化特性を調整したもの。

モルトと酵素・糖化の関係

モルトにはアミラーゼ(α-アミラーゼ、β-アミラーゼ)やプロテアーゼなどの酵素が含まれており、糖化(マッシュ)工程でデンプンを分解し、麦汁中に発酵可能な糖(主にマルトース、マルトトリオース、グルコース)と発酵不能のデキストリンを生成します。酵素活性の強さは「ジアスタティックパワー(Diastatic Power)」で評価され、数値が高いほど他の澱粉源(未発芽穀物や副原料)も糖化できます。

糖化での温度帯は、一般的に62〜72℃付近が重要とされ、低温はより多くの糖化酵素(β-アミラーゼ)を活かして発酵性の高い糖を作り、温度を上げるとα-アミラーゼが働いてマウス感(残存デキストリン)を増やします。

色と香味の決定要因 — メイラード反応と焙煎

キルニングやローストで生じるメイラード反応やカラメリゼーションがモルトの色と香味を決定します。色はLovibond(°L)やSRM / EBCで表され、淡色モルトは数L(低い値)、クリスタルやローストが増すほど数十〜数百Lに達します。香味はトースト香、カラメル香、チョコレート・コーヒー様の芳香、さらには煙やトフィーのニュアンスなど多様です。

ビール・ウイスキーでの使い分け

ビールではレシピによってベースモルトを主体にし、色付け・風味付けにクリスタルやローストモルトを少量加えます。ラガー系ではピルスナーやペールモルトを、エール系ではペールモルトやMaris Otterなどが好まれます。ウイスキー、特にシングルモルトでは発酵と蒸留の原料としてのモルト大麦が風味の基礎であり、ピートの有無が地域性や個性を強く決めます。

食品・製パン分野での応用

モルトはビール以外でも用途が広いです。マルトシロップや粉末は甘味料や風味付けに使われ、モルテンドカラメル風味の原料になります。製パンでは「ジアスタティックモルト(酵素を残したモルト)」が生地の発酵を助け、クラムの色や香り、クランストの焼き色を改善します。モルトビネガーやモルトミルク(乾燥乳とモルトの混合)などの加工品もあります。

品質指標とモルト選びのポイント

  • 含水率:保存性に影響する。適正な乾燥がされていることが重要。
  • ジアスタティックパワー(酵素力):糖化能力の指標。ベースモルト選びで重要。
  • 抽出率(Extractability):マッシュでどれだけの糖分が得られるか。
  • 色(Lovibond/SRM/EBC):レシピの色調整に必須。
  • 香味プロファイル:ロースト感、カラメル感、スモークなどの有無。

クラフトやホームブルワーは、目的のスタイルや目標とする発酵度(ドライさ・マウシーさ)に応じてモルトをブレンドします。例えばボディを出したければミュンヘンモルトやベースモルトの比率を上げ、甘みやカラメル感が欲しければクリスタルを加える、といった具合です。

伝統と技術 — フロアモルティングから現代の大型設備へ

伝統的なフロアモルティング(床での発芽管理)は手間がかかる反面、微妙な風味をもたらすとして一部で評価されています。一方で大規模な近代的モルト工場は制御性が高く、安定した品質のモルトを大量に供給できます。近年は地元品種や特殊プロセス(低温キルン、控えめのピーティングなど)を採るクラフト系の要求も増え、モルト業界は多様化しています。

安全性・サステナビリティ

穀物生産、運搬、加工に伴う環境負荷(肥料、農薬、乾燥燃料など)を低減する動きや、有機栽培の大麦、地域循環型の原料調達を進める取り組みが進んでいます。また古くからの品種復興や、低温干しによる風味重視の生産が注目されています。

まとめ

モルトは単なる「穀物」の加工品以上に、ビールやウイスキーの個性を決めるコアな要素です。原料の品種、発芽の度合い、キルニングの温度・時間、さらにはスモーキングの有無までが最終製品の色・香り・味わいに影響します。醸造や食品製造でモルトを選ぶ際は、目的のスタイルや求める機能(糖化力、色、香味)を明確にし、信頼できるモルト仕様(含水率、ジアスタティックパワー、色)を確認することが重要です。

参考文献