音楽制作のためのコンプレッション完全ガイド:原理・実践・設定テクニック
コンプレッションとは何か(基礎概念)
コンプレッション(ダイナミック・レンジ・コンプレッション)は、音声信号の振幅(音量)の変動幅=ダイナミックレンジを制御する音響処理です。簡単に言えば、一定の閾値(スレッショルド)を超えた音を圧縮してピークを下げ、全体レベルを均一化することで、聴感上の存在感や一貫性を生み出します。ポピュラー音楽のミックスやマスタリングでは必須の処理で、ボーカルの安定化、ドラムのアタック調整、バスの“グルーヴ”作りなど幅広く使われます。
主要パラメータの意味と使い方
- スレッショルド(Threshold):圧縮が開始するレベル。dBで設定します。低く設定するとより多くの音が圧縮されます。
- レシオ(Ratio):入力と出力の比率。2:1や4:1、10:1、∞:1(リミッター)など。比率が高いほど強く圧縮されます。
- アタック(Attack):圧縮が開始される速さ(ms単位)。短いとトランジェント(瞬発的なアタック)を即座に抑え、長いとアタックを通して残します。
- リリース(Release):圧縮が解除される速さ。短いとすぐ戻り、長いと持続的に圧縮されます。曲のテンポに合わせて調整すると自然になります。
- メイクアップゲイン(Make-up Gain):圧縮で減った音量を補正するための増幅。
- ニー(Knee):スレッショルド付近の圧縮の“滑らかさ”。ハードニーは急激、ソフトニーは滑らかです。
検出方式:ピークとRMS、サイドチェイン
コンプレッサーは内部で信号の「どの指標」を検出するかで音が変わります。ピーク検出は瞬間的な最大値に敏感でトランジェントを即座に抑えるのに適しています。RMS検出はエネルギーの平均をとるため、より聴感上のラウドネスに近い挙動を示し、自然な圧縮が得られます。さらに、外部サイドチェイン(別トラックを検出音にする)を使えば、キックでベースを“ダック”させるなど、意図的なポンピング効果やスペース作りが可能です。
代表的なコンプレッサーの種類(ハード/ソフト系)
- VCA(Voltage Controlled Amplifier):精度が高く、バスコンプやドラムでの“接着”に使われる。SSLバスコンプが有名。
- FET(Field Effect Transistor):高速でアグレッシブ。1176のようにトランジェントを活かした圧縮に向く。
- オプティカル(光学):光センサーで検出するため応答が遅めで暖かく自然。LA-2Aが代表。
- チューブ(真空管):歪み成分を伴い、色付けを与える。甘い倍音が特徴。
- マルチバンドコンプレッサー:周波数帯域ごとに圧縮をかける。低域だけ圧縮してローミッドの泥を抑えるなど細かい処理が可能。
用途別の実践的な設定例(目安)
以下は一般的な出発点です(プラグインや楽曲によって調整が必要)。
- ボーカル(ポップ):スレッショルドを-10〜-20dB(相対)、レシオ3:1〜5:1、アタック5–20ms、リリース50–200ms。目的はレベルの均一化と語尾の安定化。並列圧縮で厚みを出すのも有効。
- キック:アタックを短め(1–5ms)でトランジェントを残すか、アタックを遅めにしてアタックを落とすかで音色が変わる。レシオ4:1程度。
- スネア:アタック短めでスナップを調整。並列圧縮でボディを出す。
- ベース:RMS検出で安定化、アタックは中〜短、リリースは曲のグルーヴに合わせる。キックとマスクする場合はサイドチェインでダック。
- バストラック(Mix Bus):軽い圧縮で“のり”を作る。レシオ1.5:1〜2:1、アタック20–30ms、リリース200–600ms。ゆっくりかかる設定が自然。
- マスタリング:透明性重視で控えめに。マルチバンドで周波数帯ごとのダイナミクスをコントロール。ただしラウドネス目標(LUFS)に到達させるための使い方は注意深く。
上級テクニック
- 並列圧縮(New York Compression):圧縮した信号とオリジナルを並列に混ぜ、トランジェントを保持しつつ質量感を増す。
- サイドチェインを利用したダッキング:キックが鳴るたびにベースやパッドを一瞬下げることで、キックの明瞭性を保つ。
- キューイング的なスレッショルド操作:曲のフレーズやセクションに応じて自動化でスレッショルドやリリースを変えるとダイナミクスの表現が豊かになる。
- ルックアヘッド(Lookahead):ピークを検出して先回りして圧縮をかける技術。高音質だがレイテンシーが増えるためライブ用途は注意。
- ダウンワード/アップワード圧縮:通常は高い部分を下げる“ダウンワード”。一方で低い音を上げる“アップワード”圧縮は小さな音を持ち上げて密度を上げる役割を持ち、専用機能やプラグインで実現する。
マスタリングとラウドネス(LUFS・True Peak)についての注意点
現在はストリーミングサービスのラウドネス正規化が普及しており、過剰な音圧化=ラウドネス戦争は逆効果になることがあります。LUFS(短期・統合・瞬間)やTrue Peakを計測し、プラットフォームごとの目標に合わせるのが重要です。多くのストリーミングは-14LUFS前後で正規化することが知られており(サービスにより差があります)、極端なラウドネス競争はダイナミクスの損失や歪みを招きます。
マルチバンドコンプレッションとダイナミックEQの違い
マルチバンドコンプレッサーは周波数帯を分割し、それぞれ独立して圧縮します。低域の膨らみや中域の突き出しを帯域単位でコントロールするのに便利です。一方ダイナミックEQは特定周波数に対して閾値ベースでEQカーブを動的に変化させるもので、より細かくピーキング的な問題を対処できます。用途によって使い分けるのが良いでしょう。
よくあるトラブルと対処法
- 音が潰れる/だめに聞こえる:アタックが短すぎる、レシオが高すぎる、リリースが不自然に短いことが原因。並列圧縮やソフトニーを検討。
- ポンピングし過ぎる:リリースが曲のテンポと合っていない、もしくはサイドチェインの設定が強い。リリースをテンポに同期させるか、検出方式をRMSに変える。
- 位相問題/低域が濁る:マルチバンドや並列処理で位相ずれが起きることがある。位相補正やリンクされたプラグイン、ミックス時のローパス・ハイパスフィルタの活用を。
現場で使われる定番ハード/プラグイン(例)
ハード:Teletronix LA-2A(光学)、UREI/Universal Audio 1176(FET)、SSL Gシリーズコンプ(VCA)、Empirical Labs Distressor(万能型)。プラグイン:FabFilter Pro-C、iZotope Ozone Dynamics、UADプラグイン群、Wavesのコンプ群など。それぞれキャラクターが異なるため、用途に応じて選ぶと良いでしょう。
測定とメータリングの活用
耳だけでなくメーターを併用することが重要です。LUFSで楽曲の統合ラウドネスを、True Peakでサチュレーションやデジタルクリップの危険を確認します。クリップはサンプル単位のデジタル歪みを招くため、適切なマージン(ヘッドルーム)を確保してから最終リミッティングを行ってください。
まとめ:良いコンプレッションとは
「良いコンプレッション」は目的に依存します。トランジェントを残しつつ厚みを出す、あるいはトランジェントを抑えて滑らかにするなど、楽曲や楽器の役割に合わせて設定することが肝要です。メーターと耳を両立させ、必要に応じて並列/マルチバンド/サイドチェインを使い分けることで、意図したダイナミクスと聴感上のバランスが得られます。
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参考文献
- Spotify - Loudness and audio features guide
- YouTube - Audio quality and loudness guidance
- Wikipedia - Dynamic range compression
- ITU-R BS.1770 - Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level
- Sound On Sound - Compression: What It Is And What It Does
- FabFilter - What is compression?
- iZotope - What is multiband compression?
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