和声学入門と実践：機能・進行・和声の深化ガイド

2025年12月2日 最終更新日時 : 2025年12月2日 エバープレイ編集部

はじめに：和声学とは何か

和声学（和声理論、ハーモニー）は、複数の音が同時に鳴るときに生じる音の関係、和音の構成と進行、そして和声感（調性感・機能）を体系的に扱う学問です。西洋音楽の共通実践（コモン・プラクティス）を理解するための基盤であり、作曲、編曲、分析、即興演奏、伴奏づけに不可欠です。本コラムでは基礎から発展的概念までを整理し、実践的な指針と代表的素材の解説を行います。

和声の基礎：音程・和音の種類

和声はまず音程の理解から始まります。長3度・短3度の積み重ねで作られる三和音（三度積み和音、トライアド）は、長三和音（長3度＋完全5度）、短三和音（短3度＋完全5度）、減三和音（短3度＋減5度）、増三和音（長3度＋増5度）に分類されます。さらに7th（第7音）を加えると属7（ドミナント7）、半減7、全減7、長7などの四和音が生まれ、和声の色彩と機能性が増します。

機能和声の概念：トニック・ドミナント・サブドミナント

機能和声理論は、和音を「機能（function）」として捉えます。主な3つは：

  • トニック（T）: 安定・休止の中心（例：I）
  • ドミナント（D）: 緊張・解決志向（例：V, V7）
  • サブドミナント（S）: 前進する性質、トニックへの橋渡し（例：IV）

この三機能の相互作用が西洋クラシックの調性音楽の動力源です。ドミナントは属音（5度上）を基にトニックへ解決する強い傾向を持ち、サブドミナントはドミナントへ移行しやすい。

ローマ数字分析（Roman Numeral）と転回

和声分析ではローマ数字で和音の機能と調内位置を表します。大文字は長三和音、小文字は短三和音を示します（例：I, ii, iii, IV, V, vi, vii°）。転回形は上付きの数字や斜線で示し、第一転回は基音の第三がベースにある形（6）、第二転回は第五がベース（6/4）などと表記します。転回はベースラインの動きや声の繋がりを自然にする重要な手法です。

声部書法（Part-writing）と禁止事項

SATB（四声体）を想定した伝統的な和声書法では、各声部の独立性と平衡を保つことが求められます。主要な原則は次の通りです：

  • 各声部は滑らかな音程進行（主に半音・全音、時に小跳躍）を保つ。
  • 完全5度・完全8度（単純八度）における平行進行は避ける（平行5度・平行8度の禁止）。
  • 主要な解決方向（導音は上へ、属七は下へ解決）を守る。
  • 和音の構成音（特に基音・第三・第五）を適切に分配し、声部間の重なりを制限する。

これらのルールは書法的な理想であり、作曲様式や時代によって緩やかになりますが、伝統的な調性音楽の「安定した聴感」を作るために有効です。

旋律と和声の関係：非和声音（非和声音・借用音）

旋律線上に現れる非和声音（ノン・コード・トーン）は和声の動きを豊かにします。代表的な種類： 通過音（passing tone）、隣接音（neighbor tone）、準備されたアポッジョアトゥーラ（appoggiatura）、サスペンション（suspension）、先取り音（anticipation）、クレシェンド的装飾など。これらは和音の連結や緊張緩和の手段として機能します。

和声進行の典型パターンと終止

代表的な進行には、I–IV–V–I、I–vi–ii–V–I（循環進行）、I–V–vi–IV（ポピュラー進行）などがあります。終止（カデンツ）は楽曲の節目を示す重要要素で、主な形は次の通りです： 完全終止（完全終止）：V→I（ドミナントがトニックに解決）。 不完全終止：動きが未解決（例：I→V）。 準終止（半終止）：終止感が弱い（例：何らかの和音→V）。 欺瞞終止（deceptive）：V→vi など予想と異なる解決。

半音進行とクロマティシズム：近親調と副次和音

副次的概念として副属和音（secondary dominants）や借用和音（modal mixture）が重要です。副属和音は、ある和音を一時的にトニックとして扱うV/Vなどで、和声に強い方向性と色彩を与えます。借用和音は並行調や短調の和音を長調に取り込む手法（例：♭VI、♭III、♭VII）で、ロマン派以降の豊かな響きに寄与します。

特殊和音：ネアポリタンと増六和音

ネアポリタン6（N6、♭II6）は、しばしばIVやVへの前進を強めるために使われる半音的色彩の強い和音です。増六和音（イタリア式・フランス式・ドイツ式）は、主にドミナントへの強い導音効果を持ち、特に劇的な和声転換・強いクロマティックな解決をもたらします。

転調（モジュレーション）の技法

転調は楽曲内で調を変える行為で、共通和音を利用する共通和音法（pivot chord）、直接転調（abrupt modulation）、媒介的なドミナント（sequential dominant）による転調、並行調・近親調への移行などの方法があります。転調の選択は曲の構造と表現意図によって決まります。

拡張和声と現代的アプローチ

19世紀後半から20世紀にかけて、和声は次第に機能性の枠を越え、拡張和音（9th, 11th, 13th）、オルタード・ドミナント、ポリコード、全音階的・モード的な和声へと拡張されました。ジャズではテンション（9,11,13）やテンション・リゾルブ、代用ドミナント（tritone substitution）などが標準となり、和声の役割は色彩的・即興的に発展しました。

分析と実践：作品から学ぶ

和声学の理解は楽譜分析と演奏に結びつけることで深まります。バッハの二声・三声フーガで見られる機能移動、モーツァルトの交響的な和声処理、ベートーベンの和声的冒険、ショパンのロマン派的和声（借用・増六・クロマティズム）など、各作曲家の特徴を比較することで和声辞書が豊かになります。実践としては、短い進行を分析し、ローマ数字を書き、声部を再配分してみることが有効です。

教育法と習得のステップ

和声学の学習は段階的に進めます。基礎：音程・トライアド・四和音の識別。中級：ローマ数字分析、主要な進行パターン、終止。上級：クロマティック和音、転調技法、拡張和音とジャズ的和声。実践的には、楽曲の書き写し（エラトゥール）、和声分析、模倣作曲（エクリチュール）を繰り返すことが最も効果的です。

まとめ：和声学の現代的価値

和声学は単なる規則の羅列ではなく、音楽の力学を理解するための言語です。伝統的な機能和声は、調性感と期待—解決の仕組みを明確にし、作曲と演奏の判断基準を与えます。一方で近現代の技法はその枠を拡張し、多様な音響と表現を可能にします。両者を学ぶことで、より自由で説得力のある音楽表現が実現します。

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