モーツァルト:交響曲第5番 変ロ長調 K.22 — 幼少期の成熟とロンドンでの学び

はじめに

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第5番 変ロ長調 K.22(以下 K.22)は、作曲者が幼少期のロンドン滞在中に手がけた作品群のひとつです。モーツァルトがほんの9歳前後のときに書かれたこの交響曲は、単なる子どもの習作ではなく、当時の音楽的潮流を敏感に取り入れつつ、すでに作曲家としての確かな素養を示しています。本稿では、歴史的背景、作品の構成と分析、演奏上の留意点、そして現代の聴きどころまでを詳しく掘り下げます。

歴史的背景:ロンドンでの刺激と出会い

1764年から1766年にかけて、モーツァルト一家は欧州各地を巡る演奏旅行に出ていました。特にロンドン滞在は重要で、ここで若きモーツァルトはヨハン・クリスティアン・バッハ(通称ロンドンのバッハ)ら当代の音楽家と出会い、最新のオペラや交響曲の潮流に直接触れました。交響曲K.22はこの時期に作曲されたとされ、幼年期ながら洗練された様式感や、イタリア風・英蘭風とも言える明晰な句読法を備えています。

成立年代と作品番号(K番号)について

モーツァルトの作品目録はルートヴィヒ・フォン・ケッヘルによるカタログ(ケッヘル目録)で管理されており、K.22はその早期作品群に位置づけられます。K.22は1765年頃の作曲と見なされることが多く、作曲当時の年齢はおよそ8〜9歳でした。幼少期の作品のため稿本や初期の筆写譜が複数残されていることもあり、校訂版・版の差異が演奏解釈に影響することがあります。

編成と形式

K.22は、当時の交響曲に典型的な小編成オーケストラのために書かれており、基本的には弦楽器(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ/コントラバス)に加え、木管はオーボエ2、ホルン2、および通奏低音的にファゴットやチェンバロが加わることがあります。楽器編成は公演・伝承譜により若干の差があるため、現代の演奏では時にバロック/古典期の慣習に従って補強されます。 形式は典型的な三楽章構成(速-緩-速)を採用しており、親しみやすいソナタ形式的な要素や短いロンド主題が見られます。短い楽章で構成されるため、全体の演奏時間はおおむね10分前後とされます。

楽曲解説:各楽章の特徴と聴きどころ

  • 第1楽章(速いテンポ、序奏なしのソナタ風) 第1楽章は明快な主題提示から始まることが多く、短い主題の呼応や対位法的な肌合いが特徴です。幼少期の作品とはいえ、旋律線の整え方や主調と副調の対比、付随する伴奏形の扱いには成熟がうかがえます。特に弦楽器と木管の掛け合いが効果的に配置され、アクセントや間の取り方に英・伊両流の影響が見えます。
  • 第2楽章(緩徐楽章) 緩徐楽章では、より叙情的で穏やかな表情が求められます。短いながらも歌心に富んだ主題が提示され、伴奏はしばしば簡潔なハープシコードや低弦のアルベルティ風分散和音的な進行で支えられます。この楽章はモーツァルトの後年の緩徐楽章に通じる、〈歌〉の美しさの萌芽を見ることができます。
  • 第3楽章(終楽章、速いフィナーレ) 終楽章は快活なリズムと短いフレーズの応酬で進み、軽快さが持ち味です。主題の反復や短い展開部を経て、コーダで力強くまとめられることが一般的です。性急になりすぎないテンポ選びと、アクセントの置き方が演奏の鍵になります。

作風と影響:ヨハン・クリスティアン・バッハの影

ロンドンでの活動を通じ、モーツァルトはJ.C.バッハの流麗なメロディー感と透明な伴奏法を吸収しました。K.22にはその影響が色濃く現れており、特に主題の歌い回しや和声進行の明晰さ、楽章間の均整の取り方などに顕著です。他方で、モーツァルト自身の個性は既に現れており、対位法的な小細工や劇的なアクセント処理など、後の作品へと継承される要素も確認できます。

版と校訂:演奏に影響するテクニカルな点

K.22のような幼年期作品には、原典稿の不完全さや筆写譜間の差異がしばしば付随します。現代の演奏では、デジタル化されたデジタル・モーツァルト・エディション(Neue Mozart-Ausgabe のデジタル版)や IMSLP に掲載された稿本を参照し、演奏者が補完や選択を行うことが一般的です。特にホルンの調性指定や通奏低音の扱い、装飾音の有無などは版によって異なるため、歴史的演奏実践に基づいた判断が求められます。

演奏実践と解釈のポイント

  • テンポ:当時の慣習を考慮すると、速めで推進力のあるテンポが自然ですが、楽章ごとのコントラストを明確にすることが重要です。
  • サウンド:ピリオド楽器による演奏は軽やかさと透明感を強調し、古典期の響きをよく再現します。一方で現代楽器編成でも適切な弦の音色とバランスを取れば十分に説得力があります。
  • 装飾と発音:装飾は過剰にせず、フレーズの輪郭を明確にする程度に留めるのが実践的です。ホルンやオーボエの発音は当時のブリリアンスを意識すると効果的です。

現代における受容と聴きどころ

K.22は日常的に演奏される大作と比べると演奏頻度は低めですが、モーツァルトの成長過程を知るうえで貴重な作品です。短く凝縮された構成は、初期の才能の鋭さをストレートに伝えます。聴きどころはやはり第一楽章の明快な主題処理、第二楽章の叙情性、そして終楽章の軽快なリズム感です。モーツァルトがまだ少年でありながらも音楽的対話や均衡感をどのように獲得していたかを通覧できます。

おすすめの聴き方

  • まずはピリオド楽器による解釈と、モダン楽器による解釈を聴き比べる。音色とテンポ感の違いから当時の演奏慣行を想像できる。
  • 楽章ごとに主題を追い、対位や伴奏形の変化に注目する。短い作品ゆえに細部の工夫が目立つ。
  • スコア(原典版や校訂版)を手元に置いて、和声進行や楽器割り当ての違いを確認すると理解が深まる。

まとめ

交響曲第5番 K.22は、少年モーツァルトの敏感な聴覚と既に備わっていた作曲技術が結実した作品です。ロンドンでの出会いや当時の音楽潮流を吸収しつつ、既に独自の音楽語法の萌芽を示している点が重要です。短い作品ながら、モーツァルト研究や古典派交響曲の理解にとって示唆に富む一作として、今日でも聴き手に新しい発見をもたらします。

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