イントロダクション — K.19bとは何か
モーツァルト:交響曲 ハ長調 K.19b(以下 K.19b)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「初期」交響曲群の一つとしてカタログ化された作品です。しかし、その来歴や真正性については長らく議論が続いており、完全に定着した定説はありません。本稿では、現存資料をもとに来歴の整理、楽曲の構造と特徴、作者帰属をめぐる議論、演奏上の留意点と代表的な録音・研究の動向までを詳しく掘り下げます。
歴史的背景と出自(来歴)
モーツァルトの作品目録(ケッヘル目録)では、K.19bという番号は初期作品群に位置付けられます。モーツァルトの少年期(1760年代)には、ロンドン、パリ、ザルツブルクなどで多数の小規模管弦楽作品が作られ、その多くは当時の宮廷や貴族、公開演奏の需要に応えるために書かれました。K.19bが具体的にどの年に作られたか、あるいはモーツァルト自身による作曲かどうかについては、現存する自筆譜の有無、筆写譜や楽譜の差出人、写譜の書式などを手掛かりに研究者が検討を重ねています。 要点としては次の通りです。
- K.19bは完全な自筆楽譜が残らない、または断片的にしか残存しない可能性があるため、真正性の判断が難しい。
- ケッヘル目録(K.番号)は後世の編集で補訂されており、K.19bの位置付けや番号付与にも版による差異がある。
- 一部の研究者は、K.19bの様式的特徴がモーツァルト少年の作風と一致するとみなすが、他の研究者は筆跡・写譜者の特定や管弦楽法の面から異作者(父レオポルトや同時代の他作曲家)の可能性を指摘する。
楽曲の構造と音楽的特徴
K.19bが歴史的にいずれの時期に位置づけられるにせよ、作品を聴く・分析する際の注目点は明確です。ここでは一般的に言われる「初期交響曲」の様式要素に照らして、K.19bの特徴を整理します。
楽章構成(想定)
- 第1楽章:アレグロ、ソナタ形式の体裁をとることが多い。
- 第2楽章:緩徐楽章(アンダンテまたはアダージョ)として対位法や簡潔な主題提示を持つ場合がある。
- 第3楽章:メヌエットとトリオ、あるいはスケルツォ様式の舞曲楽章。
- 第4楽章:軽快なフィナーレ(ロンドまたはソナタ形式による終楽章)。
編成は古典期初期の小編成で、弦楽器(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ・コントラバス)を中心に、ファゴットやホルンが加わる程度のことが多いと推定されます。初期の交響曲では木管や金管の扱いが限定的で、通奏低音形式を継承したアンサンブル感が残っているのが典型です。
主題素材と和声進行
K.19bに見られるとされる主題は、短い動機を素材に明確な動的輪郭を持たせる点がモーツァルト初期の文法と合致します。和声進行は基本的に古典派の調性体系に忠実で、規範的なドミナント解決やモジュレーションが用いられますが、若書き特有の大胆な転回や衝動的なディミニッシュ(短調部分)への移行が聴きどころです。
作者帰属をめぐる議論
K.19bについて特に重要なのは「本当にモーツァルトが書いたのか」という点です。学界では次の論点が繰り返し検討されています。
- 筆跡と写譜者:自筆譜が存在するか、現存する写譜が誰の筆になるのかを精査することが第一歩です。もし写譜者がレオポルトや宮廷の楽譜係であるならば、作者が子どもモーツァルトであっても他人の改訂が混入している可能性があります。
- 様式的一貫性:主題形成、調性処理、管弦楽の使い方などがモーツァルトの既知の作品群と整合するかを音楽学的に比較します。
- 外部資料:公演記録、宛名の付いた写譜、家族書簡などの史料があるかどうかも重要です。少年期の演奏目録や宮廷の支払い記録に関連の記述があれば信用性は高まります。
結論として、現在でもK.19bは「疑わしい作品(doubtful)」と扱う学者もおり、確実にモーツァルトの手になるとは言い切れないケースが多いことを明記しておきます。ただし、様式面での評価は高く、演奏会で取り上げられることもあるため、音楽的価値は十分に認められています。
演奏と解釈の問題点
初期交響曲を現代オーケストラで演奏する際はいくつかの問題に直面します。
- 編成の選定:原典が小編成を想定している可能性が高いため、少人数の古楽器アンサンブルでの演奏が意味を持つ場合がある。一方で、現代楽器編成でも丁寧なバランス調整で当時の響きを再現できます。
- テンポ設定とアーティキュレーション:古典派初期の明快なリズムと短いフレーズ感を尊重すること。過度にロマンティックなテンポや持続音の扱いは避けるべきです。
- ピッチと装飾:史料に基づくピッチ(例えば古典期のやや低めのA=430前後)やオーガナイズされたトリル・装飾の実践が考慮される。
代表的な録音と研究
K.19bは主要レパートリーではないため、標準的な定盤録音は限られますが、初期交響曲全集やモーツァルト少年期作品を扱うアルバムの中で取り上げられることがあります。録音を選ぶ際は、次の点を参照するとよいでしょう。
- 歌詞なしのインストゥルメンタルだが、演奏様式(古楽器かモダンか)を明記しているものを優先する。
- スコアや批判校訂(Neue Mozart-Ausgabeなど)に基づく演奏かどうかを確認する。
- ライナーノートで来歴や帰属に触れている録音は、研究的観点から有益。
研究動向と今後の課題
音楽学の分野では、筆跡分析の高度化、紙質やインク分析などの科学的手法、そしてデジタル化された写譜資料の比較検索が進み、K.19bのような疑義作品の解明が進んでいます。また、歴史奏法の普及に伴い、実演面からの再評価も進行中です。今後は、写譜者の特定、照合可能な公演記録の発見、そしてアイデンティティを巡る総合的な再検討が期待されます。
結論 — なぜK.19bを聴くべきか
K.19bは、モーツァルトの音楽的成長過程を考えるうえで興味深い一齣です。たとえ作者問題が残るとしても、当時の交響曲作法、若き作曲家が示した旋律感覚と規範への応答は明瞭に聴き取れます。演奏家・研究者・聴衆それぞれが、史料批判と音楽的享受を両立させることが望まれます。
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